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『夜の分布図』(三角みづ紀) [読書(小説・詩)]

  「これはかんたんな恋のはなし。/どこにでもある恋のはなし。」
    (『砂地』より)

 三角みづ紀さんの詩集の電子書籍版をKindle Paperwhiteで読みました。Kindle版の配信は2013年07月です。

  「息ができないくらい/怒鳴りあうように/ひとしきりわらって/つめたい炭酸水を買う//なんて しあわせだった/梅雨の日」
    (『しあわせだった』より)

  「カレンダーは正直だ/爪先に触れて/夏を遠ざける/めくったページを/まきもどして/画鋲で貼りつける/カレンダーより/わたしのほうが正直だ」
    (『鳴った』より)

 連作のような、必ずしもそうではないような、おそらくは恋愛詩が並んでいます。ハチさんによるイラストが一つ一つの詩に添えられており、それが静かに言葉を支えていて、とてもいい雰囲気。

  「世界の果てのように/わたしはいま よくできている/世界の終わりのように/わたしはいま よくできている」
    (『最上の椅子』より)

  「すべて壊れる方法は/案外に容易なことを/わたしたちは知っている//すべて壊れる方法は/案外に容易なことを/わたしたちは知っていた」
    (『呪文』より)

  「骨だけに、なって/いそいで/骨だけに、なって/いそいで/骨だけに、なって//できるだけ/いそいで」
    (『白い指』より)

  「うりふたつの死体たちが/海岸にて 整頓される/自分の顔にうりふたつの/死体たちが 海岸にて/整頓される」
    (『並ぶ』より)

 語句の繰り返しが生み出すリズムが素晴らしい。静けさのなかでリピートされる声が、どんどん切迫感を積み上げてゆきます。繰り返しに見えて、少し違えている箇所が強烈な余韻を残します。その狡猾なまでの巧みさ。もう胸がどきどきですよ。

  「起きたら波にまかれて/彼が沈んでいく/軒下の鳥の巣も/おなじく沈んでいき/おさない鳥の死骸が/うつくしくぶらさがっている」
    (『泣いた』より)

  「白んでいく、東/明けない夜を抱きかかえて/たいしたことではなく/たいしたことにするのだ」
    (『めまい』より)

  「たわいもない音が響く日、/ドアは木製だった/神妙に軋んで/神妙に閉じた」
    (『ドアは木製だった』より)

 切なさ。寂しさ。取り返しのつかなさ。直接的な表現を極力避けて、美しく響く言葉の連なりからそういった感情を読者に滑り込ませてくるような作品が多く、それがイラストと共鳴して、なんともいえない感傷的な気持ちになります。

 個人的には恋愛詩は苦手なんですが、こういう毒を盛るような手口でこられると、これがもうあっさりと感動してしまうことに自分でも驚きます。最後まで読んでから、また初めに戻って読み返すと、最初に読んだときとはまた別の情景が浮かび上がってくるところも素敵です。

  「すいこまれる声/ひとりになった夜/背中にまではりついたすべての夜を/引き離すつもりはない/あなたが降っている/絶え間なくあなたが/降っていたんだ」
    (『溶けるように』より)


タグ:三角みづ紀
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