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『赤を見る / Seeing Red』(ユン・ミョンフィ(尹明希)) [ダンス]

 2014年12月14日は、夫婦でKAAT神奈川芸術劇場に行ってユン・ミョンフィ(尹明希)さんが踊る公演を鑑賞。

 ダンス・トリエンナーレ東京2006ではじめて観て感動してから8年、ずいぶんひさしぶりにユン・ミョンフィさんのダンスを観てきました。彼女を含む3名のダンサーによって踊られる70分の公演です。

 まず、藤本隆行さんの手による、緻密にデジタル制御されたLED照明による特殊効果が圧倒的な舞台です。シャープな光の格子が舞台上に投影され、ストロボ効果や明滅移動の効果が駆使され、舞台上に置いてある金属製の柱に反射した光が床に赤い直線を描く。

 執拗なデジタル照明効果に加えて、舞台を前後に区切る半透明スクリーンには映像が投影され、また前後の明るさをゆっくり切り替えることで最初は見えていなかった「向こう側」で踊っているダンサーが影のように見えてきて、それが「手前側」で踊っているダンサーとシンクロするなど、もう何らかのフェチが入っているような作り込みです。

 床と背景に連続的に投影された格子がダンサーの動きと同期して大きく動くシーンなど、最前列で観ていたため目眩がひどくなり、3D酔いのような状態に。正直、気持ち悪くなりました。

 ひさしぶりに観たユン・ミョンフィさんのダンスはもちろん良かったのですが、どうも振付に新味が感じられず、また以前に観たとき衝撃を受けたような呪術的な凄みも感じられず、やや心残りでした。派手で目立つデジタル照明効果とダンスのバランスがうまくいってなかった気がします。

[キャスト]

ディレクション・照明: 藤本隆行(Kinsei R&D)
音楽: 大谷能生
振付: チョン・ヨウドゥ(Jung Young Doo)
出演: ユン・ミョンフィ(尹明希)、平井優子、日玉浩史


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『怪奇小説日和 黄金時代傑作選』(西崎憲:編集・翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 そしてもちろん幾つかはほんとうに怖い。怪奇小説というものはじつは怖くなくても構わないものであるが、人や存在というものの底を覗きこむような怖い作品が何作か収められている。
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文庫版p.518

 ゴーストストーリー、異常心理、得体の知れない不気味な出来事。怪奇小説の精髄を見せつけるような傑作を集めたアンソロジー。編者による怪奇小説論考を追加。文庫版(筑摩書房)出版は2013年11月です。

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 本書は1992年から翌年にかけて国書刊行会から刊行された『怪奇小説の世紀』全三巻から好評だったものを抜粋し、(中略)一冊にまとめたものである。『怪奇小説の世紀』の編集方針を活かしつつ、現在入手困難になっている作品や新訳を加えて充実を図った。
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文庫版p.517

 『短篇小説日和 英国異色傑作選』の姉妹編とも言える傑作選です。本書に収録されているのはもちろん怪奇小説ですが、そもそも短篇小説としてのレベルが高い傑作がそろっています。二冊合わせて読むことをお勧めします。

 ちなみに『短篇小説日和 英国異色傑作選』文庫版読了時の紹介はこちら。

  2014年11月14日の日記:
  『短篇小説日和 英国異色傑作選』(西崎憲:編集・翻訳)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-11-14

 というわけで、いくつかお気に入りをご紹介しておきます。


『墓を愛した少年(フィッツ=ジェイムズ・オブライエン)
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 その小さな墓、名前のない忘れられた墓は、ほかのものより少年の眼を惹きつけた。海から昇る朝日という見慣れない意匠は、謎と驚異の尽きせぬ源泉となった。そして昼といわず夜といわず、両親の怒りに耐えがたくなって家を飛びだした少年は墓地を彷徨い、厚く茂った草のあいだに寝ころんで、その墓にどういう者が葬られているかを考えた。
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文庫版p.10

 孤独な少年が墓地で見つけた謎めいた小さな墓。それに惚れ込んだ少年は毎日墓地に通うようになったが、ある日……。幻想的な筆致で宿命というものを描いてみせた印象的な短篇。


『マーマレードの酒(ジョーン・エイケン)
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あなたがここで幸福に暮らせることは間違いありません。そしてあなたが自分の力を疑っていることが誤りであることをぼくは確信しています。
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文庫版p.110

 森の中の別荘で出会った男に、酒に酔って「自分には予知能力がある」と法螺をふいた男。ところが冗談では済まない事態に。『ミザリー』(スティーヴン・キング)より30年近く前に発表された、色々な意味で切れ味するどい短篇。


『がらんどうの男(トマス・バーク)
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 頭に血が上って殺人を犯し、そのせいでたびたび罪の意識に苛まれるのはたしかに忌まわしいことだ。では、アフリカの密林深く葬ったはずの死体が、十五年後の真夜中にいきなり訪れて来たとしたらどうだろう。
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文庫版p.194

 かつて犯した殺人の記憶に苦しむ男のもとに、まさにその殺された男の死体がやってくる。何が目的なのかよく分からないまま、とりあえず家に泊めてやったところ、死体は家に居ついてしまう。家族からは文句を言われるし、商売はあがったり。困り果てた男は……。

 墓場から死体が蘇って殺人者のところにやってくるという怪談パターンですが、期待されるような復讐譚にならず、どこか落語のような滑稽ささえ感じられる不思議な物語です。


『ボルドー行の乗合馬車(ハリファックス卿)
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 ある日、わたしがバク通りを歩いていると、三人の男がやってきて、こんな頼みごとをしたんです。通りの突き当たりに立っている女に、ボルドー行の乗合馬車は何時に出発するのか尋ねてほしい、と。
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文庫版p.235

 女性にボルドー行き乗合馬車の出発時刻を尋ねた男。すると警察に連行され、裁判で有罪になる。監獄で事情を説明すると、囚人たちに避けられるようになった上、独房に監禁されてしまう。なぜ、こんな目にあうのか。やがて刑期を終えた男は、あの女性を見かけたが……。あまりに不条理な展開とオチに、笑うべきか震え上がるべきか迷う奇妙な味の短篇。


『列車(ロバート・エイクマン)
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 くろぐろとしたベッドに手探りで潜りこんだその時、これまでとはまったく違う種類のものと思われる列車が通った。蒸気の噴射音も車輪の軋む音もせず、ただごろごろという音が間断なく、しかも長く尾をひく。金属的な、冷たい、人間味のない、空しい音。(中略)はるか昔に聞いた母の言葉が思い出される。細かいことは覚えてないが、何でも大そう怖いものだという記憶だけが蘇った。「怪我をした兵隊さんがいっぱい乗っているの」
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文庫版p.407

 ハイキングの途中で道に迷い、遭難しかけた二人の女性。ようやく見つけた屋敷に泊めてもらうことが出来たが、どうも屋敷の主人の様子にも、また屋敷そのものにも、異常なところがあった。窓のすぐ近くに線路がひいてあり、真夜中だというのにひっきりなしに列車が通ってゆく。屋敷ではつい最近、気のふれた老婦人が首を吊ったという。二人にあてがわれた寝室は、まさにその部屋だった。

 心霊ホラーか、猟奇殺人ものか、それとも別のなにかか。じっくりとした展開から、先が読めないままじりじりとサスペンスが盛り上がってゆく手腕が見事な作品。


『旅行時計(W.F.ハーヴィー)
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 なんだか変だなと思ったのはその時です。そしてそれがこの屋敷にはどこか妙なところがあると気づいた最初でした。時計が時を刻んでなきゃいけない理由なんてなかったのです。屋敷は十二日間締め切ってありました。(中略)それなのに時計はまだ動いています。
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文庫版p.425

 留守にしてある屋敷に置き忘れてきた旅行時計をとってきてほしい。鍵を渡されそう頼まれた語り手は、一人でその屋敷に入る。二階の部屋で目指す旅行時計を見つけたものの、それはまだ動いていた。ゼンマイ式なのに? そのとき、階段をゆっくりと上がってくる足音がする。それは、とても人間のものとは思えない、奇妙な足音だった。

 状況設定が抜群にうまく、巧みな語り口で読者の想像力を刺激してくる話。地味ながら、とても怖い。夜中にふと思い出して、困ったことになるタイプの忘れがたい傑作です。


[収録作品]

『墓を愛した少年(フィッツ=ジェイムズ・オブライエン)
『岩のひきだし(ヨナス・リー)
『フローレンス・フラナリー(マージョリー・ボウエン)
『陽気なる魂(エリザベス・ボウエン)
『マーマレードの酒(ジョーン・エイケン)
『茶色い手(アーサー・コナン・ドイル)
『七短剣の聖女(ヴァーノン・リー)
『がらんどうの男(トマス・バーク)
『妖精にさらわれた子供(J.S.レ・ファニュ)
『ボルドー行の乗合馬車(ハリファックス卿)
『遭難(アン・ブリッジ)
『花嫁(M.P.シール)
『喉切り農場(J.D.ベリズフォード)
『真ん中のひきだし(H.R.ウェイクフィールド)
『列車(ロバート・エイクマン)
『旅行時計(W.F.ハーヴィー)
『ターンヘルム(ヒュー・ウォルポール)
『失われた船(W.W.ジェイコブズ)
『怪奇小説考』(西崎憲)


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『「本が売れない」というけれど』(永江朗) [読書(教養)]

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ぼくたちは、つい単純な答えを求めてしまう。たとえば出版不況について、「本が売れないのは読書ばなれが起きているからだ」と単純化して考え、「読書推進運動をすれば本が売れるようになる」と考えたように。しかし、ぼくたちは「読書ばなれとは何か」「本が売れないとはどういうことなのか」と、もっと考えなければいけなかったのだ。
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新書版p.217

 若者の活字ばなれが出版不況の原因、ネットが読書の時間を奪っている、アマゾンとブックオフが街の書店を駆逐した……。いわゆる「出版不況」にまつわる様々な思い込みや俗説を検証し、これから出版業界や書店はどうすべきかを考える一冊。新書版(ポプラ社)出版は2014年11月です。

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2001年に全国におよそ2万1000店あった日本の本屋は、2014年にはとうとう1万4000店を下回ってしまった。12年間で7000店、3割以上減ったのだ。(中略)
売上は減っているのだ。96年に2兆6564億円あったのが2013年には1兆6822億円にまで減った。17年間でおよそ1兆円、約4割の減少である。
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新書版p.31、66

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事態はとても複合的で、単純に「AがあったからBになった」といえるようなものではない
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新書版p.32

 本が売れなくなり、書店が消えてゆく。この危機的状況の原因はどこにあるのか。本書は、紆余曲折しながらも、その原因を探ってゆきます。まず「活字ばなれ」つまり人々が本を読まなくなったのが原因だ、という俗説は本当なのでしょうか。

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数字だけを見ると、新刊書の販売が減った分がそっくりブックオフに移ったように見える。それと同時に、新刊書籍の販売冊数とブックオフでの販売冊数を合計すると、日本で売れた書籍の部数はほとんど変わらないということになる。これに図書館での貸出冊数の増加分を加えると、「読書ばなれ」という常識への疑問は強くなる。
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新書版p.103

 つまり本は(冊数で見ると)同じくらい読まれている、ただ書店で本を買うのではなく(不景気のため)ブックオフや図書館に行くようになった、ということではないかと著者は推測します。つまり本が読まれなくなったという意味での「活字ばなれ」はどうやら起きてはいないらしい。

 では書店や出版社を苦しめている売上減少というのは、具体的に何が売れなくなったのでしょうか。

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「読書ばなれ」の中身を腑分けしていくと、いろんなものが見えてくる。まず「読書ばなれ」の実態は、「出版不況」であること。そして、「出版不況」のおおもとは「雑誌不況」であること。ならば出版界の景気回復には雑誌とコミックスの販売回復を目指したほうがいいのではないか。
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新書版p.73

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コミックスの売上は雑誌としてカウントされる。雑誌は中小の書店を経営的に支えてきた。それだけに雑誌不況は中小零細書店の経営を直撃する。(中略)
雑誌の売上が減ると、小さな書店が打撃を受ける。小さな書店が減ると、雑誌の売上が打撃を受ける。日本の雑誌販売に起きているのは負のスパイラルだ。(中略)
 出版社にとって雑誌が売れないということは、販売収入と広告収入の両方が減るということである。これがバブル崩壊後の日本の出版社を苦しめてきた。
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新書版p.70、71

 このようにして、書店が消えてゆく要因をひとつひとつ考察してゆきます。長期不況による節約、高齢化と人口構成の変化、コンビニ(雑誌販売を奪われた)、郊外型の大型書店の登場、ブックオフなど新古書店、アマゾンなどの通販ビジネスの台頭、図書館、そしてネットと電子書籍。

 それぞれの要因がどのように作用したのかを見てゆき、これからどうすればいいのかを考えます。

 結論に向けてきちんとした筋道に沿って論考を積み重ねてゆくタイプの本ではなく、話題はあちこちに飛びます。将来に向けた提言もそれほど充実しているとは言えません。

 というわけで、「若者がスマホばかりいじって本を読まなくなったから書店がどんどん潰れるのだ」などと単純に考えている方には一読をお勧めします。出版界の状況や問題に明るい方は、むしろ本や出版に関する雑多なエッセイとして読んだほうが楽しめるかも知れません。

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「本」は出版社が活動を続け、その社員たちに給料を払うために存在するわけではない。「本」は書店や取次で働く人たちのためにあるわけではない。出版社も書店も取次も、「本」を「読者」に手渡すためにある。
 現在の「本」を取り巻く状況はそのようなものになっているだろうか。著者が10年かけて書いた本が、書店の店頭から1週間で姿を消し、多くの読者が知らないうちに断裁されパルプになってしまう状況は、「本」と「読者」のためになっているだろうか。
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新書版p.235


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『直感を裏切る数学 「思い込み」にだまされない数学的思考法』(神永正博) [読書(サイエンス)]

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 数学がすべての人に平等であるように、真っ当な努力の積み重ねこそが、次の時代を切り拓くのです。さまざまな「直感を裏切る問題」を楽しみながら、そう実感していただけたら、これ以上嬉しいことはありません。
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新書版p.4

 全体所得が急激に下がっているのに、すべての階層で平均所得が上昇している? 立方体に穴を開けて、その立方体よりも大きい立方体を通すことが出来る? 期待値マイナスの不利なゲームを二つプレイし続けることで、期待値プラスの有利なゲームになる?

 そんなことがあり得るでしょうか。直感を裏切るような驚きのある数学問題を集め、人間の思い込みがいかに当てにならないかを明確にする興奮の一冊。新書版(講談社)出版は2014年11月です。


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「年収1000万円以上、年収500万円~1000万円未満、年収500万円以下のどの階層でも、平均所得が上がっている」
 これは景気が回復しているという意味だろう。国は貧しくなっているどころか、逆に豊かになっているのではないか。
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新書版p.10


 選挙を前にして様々な経済データが取り沙汰されていますが、党によって言うことがバラバラで、混乱に拍車をかけている印象を受けます。統計データは「思い込み」あるいは「最初から決まっている主張」に合わせて解釈されることが多く、しかも直感でトリックに気付くことは困難なので、なかなかやっかいなのです。

 上に引用したのは、本書に登場する最初の問題。すべての問題は、まず上に引用したような「間違った言説」を提示し、どこが間違っているのか考えた上で解説に読み進む、という構成になっています。

 多くの場合、最初に提示される言説はもっともに思える(直感に合致している)ので、解説を読んで大きく裏切られてびっくりすることに。しかし数学的論理を追えば、なるほど、納得できる。これが快感で、ついつい読みふけってしまいます。

 知っている問題もいくつか含まれていましたが、解説が非常に分かりやすく、またよい具合に掘り下げてくれるのが素敵。例えば、「ビュフォンの針」問題は一般向け数学書でよく紹介されていますが、単に答えを示すだけでなく、なぜそこに円周率が登場するのか、その本質的な理由はなにか、という疑問までも取り上げてくれるのです。

 全体は4つの章から構成されています。


第1章 直感を裏切るデータ
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 大正時代の日本の人口と、メールマガジンの発行部数。ほとんど関連性のないデータに、なぜか共通の傾向を見つけることができました。このように「両対数グラフが直線になる」法則を、「ジップの法則」と言います。(中略)ジップの法則がなぜ成り立つのかについて、じつははっきりした説明はまだなされていません。
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新書版p.50、53

 前述した「集団全体の性質と、集団を分けたときの性質が異なる」現象(シンプソンのパラドックス)の様々な実例から始まって、平均寿命と平均余命の関係、ベイズの定理、ジップの法則、ベンフォードの法則、など統計データに潜む「直感に反した」性質を明らかにしてゆきます。


第2章 直感を裏切る確率
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 実用性を考えれば、この他人受容率は非常に低い(=高精度)と言ってよいでしょう。
 さて、このような生体認証技術ですが、データベースが充実してくるにつれて、別の、ある厄介な問題が浮上してきます。(中略)
他人受容の危険率がわずか100万分の1しかなかったとしても、同一判定される確率が50%を超してしまうのは、たった1180人のデータベースからなのです。
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新書版p.74、75

 ある人数の集団内に誕生日が一致するペアがいる確率(直感よりはるかに高い)という「バースデーパラドックス」の様々な応用から始まって、確率論の基本である「大数の法則」が成立しない確率事象、窓口を増やすことによる待ち行列解消効果(直感よりずっと大きい)、実力が拮抗しているゲームで一方的なリードが続く確率(直感よりずっと高い)を説明するアークサイン法則、「ビュフォンの針」実験、などが紹介されます。


第3章 直感を裏切る図形
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 掛谷問題は、一見するとただのオモシロパズルのように見えます。しかしのちに、ここで構成された図形は実解析学や偏微分方程式など、解析学の最も深い問題に応用されるほど重要なものになりました。掛谷宗一氏の素朴な疑問から始まった針の回転問題は、現代数学にも大きな影響を与えたのです。
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新書版p.152

 「穴に落ちないマンホールの蓋の形は、円しかないのか?」という議論から始まって、「立方体に開けた穴に、その立方体よりも大きな立方体を通すことができるか?」というルパート公の問題(実際にやってみた実験写真つき)、「平面上の図形で、長さ1の線分を連続的に180度回転させることができるものを考える。そのような図形の中で面積が最小となるものはどんな形か」という掛谷宗一氏が提出した針の回転問題とその驚くべき回答、体積が有限なのに表面積が無限になる図形、そして四色問題とその解決。幾何学に関連する著名な問題を取り上げて解説し、その意義を明らかにします。


第4章 直感を裏切る論理
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今までさまざまな問題を見てきました。子どもでも取り組めるような問題であなりがら、最終的には数学の奥深さに繋がっている問題が多かったのではないでしょうか。
  (中略)
連続体仮説が示した、「否定も肯定も不可能な命題がある」という事実。これは、世紀の大難問に正面から立ち向かった、勇気と努力の結晶なのです。
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新書版p.177、237

 「正方形の中のすべての点を通る曲線は存在するか?」という空間充填曲線の問題、「負け越すはずの2つのゲームを組み合わせることで、勝ち越すゲームにすることができるか?」というパロンドのパラドックス、有名なモンティ・ホール問題、そして連続体仮説とその驚くべき結論、など様々な問題を通じて、数学の奥深さと数学者の営みについて紹介してゆきます。


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『ぶたぶたのおかわり!』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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 山崎ぶたぶたは、右京徹也が経営する珈琲専門店三号店の店長をやっているぶたのぬいぐるみだ。
 大きさはバレーボールくらい。桜色の身体に、手足の先には濃いピンク色の布が張られている。大きな耳の右側はそっくりかえり、目は黒ビーズ、突き出た鼻。しかしその実体は(というか中身は)、魅力的な声を持つ器用で働き者の中年男性だ。
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文庫版p.53

 大人気「ぶたぶた」シリーズ最新作。今回の山崎ぶたぶた氏は飲食店で働く料理人ですよ。おいしそうな料理やスイーツの描写が読者の胸に、いやむしろその下あたりに響く、素敵な食いしん坊小説集。文庫版(光文社)出版は2014年12月です。

 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、心は普通の中年男。山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。「ぶたぶた」シリーズはそういうハートウォーミングな物語です。

 山崎さんの職業は作品ごとに異なりますが、今回は料理人。全四話を収録した短篇集となっています。大半が以前に登場したのと同じ店が舞台となるスピンオフ作品ですが、特に気にしなくても大丈夫。


『魔女の目覚まし』
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 おつりをもらう時、ちょっと握手みたいになって、ドキドキした。
 店を出てからもそのドキドキは続いて、結果的に目が覚めた。
 あのぬいぐるみに対する驚きは、持続性があるのかもしれない?
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文庫版p.32

 朝、どうしてもすっきり起きられないことで悩んでいる主人公は、近所のカフェで働く山崎ぶたぶた氏に驚いて目が覚める。これは便利、とばかりに(いつまでも驚いてドキドキできる人なのだ)何度か通っているうちに悩みを相談したところ、お勧めされたのは「魔女の目覚まし」なる謎の覚醒ドリンク。その正体は?


『言えない秘密』
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 普通に会話してるな……。違和感とかないのか? あるだろう、あの後ろを向いた時のちょろっとしたしっぽとか、濃いピンク色の布張ったどう見てもぬいぐるみの手とか。どこから手に入れたのか、指サックのおばけみたいなのをつけて器用に作業してるけど?(中略)どうやってやかんをつかんでいるのか、とか、その繊細なお湯の入れ方はどうなんだ、とか心の中で思っているだろうか、
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文庫版p.59、67

 珈琲専門店の経営者が、研修生の女性を店長に紹介する。そーら、驚くぞ、驚け、という期待に反して彼女はごく普通に対応。ちっとも驚くそぶりを見せない。なぜだ、だってぶたのぬいぐるみが店長なんだぞ、それなのにコーヒーを器用に入れちゃうんだぞ、なぜそこで驚いてくれないんだあぁ(うろたえるおっさん)。


『「おいしい」の経験値』
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 味わって食べる……。そんなことした憶えはなかった。お腹がすいたから食べる。それだけだ。味もほとんど感じないから、ゆっくり食べることもしなかった。ちょっと嚙んだら、すぐ飲み込む。
  (中略)
 あたしも、「おいしい」って言いたい。感じたい。子供たちの幸せそうな顔を見ていると、そう思う。
 おいしいものを食べていると、ご飯の時はいつもあんな顔をして、幸せな気分になるんだ。
  (中略)
 ちゃんとご飯を食べたい。そして、作りたい。心からそう思った。
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文庫版p.135、138

 食事のおいしさを感じられない女性が、ぶたぶたの料理教室に迷い込んでしまう。味わって食べることの基本にふれた彼女は、やがて料理の味を感じられない精神的な原因に気づき、立ち直りのきっかけをつかむのだった。

 別シリーズもそうですが、著者の食いしん坊小説は、ただ料理やお菓子の描写が美味しそうというだけでなく、食べることの喜び、味わうことの幸せを、誰もが共感できるような形でストレートに書いてくれるところが素敵だと思います。辛いことがあっても、苦しい状況にあっても、楽しくおいしく食べられるなら、幸福はそこにあるのではないか。そんなことを思わせる作品です。


『ひな祭りの前夜』
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 仕事帰りに、夫の平がぬいぐるみを拾ってきた。
 色がわからないくらい、汚れてボロボロだった。
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文庫版p.149

 行き倒れのぬいぐるみを拾ってきて看病する夫。事情を問い詰める妻と夫との会話がまるで漫才みたいで楽しい。

 「どうしてうちに連れて来たの?」
 「声かけても目を覚まさないし----」
 「ちょっと待って。目はビーズだったよね?」
 「まあ、目を開けて寝るみたいではあったよね」

 「で、俺は考えた」
 「何を?」
 「公園のベンチに座って、ぐったりしたぬいぐるみに向かって『大丈夫ですか!? しっかりしてください!』と言い続ける自分がどんなふうに見えているかなあって」
 「……人通りあったの」
 「けっこう」

 酒場で飲み過ぎて、公園のベンチでうたた寝をしているうちに置き引き被害にあい、しかも風邪をひいて具合が悪くなり、気を失って水溜まりに落ち、ボロボロになった山崎ぶたぶた氏という衝撃的な状況から始まる作品。

 困っている動物/妖精を助けたら恩返ししてくれた、という昔話のパターンなのですが、どっちかというと「泥酔した会社の同僚を家まで連れて帰ってきて奥さん大迷惑」「でも意外に律儀な人で助かったわ」という話になってしまうところが山崎ぶたぶた氏。


タグ:矢崎存美
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