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『生命はどこから来たのか? アストロバイオロジー入門』(松井孝典) [読書(サイエンス)]

 「2013年4月初め、その彼とチャンドラから、急ぎの連絡が届きました。赤い雨から採集した細胞状物質の細胞壁部分に、ウランの濃縮があるというのです。加えて、スリランカの医学研究所とは別の研究所でも、その部分にはリンが無く、代わりにヒ素があるという分析結果を得たようだということで、われわれとしても至急、短報の論文として発表しておきたい、というのです」(Kindle版No.3063)

 生命とは何で、いかにして発生したのか。地球外生命体はどこにどのような形で存在するのか。アストロバイオロジー(宇宙生物学)について一般向けに紹介した入門書の電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。新書版(文藝春秋)出版は2013年08月、Kindle版配信は2013年11月です。

 「2001年6月~8月頃にかけて、インド南部のケララ州で、南北500Kmにわたる地域に、断続的ですが赤い雨が降ったのです。(中略)その後の研究から、この赤い雨の正体は、実は細胞状の物質であることがわかりました」(Kindle版No.52、60)

 「06年に発表された論文によると、大きさは4~10マイクロメートルで、形態的には細胞状ですが、核やDNAは見つからなかったということです。この雨の降る前に、大気中で大きな爆発音がしたそうで、論文では彗星が大気中で爆発したのではないかと推測しています」(Kindle版No.61)

 冒頭からいきなり『ムー』的つかみが炸裂。も、もしやその「赤い雨」に含まれていたという「細胞状物質」の正体は・・・。などと期待させておいて、さらに煽る煽る。

 「この話には、さらに後日談があります。実は昨年(12年11月)、今度はスリランカに赤い雨が降ったのです。その調査に関してはあとがきで、簡単に紹介します」(Kindle版No.80)

 我慢できずに「あとがき」にちらりと目を通してみると、細胞壁にウランが含まれていたとか、リンの代わりにヒ素が使われていたとか、どう考えてもそれ地球のものじゃないでしょう、という盛り上がり。マジですか。そこらのオカルト本より大興奮。

 というわけで、気を取り直して、地球外生命体を研究するアストロバイオロジー(宇宙生物学)の入門書です。といっても、墜落した円盤から回収された遺体を研究しているわけではなく、生命というものを「地球産」に限定しないで、より広く普遍的に根本的に考えてみる、という学問です。中核となる研究テーマの一つは、生命の起源。

 「本書はそうした生命起源論が、今どのような状況にあるのかを網羅的に著すものです。「生命はどこから来たのか?」というテーマについて、多岐にわたる研究分野の現状を紹介します」(Kindle版No.103)

 網羅的に、多岐に、というのは誇張ではありません。

 生命起源論の歴史から始まって、宇宙における生命の分布に関する議論、従来の生物学のおさらい、古生物学、分子進化学、極限環境生物学、ウイルスが生物進化や地球環境に与える影響、そして現代の生物起源論である化学進化の研究、宇宙における生命探査の現状、といった具合に、ぎゅうぎゅうに詰め込んであります。

 これ一冊で生物学と天文学にまたがる広範な自然科学分野の最新情報を得ることが出来る勢いなので、たとえアストロバイオロジーそのものに興味がなくとも、このあたりの現状がどうなっているのか知りたい方には一読をお勧めします。

 ところで、本筋とは別に、ところどころ著者のキャラが漏れているのが何だか無性におかしく、これが本書の魅力ともなっています。

 「アストロバイオロジーという学問を探求しようという研究者には、共通の特徴があります。一言で言えば、楽観主義だということです。(中略)私自身は、賭けのようなもので、私の運がよければ見つけられるだろうと思っています」(Kindle版No.377、382)

 アストロバイオロジーの成果が「私の運」で決まるというあたりに、楽観主義が強く感じられます。

 「アストロバイオロジーの研究者は、基本的にこの3つ目の立場にたっているはずです。そうでなければ、国の税金を使って研究を行う正当性を主張できないからです」(Kindle版No.1044)

 3つ目の立場というのは「この宇宙は生命に満ち溢れている」という立場のことですが、それが「根拠があるから」でもなく「妥当な推測だから」でもなく、「助成金を正当化するため」と言い切ってしまうところに正直さ、いやむしろ180度ひねくれた何かが感じられるようです。

 「私も個人的に、火星探査計画に関わっていました。旧ソ連のフォボス計画です」(Kindle版No.2843)

 という記述で、読者をして「もしやソビエトのフォボス計画の内幕を暴いてくれるのか。実は極秘の成果が出てましたとか。うおおーっ」などと興奮させておいて。

 「私の火星探査計画への参加は、結局、旧ソ連の崩壊とともに消滅しました」(Kindle版No.2846)

 というオチをつけてしまう。この呼吸もなかなか芸が細かいと思います。

 そして、いよいよ「あとがき----スリランカの赤い雨」です。

 「2012年11月13日、今度はスリランカで、赤い雨が降りました。(中略)実は赤い雨と前後して、同じ地域に隕石も落下したのです。当然チャンドラのもとへ、その隕石も送られました」(Kindle版No.3047、3058)

 パンスペルミア説(生命のもとは宇宙からやってきた説)を唱えているチャンドラ・ウィックラマシンゲという英国の研究者からの仰天連絡を受けて、大急ぎでスリランカへ飛んだ著者。

 同時期にディスカバリーチャネルもこの事件を取材に来たそうです。

 現地の農家で目撃された「火の玉」、複数の「蛍のような小さい光」。それが「あまり動きがなく、自分のほうに向かって来ている様だった」(Kindle版No.3120)という証言は何を意味するのだろうか。その後に降った「赤い雨」を研究所で分析したところ、地球上に存在するはずのない細胞が含まれていたという・・・。

 といった感じの番組になるのでしょうか。

 もはやアストロバイオロジー入門とは違う領域に足を足を踏み入れてしまった感がありますが、著者による「スリランカの赤い雨」事件の調査について知りたい方は、どうぞご一読を。