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『社員たち』(北野勇作) [読書(SF)]

 「君に見えるか、あの星が。 そうだそうとも、あれこそが。 夜空に輝く社員の星だ。 シャイン社員、シャイニングスター。 輝く社員の星となれ」(単行本p.284)

 書き下ろし日本SFアンソロジー『NOVA』に収録された短篇など、会社員SFを集めた一冊。単行本(河出書房新社)出版は、2013年10月です。

 会社員というのは摩訶不思議な職業で、何しろ「どういう状況で何をやっているのか」が外部の人に対してたいへん説明しにくい。というか本人にもよく判らないことが多いわけです。

 むしろ「他の人も働いている(らしい)から、きっとここは会社」、「他の人も出勤している(ようだ)から、おそらくここは職場」、「他の人がそうだというから、私は会社員(なのだろう)」といった程度の認識で働いているというのが実感に近い気がします。

 もしそういったみんなの暗黙の共通認識に、ふと疑問を覚えたりしたら。北野ワールドへようこそ。

『社員たち』

 「社長さえ見つかればなんとかやっていけるはずなんだ。もし仮にだよ、見つかった社長の状態がひどくても、それはもうどんな状態でも社長には違いないんだから、役所だってもう文句はつけないだろうし、つけようがないよな、だって、社長がいるんだから」(単行本p.10)

 地中深く沈んでしまった会社を掘り起こす社員たち。社長さえ掘り出せば、きっと大丈夫。なぜかって、そんなこと考えちゃだめだよ。会社員の本性を描いた全体のプロローグ的短篇。

『大卒ポンプ』

 「無駄だろうがなんだろうが、モリノミヤ氏には会社の地下にずっといてもらわなければ困る。あの部屋でずっと、会社から出ることなく、ポンプ部の社員として、高級取の大卒ポンプとして、働き続けてくれるのがいちばんなのだ」(単行本p.34)

 「ポンプはポンプでも、大卒のポンプや。大卒のポンプなんか、他におらんからな。あっぱれあっぱれ、大卒ポンプ。やんややんやの大喝采」(単行本p.27)だった新入社員モリノミヤ君も、今では不祥事扱い。飼い殺しにされた会社員の悲哀だか何だかを描いた短篇。たぶん『第六ポンプ』(バチガルピ)とは無関係。

『妻の誕生』

 「もしまた生まれ変わっても、やっぱりあなたと暮らしたいわ」(単行本p.55)

 あるとき妻が卵になってしまった。残された夫は懸命に卵を温めたり、後始末をしたりと、おおわらわ。本書収録作中、数少ない明るい作品。

『肉食』

 「これからどんどん潰れるよ。実際、この国自体がもうだいぶ前から死んでるようなものだったんだから。それを無理やり動かしていただけなんだもん」(単行本p.76)

 ゾンビ会社に勤めるゾンビ社員がもうゾンビ。死んでもサービス残業、死んだらリストラ、死んだことを隠して年金もらってる奴もいたり。既に死んでいるのに、そうでないふりをしているだけの私たちの社会。とりあえず肉食って元気だしましょう。

『味噌樽の中のカブト虫』

 「どうやらカブト虫がおれの代わりに思考してたらしいんだよな」(単行本p.109)

 会社の検診で「頭の中にカブト虫がいる」と指摘された社員。やっぱり異星人に誘拐されて埋め込まれたのかしらん。でも地球人もやってるし、そこはお互い様だよな。というより今こうして思考している「私」、実はカブト虫ではないのか。たぶん『蟻塚の中のかぶと虫』(ストルガツキー兄弟)とは無関係。

『家族の肖像』

 「この世界自体が、もっと大きな世界から切られたものなんだよ。ずっと前に。そう、ヤモリの尻尾みたいにさ。 切られて捨てられた。でも動いてる。切られてないことにしてまだ動いている」(単行本p.148)

 「人間を人間じゃないものに変える。人間の仕事じゃない仕事をさせるためにね。だって、もう人間じゃなくなってるんだから、人間扱いしなくても別に問題ないだろ」(単行本p.139)というわけで、家族を守るために、政府が推進する低所得者向けプログラムを受け入れた会社員。人間扱いしろなどという「わがまま」はもう許されず。派遣切り、貧困ビジネス、ホームレス排除などがまかり通っている私たちの社会をけっこうリアルに描いた短篇。

『みんなの会社』

 「いや、あのね、うちの会社って、つまりその・・・・・・なにをやってんのか、ぼく未だにわからへんのですよ」(単行本p.166)

 社長が緊急会議を開くというので、さてはあれがバレたか、これがバレたかと、大慌ての社員たち。そのとき新入社員が禁断の質問。「うちの会社って、なにやってるとこ?」。会社の不条理を笑い飛ばして考えないようにする落語台本。

『お誕生会』

 「それがクゲラの初めてのお誕生会。 蝋燭が一本消えて----。研究員が四人死んだ」(単行本p.181)

 クラゲ怪獣クゲラ誕生。すべてはここから始まった(かも知れない)。

『社員食堂の恐怖』

 「今はまだ何もわからないが、こうして続けてさえいれば、いずれはすべてが明らかにされる日が来るはずだ。 いつか、きっと」(単行本p.210)

 クラゲ怪獣クゲラ登場。「こんなのざるうどんじゃなあああい」(単行本p.194)、日本SF史上に残るであろう名絶叫と共に社員食堂に喰われた女性社員。会社員たちは対策に乗り出すが・・・。問題を解決することなど考えもせず、ひたすら問題の存在に慣れるために頑張って残業もいとわない会社員たちの姿が哀しくもリアルな怪獣小説。

『社内肝試し大会に関するメモ』

 「まあ実際のところはよくわかりません。わからないことだらけです。たとえば、吸収されて、でも脳味噌だけが活かされている場合、脳味噌の持ち主がその状態をどんなふうに認識するのか、とか。 とにかくまあそんないろんなことを身をもって確かめる、そういう意味での、肝試し、でもあるのです」(単行本p.228)

 クラゲ怪獣クゲラ成長。社内で開催された肝試し大会は、わずか30分で全員が喰われて終了。「会社でおかしなことが起きている」というメモは、誰が誰に残したものなのか。というより、そんなことを考えている「私」は何なのか。ディック的(言っちゃった)現実崩壊感覚を描いた怪獣小説。

『南の島のハッピーエンド』

 「こんなに素敵なハッピーエンドがあるのに、なぜそれ以上続ける必要があるでしょう。いや、無理やりにでも、そこで終わりにしてしまわねば。 お話をハッピーエンドにするために。 その結末を確定させるために」(単行本p.263)

 クラゲ怪獣クゲラ起源。「蛋白質の思い出(メモリー)。生きている記憶媒体」(単行本p.255)を開発した女性研究者。その中に世界をまるごと再現して、そこに素敵な思い出を封じ込めれば・・・。意外にハードSFだったのか、と一瞬だけ思わせる叙情的な怪獣小説。

『社員の星』

 「落差という環境によって滝というものが存在できるように、会社という環境によって会社員も存在できる。会社が連続しているから、会社員もまたその連続性を保つことができる。 つまり、会社員というのはそれのみでは存在することができない、環境が作り出したあるパターンのようなものなのだ」(単行本p.275)

 地中深く沈んでしまった社長を掘り出そうとしている会社員たち。まだやってたのか。そう、会社員は続く。何も考えず続く。どんな目にあおうと「明日の朝には、また同じように始めることができるはずだ」(単行本p.285)。それが会社員の希望。それこそが会社員の存在意義。全体のエピローグ的な短篇。

 輝けぼくらの、シャイニングスター。
 ・・・シャイニング。
 ・・・社員。
 ・・・捨。
 ・・・死。

[収録作品]

『社員たち』
『大卒ポンプ』
『妻の誕生』
『肉食』
『味噌樽の中のカブト虫』
『家族の肖像』
『みんなの会社』
『お誕生会』
『社員食堂の恐怖』
『社内肝試し大会に関するメモ』
『南の島のハッピーエンド』
『社員の星』


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