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『アメリカ・メディア・ウォーズ ジャーナリズムの現在地」(大治朋子) [読書(教養)]

 「本書に記した米メディア界の再編の動きは、葛藤の中にありながらも挑戦を続ける記者たちの記録である。(中略)難問に直面したアメリカのジャーナリストたちがどう格闘し、挫折し、あるいは克服していくのか、その地図のない旅を最前線で記録しようと努めた」(Kindle版No.43)

 広告収入の激減、購読者の減少。新聞はネットに殺されてしまうのか。綿密な取材により、変革期をむかえる米国報道メディアの現状を描いたルポの電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。新書版(講談社)出版は2013年09月、Kindle版の配信は2013年10月です。

 毎日新聞で連載された『ネット時代のメディア・ウォーズ 米国最前線からの報告』を元に書き下ろされた一冊です。

 「米紙全体の新聞広告とウェブ上のオンライン広告を合わせた広告収入の総額は2005年には494億ドルだったが、09年には276億ドルと六割弱にまで落ち込んだ」(Kindle版No.1762)

 「2008年一年間で解雇された新聞社の社員は計6000人に達し、新聞社の合併・吸収が盛んに行われた1978年以来最大規模となった。09年にはさらに5200人が解雇され、両年で整理された人員は計1万1200人、わずか二年で米紙の社員(2001年に5万6400人)の約五人に一人が職を失った計算になる」(Kindle版No.588)

 「第1章 岐路に立つ米新聞業界」では、米国の新聞が置かれている、あまりにも厳しい現状を浮き彫りにします。広告料と購読者の減少、人員整理、それによる取材力の低下。結果として記事の質が下がり、それが購読者離れを加速する。果てしない泥沼のような苦境を抜け出す手はあるのでしょうか。そしてもし新聞が死んだなら、民主主義の将来はどうなってしまうのでしょうか。

 「第2章 ニュースはタダか」では、何とか収益を確保して生き延びようとする新聞社の苦闘を見てゆきます。

 「グローブ紙が実践したのは、「三分の一の原則」の徹底だった。予算を三分の一減らし、人員を三分の一削減し、発行する新聞のページを三分の一減らす。(中略)生き残るには、地方紙としての役割に徹するしかない」(Kindle版No.400、413)

 「米紙業界はいま、急激にデジタル版の課金制度導入へと舵を切り始めた。報告書によると、現在ある米紙約1400紙のうちすでに150紙が課金システムを導入しているが、さらに13年には100紙ほどが新たに有料化に乗り出すのではないかと予想されているという」(Kindle版No.1099)

 「NYT紙は紙の読者を維持し、かつこれまで新聞では読んでいなかったデジタル版の利用者にも新たに新聞購読を促す動機付けにしようとしている。デジタルの有料化により紙とデジタルの購読者を増やすという攻めの発想で、プラス思考で相乗効果を起こそうとしている」(Kindle版No.947)

 「テクノロジーの革新がニュース業界に新たな顧客を呼び込んでいる現実がある。だが、問題はその新たな顧客を誰が利益に結びつけているかだ。報告書によると、2011年のデジタル版ニュースの広告収入の七割近くはユーチューブなど技術系の企業五社が独占している。ニュースを発信したメディア側は残る利益の一部を得ているに過ぎない」(Kindle版No.1121)

 「第3章 ハイパー・ローカル戦略は生き残りのキーワードか」では地方紙を中心に活性化する「記事共有」の試みを、「第4章 NPO化するメディア」および「第5章 調査報道は衰退するのか」では小規模NPOメディアによるジャーナリズム再編への挑戦を描きます。

 「地方紙による記事共有の動きは、全米各地で起きている。(中略)その後も同じような「大手紙+地方紙」連合の結成を模索する動きが目立った」(Kindle版No.1345、1389)

 「全米にあるNPOメディア全体の六割以上に当たる38団体が2006年以降に創設された比較的新しいものである。(中略)米ジャーナリズムの衰退に危機感を覚えてNPOを創設したり、最近になってNPOに参加した人々が少なくない。人員整理で新聞社を解雇された記者らも多く、NPOメディアがその受け皿となっている側面もある」(Kindle版No.1777)

 「私たちは良質のジャーナリズムを追求したい。そして、私たちのジャーナリズムが良いものだと思ったら寄付をしてください、と求めるわけです。そうやって、周囲の人々をインスパイア(感化)しながら資金提供を求めるのです」(Kindle版No.2019)

 「営利企業の規模はもっと小さくなり、以前とは違う形になっていくかもしれません。いま起きているのは、ジャーナリズムにおける「エコ・システム(生態系)」の多様化です。私たちのような小さなメディアはこれからもっと増えるでしょう」(Kindle版No.1994)

 NPOメディアと大学の協力関係、NPOメディアと大手メディアの連携。そういった米国メディア再編の立役者としての小規模NPOメディアの動きが特に印象的です。著者は、これは日本にとっても参考になるといいます。

 「既存の大手メディアから地方の小規模な新聞社まで、NPOメディアが媒介となり、巨大なメディア・ネットワークを作り上げていく。既存メディア同士の連携はライバル心もあってなかなか難しいが、NPOが仲介することで、そこはスムーズになる。これこそがNPOメディアの真骨頂であり、その個性を存分に生かした報道であったように思う」(Kindle版No.2373)

 「既存メディアもNPOメディアも、自らの信ずるジャーナリズムを守り、育てるために、新たなパートナーと時に手を組みながら、他者の力が必要な時は協力を求め、外注すべきところは外注しながら、浮かした労力とコストでそれぞれの個性に磨きをかけようとしている。それこそがコストや人員削減の中で、ユニークな独自性を育てる道につながり、結果的にその媒体の競争力を高め、存続への道を開くという発想だ」(Kindle版No.2312)

 「日本の税制がもっとNPO設立を容易にする方向で改正されれば、INのような取り組みは、日本におけるNPOメディア創設に非常に参考になるのではないかと思う。(中略)アメリカで私が見たさまざまな取り組みをそのまま日本で活用することは難しいかもしれないが、日本でもメディアの再編は進みつつある。NPOメディアがその存在感をさらに増すのも時間の問題だろう」(Kindle版No.2249、2736)

 著者の見立てをまとめると、こんな感じでしょうか。

 紙媒体は衰退しつつも、統廃合・記事共有・オンライン課金などの策で規模縮小しつつ生き残る。一方でネットを基盤とする小規模NPOメディアが台頭して、大学や地方紙、さらには大手新聞とも連携をとりながら、これからの米国ジャーナリズムを牽引してゆく。

 報道全体を俯瞰すると、これはメディアの再編、多様化、分業化であり、米国ジャーナリズムの活力と健全性にとって、必ずしも悪いことではない。現場の記者たちは、むしろ飛躍のチャンスと前向きにとらえて、情熱を持ってジャーナリズムの未来に挑戦し続けているのだ。

 米国が持っているこういう側面には、賛嘆の他はありません。著者もこう書いています。

 「多くのアメリカ記者に接して感じるのは、「ジャーナリズムの力」を記者がとても強く信じていて、それがもたらす地域社会、市民社会への影響力は、民主主義社会には欠かせないという信念を抱いているということだ」(Kindle版No.2628)

 「アメリカでは、多くの現場の記者たちが、大切なのはあくまでもジャーナリズムというソフトウェアであり、その価値を信じることであり、それを実践し、提示するための媒体、つまりハードウェアは時代と共に変わるものだという大局的な感覚を広く共有している。(中略)だから、さまざまな形のメディアを作り、むしろ発信の場を多様化することで、インターネットの拡充や経済の悪化といった時代の変化を、多様なジャーナリズムを実践するチャンスにしようというプラスの発想にさえつながっている」(Kindle版No.2763)

 「私はこの一連の取材で、アメリカに「ジャーナリズムの木」が絶えてなくなることはないだろうという確信を抱いた。それは現場の若い記者一人ひとりがジャーナリズムの重要性を信じ、そして彼らにいろいろな機会や場を提供するアメリカ社会の多様な価値観があるからだ。ジャーナリスト同士もまた、日頃のライバル意識とは別に、同じようにジャーナリズムを追求する仲間として一定の連帯感を保ち、協力しあうさまざまなネットワークを構築している。これこそがアメリカのジャーナリズムの強さであり、生命線であるに違いないと私は思う」(Kindle版No.2786)

 ひるがえって、日本の報道メディアはどうなのでしょうか。米国ほど急激にではなくても、日本でも着実にメディア再編への圧力は強まっています。それが限界に達したとき、記者の一人一人が、逆境を乗り越えてジャーナリズムを守り育てようとする気概を保ち、互いに分業・連携して、新たな多様化メディアの時代を切り拓くことが出来るのでしょうか。

 大手マスコミの報道姿勢を見るにつけ、個人的には、どうにも不安を禁じ得ないのです。

 というわけで、「新聞もうオワコン」、「ネットがあるからマスゴミ不要」などと無責任に言い放つ前に、ぜひ一読をお勧めしたい一冊です。特にジャーナリズムを学ぶ学生は必読でしょう。理想と情熱に燃える若きジャーナリストたちこそが、報道メディア再編を引っ張ってゆくのですから。


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