『イスラム飲酒紀行』(高野秀行) [読書(随筆)]
「私はイスラム圏で酒のために悪戦苦闘を繰り返している。決してタブーを破りたいわけではない。酒が飲みたいだけなのだ。そして、実際に酒はどこでも見つかった。いつも意外な形で。 本書はおそらく世界で初めての、イスラム圏における飲酒事情を描いたルポである。ルポというよりは酒飲みの戯言に近いかもしれないが」(Kindle版No.184)
飲酒が禁じられているイスラム圏の国々。しかし、人が住むところ、必ず酒はあるはず。アフガニスタンでは違法な売春宿で、イランでは秘密警察の監視をかいくぐって、何としてでも酒を飲もうとする著者の挑戦は続く。
イスラム圏における飲酒事情を探ったルポの電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(扶桑社)出版は2011年06月、Kindle版配信は2012年09月です。
「イスラムにおける酒とは、日本における「未成年の飲酒」に極めて近い。公には原則的にダメなのである。(中略)不特定多数の人々が利用している公共の場で酒を飲むというのは、異教徒といえども控えるべき場面なのである」(Kindle版No.123)
無類の酒好きである著者は、世界中どこに行っても飲酒を諦めようとはしません。謎の怪獣や未確認国家を探しているときも、常に最優先で考えるのは、酒の確保。
「現地のゲリラ兵士とともに二ヶ月も雨期のジャングルを歩き、しばしば道にも迷っていたのだが、日記を読み返すと、なんと酒を飲まなかった日が一日もなかった。道はわからなくても酒の入手は怠らなかったのだ。そのエネルギーと集中力の十分の一でもルート探しに役立てればよかったと思う」(Kindle版No.2237)
「私はデイパックからオーストラリア産の赤ワインのボトルを取り出した。私はイスラム圏に入国するときだけでなく、ただ通過するときにもちゃんと酒のことを考慮している」(Kindle版No.85)
そんな著者が探索した「イスラム圏の酒場と酔っ払い」の数々を描いたルポが本書です。なぜそこまでして酒を飲もうとするのか、酒飲みにそれを問うのは野暮というものでしょう。
「第一章 紛争地帯で酒を求めて パキスタンからアスガニスタンへ」では、アフガニスタンに棲息するという謎の怪獣を求めて危険な紛争地帯へ突入。酒飲み以前に人生そのものが酔っぱらっているような著者。
パキスタンで知り合った若者たちの部屋でこっそり飲酒して、酒の購入が許可されている場所を捜し当てます。
「医者の診断書があれば飲めるんだ。『この病気の治療にはアルコールが必要だ』ってね。医者に金を払ってそれを出してもらう人もいる」(Kindle版No.320)
「酒を禁じる国に住む酒飲みが、そこだけ酒が手に入る五十センチ四方の穴に殺到しているのだからその激しさは想像できるだろう」(Kindle版No.432)
アフガニスタンではあからさまに怪しい売春宿に潜入。そこでビールを飲んで一息つく著者。大丈夫なのか。そんなところでのんびり飲酒していて。
「よくこんなところまで来て、こんな商売をするもんだ。多国籍軍並みに危険度が高い仕事でありながら、門番の一人も置いていないのだ」(Kindle版No.636)
「私はビールを飲むことしか頭になく、ここが安全な場所かどうかなど考えもしなかった。「よくこんなところでこんな商売する度胸があるな」と感心していたが、その前に「こんなところで酒なんか飲んでいいのか」という心配を先にすべきだったのだ」(Kindle版No.650)
というより、なぜその心配をしないで「まずは一杯」となるのか、そこが分かりません。
「第二章 酔っ払い砂漠のオアシス チュニジア」では、奥さんと一緒にチュニジアに出かけた著者。幸い、飲酒には困らない国なのですが。
「イスラム圏ではいつも「酒を求めれば求めるほど現地から離れる」という法則に悩まされる。酒は高級ホテルか高級レストランでしか供されないことが多い。外国人や上流階級の人間しかそこにはいない。酔っ払いがわいわいがやがやと楽しくやるような雰囲気がない」(Kindle版No.728)
酒が手に入ったら入ったで、さらにハードルを高くする著者。砂漠のオアシスで開かれているという真夜中の酒宴の存在を聞きつけ、もぐり込んで大騒ぎ。
「人の言うことを聞かない、同じギャグを繰り返す----。酔っ払いはどうしてかくも似ているのか。「チュニジアには酒飲みはいても酔っ払いはいない」とモンデールさんは言った。だが、どんな砂漠にもオアシスがある。酔っ払い砂漠にもちゃんとオアシスがあった」(Kindle版No.877)
そして翌朝、激しい下痢に襲われる著者。奥さんも大変だなー。
「第三章 秘密警察と酒とチョウザメ イラン」では、外国人だということで秘密警察に監視されながらも、何とか酒の密売人と接触。さらに彼らのアジトに招待され、酒さえ飲めるのであれば、とついてゆく著者。ついてゆくなよ。
「伝統を感じてグッとくる。長い長いペルシアの飲酒文化は今もイランに息づいている。(中略)やっぱりイランは奥深い。革命も酒の禁止もイランの長い歴史の中ではつい昨日、一昨日くらいのことでしかないのかもしれない。イラン人はそれがわかっているから、「はいはい」と言って、政府の言うことを聞き流しているのかもしれない」(Kindle版No.1107)
などと最初は冷静に評していた著者ですが、アルコールが回ってくると。
「イランは酒が絶対禁止だとか女性はヘジャーブを被れとかうるさく言うが、結局みんな建前だけだ。「イラン、楽勝じゃん!」」(Kindle版No.1226)
浮かれていたら、危うく秘密警察に捕まりそうに。
「やはりイランは怖い。まったく予想がつかない。バスに乗る前に酒を買わなかったことも幸いだった。もし尾行されていたのならその場でアウトだし、バスの中でも酒の微細な匂いが敏感な秘密警察の男に嗅ぎつけられていたかもしれない。どっちにしても酒の所持が露見したら、即逮捕、監獄行きだった」(Kindle版No.1243)
危ない危ない。さすがにびびって、街を離れて地方の村へ。そこでようやく酒にありついた著者。だからなぜそうまでして・・・。
「第四章 「モザイク国家」でも飲めない!? マレーシア」では、ポルトガル租界で世界中の酒飲みと遭遇。
「ここはポルトガル系の「租界地」だが、酒飲みの「租界地」もあるのだ。「民族のモザイク」ではなく、これぞ「民族のるつぼ」で彼らの共通言語は「酒」である」(Kindle版No.1635)
「これがマレーシアらしいかどうか多少の疑問はあったものの、酒が存分に飲める今、もはやそんなことはどうでもいいのであった」(Kindle版No.1642)
「第五章 イスタンブールのゴールデン街 トルコ・イスタンブール」では、どこかにあるという伝説の「飲み屋街」を探索。そして、ついに発見。
「呆然としてしまった。たまげたことに、街の一区画がまるで新宿のゴールデン街のように、まるごと飲み屋街になっているのだ」(Kindle版No.1779)
「さっきの隠れ家レストランといい、このゴールデン街といい、イスタンブールには酒文化がどばっと花開いていた。(中略)イスラム圏に飲酒接待があるとは思わなかった。イスタンブール恐るべし」(Kindle版No.1818)
さらには意気投合した酔っ払いから「日本人はトルコ人みたいにバカスカ飲むって言うんだけど、ほんとうかね?」(Kindle版No.1832)と聞かれたそうで。バカスカ飲むんだ、やっぱり。
「第六章 ムスリムの造る幻の銘酒を求めて シリア」では、ただ「イスラム圏で酒が飲める場所」を捜し出すだけでは飽き足らなくなった著者が、またさらにハードルを高くすることに。
「もはや中東を十数ヶ国回り、酒に関する情報も集めていたが、いまだにムスリムが公に酒を造っているという話は聞いたことがない。ああ、イスラム地酒、どこかにないかなあ・・・・・・」(Kindle版No.1890)
イスラム地酒。いくら何でもそんなものがあるはずが、と思いきや、どうやらあるらしいという噂を聞きつけた著者。学生たちのネットワークを駆使して酒屋を捜し出し、そこからたどって、ついに、ついに。
「やった、ついに幻のイスラムワインに巡り会えた! しかも自家製の地酒だ!(中略)代金を支払おうとしたら、イナセ兄さんが一杯やる仕種をしながら「シュワイイェ(少しやる)?」と首を傾げた。 なんとも色っぽく、私が女かゲイだったらイチコロでついていっただろう。いや、私はストレートの男だが、酒に誘われているのだ。イチコロでついていってしまった」(Kindle版No.2191)
もう慣れました、この展開。
「第七章 認められない国で認められない酒を飲む ソマリランド(ソマリア北部)」では、ソマリア北部の未確認国家ソマリランドでカート中毒になって朝から晩までカートをキメている著者。『謎の独立国家ソマリランド』にその頃のことが書かれています。
2013年04月18日の日記:『謎の独立国家ソマリランド』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-04-18
「カートは決して効き目の弱い嗜好品ではない。依存性が酒なみに強いドラッグの一種だ(中略)毎日朝からカートをかじっていた。 もちろん、昼も夜もかじるから、ほとんど一日中、カート漬けだ」(Kindle版No.2287、2301)
「一日中、ほしいときにカートが食える。まるで天国のようで、私は酒のことなどすっかり忘れてしまった。たまに思い出しても「酒なんかあるわけないよな。必要ないもんな」と思い込んでいた」(Kindle版No.2308)
ところが、エチオピアから密輸されてくる酒があるという話を聞きつけて、なぜカート天国で酒が必要なのか、さっそく「取材」に乗り出す著者。その理由がついに明らかに。
「カートをやっていると、セックスをする気にならない。かみさんともできなくなる。だけど酒はちがう。酒を飲むと、ガンガンやる気になる。子供もできる!」(Kindle版No.2402)
カート中毒なのに密輸してまで酒を飲むのはそういう理由か。「ソマリランド人は子沢山だ。カート中毒で子供好きの彼らを支えていたのは、実は一杯の酒なのかもしれない」(Kindle版No.2405)と感慨深げに記す著者。それ、やっぱり「酒にまつわるちょっといい話」なのでしょうか。
「第八章 ハッピーランドの大いなる謎 バングラデシュ」ではバングラデシュにあるという謎の「色町」、通称「ハッピーランド」を探す著者。闇酒場で顔の見えない相手から「バングラデシュのビールがある」と言われて(おなじみの展開)、売春宿に乗り込んで酒だけ飲んで脱出(おなじみの展開)、そして地方の村で密造酒にありついて(おなじみの展開)、酒宴に参加して(おなじみの展開)。
「あとがき」にて、イスラム圏における飲酒文化について判明したことをまとめ、さらに次のように読者に語りかけます。
「ムスリムの人たちは酒を飲む人も飲まない人も、気さくで、融通がきき、冗談が好きで、信義に篤い。(中略)そういうイスラム圏の楽しさが少しでも伝われば嬉しい」(Kindle版No.2796)
というわけで、読めばイスラム諸国に対するイメージががらりと変わってしまいそうな好著。世界中どの国だってそうでしょうが、先入観や報道イメージと、実際にそこで生活している人々の姿は、まったくかけ離れていることが多いということがよく分かります。
同行したカメラマンが撮影した写真も多数収録されており、著者といっしょに異国を旅しながら飲んで浮かれているような気分にひたることが出来ます。酒好きにも、旅好きにも、紀行文好きにもお勧めの一冊です。
飲酒が禁じられているイスラム圏の国々。しかし、人が住むところ、必ず酒はあるはず。アフガニスタンでは違法な売春宿で、イランでは秘密警察の監視をかいくぐって、何としてでも酒を飲もうとする著者の挑戦は続く。
イスラム圏における飲酒事情を探ったルポの電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(扶桑社)出版は2011年06月、Kindle版配信は2012年09月です。
「イスラムにおける酒とは、日本における「未成年の飲酒」に極めて近い。公には原則的にダメなのである。(中略)不特定多数の人々が利用している公共の場で酒を飲むというのは、異教徒といえども控えるべき場面なのである」(Kindle版No.123)
無類の酒好きである著者は、世界中どこに行っても飲酒を諦めようとはしません。謎の怪獣や未確認国家を探しているときも、常に最優先で考えるのは、酒の確保。
「現地のゲリラ兵士とともに二ヶ月も雨期のジャングルを歩き、しばしば道にも迷っていたのだが、日記を読み返すと、なんと酒を飲まなかった日が一日もなかった。道はわからなくても酒の入手は怠らなかったのだ。そのエネルギーと集中力の十分の一でもルート探しに役立てればよかったと思う」(Kindle版No.2237)
「私はデイパックからオーストラリア産の赤ワインのボトルを取り出した。私はイスラム圏に入国するときだけでなく、ただ通過するときにもちゃんと酒のことを考慮している」(Kindle版No.85)
そんな著者が探索した「イスラム圏の酒場と酔っ払い」の数々を描いたルポが本書です。なぜそこまでして酒を飲もうとするのか、酒飲みにそれを問うのは野暮というものでしょう。
「第一章 紛争地帯で酒を求めて パキスタンからアスガニスタンへ」では、アフガニスタンに棲息するという謎の怪獣を求めて危険な紛争地帯へ突入。酒飲み以前に人生そのものが酔っぱらっているような著者。
パキスタンで知り合った若者たちの部屋でこっそり飲酒して、酒の購入が許可されている場所を捜し当てます。
「医者の診断書があれば飲めるんだ。『この病気の治療にはアルコールが必要だ』ってね。医者に金を払ってそれを出してもらう人もいる」(Kindle版No.320)
「酒を禁じる国に住む酒飲みが、そこだけ酒が手に入る五十センチ四方の穴に殺到しているのだからその激しさは想像できるだろう」(Kindle版No.432)
アフガニスタンではあからさまに怪しい売春宿に潜入。そこでビールを飲んで一息つく著者。大丈夫なのか。そんなところでのんびり飲酒していて。
「よくこんなところまで来て、こんな商売をするもんだ。多国籍軍並みに危険度が高い仕事でありながら、門番の一人も置いていないのだ」(Kindle版No.636)
「私はビールを飲むことしか頭になく、ここが安全な場所かどうかなど考えもしなかった。「よくこんなところでこんな商売する度胸があるな」と感心していたが、その前に「こんなところで酒なんか飲んでいいのか」という心配を先にすべきだったのだ」(Kindle版No.650)
というより、なぜその心配をしないで「まずは一杯」となるのか、そこが分かりません。
「第二章 酔っ払い砂漠のオアシス チュニジア」では、奥さんと一緒にチュニジアに出かけた著者。幸い、飲酒には困らない国なのですが。
「イスラム圏ではいつも「酒を求めれば求めるほど現地から離れる」という法則に悩まされる。酒は高級ホテルか高級レストランでしか供されないことが多い。外国人や上流階級の人間しかそこにはいない。酔っ払いがわいわいがやがやと楽しくやるような雰囲気がない」(Kindle版No.728)
酒が手に入ったら入ったで、さらにハードルを高くする著者。砂漠のオアシスで開かれているという真夜中の酒宴の存在を聞きつけ、もぐり込んで大騒ぎ。
「人の言うことを聞かない、同じギャグを繰り返す----。酔っ払いはどうしてかくも似ているのか。「チュニジアには酒飲みはいても酔っ払いはいない」とモンデールさんは言った。だが、どんな砂漠にもオアシスがある。酔っ払い砂漠にもちゃんとオアシスがあった」(Kindle版No.877)
そして翌朝、激しい下痢に襲われる著者。奥さんも大変だなー。
「第三章 秘密警察と酒とチョウザメ イラン」では、外国人だということで秘密警察に監視されながらも、何とか酒の密売人と接触。さらに彼らのアジトに招待され、酒さえ飲めるのであれば、とついてゆく著者。ついてゆくなよ。
「伝統を感じてグッとくる。長い長いペルシアの飲酒文化は今もイランに息づいている。(中略)やっぱりイランは奥深い。革命も酒の禁止もイランの長い歴史の中ではつい昨日、一昨日くらいのことでしかないのかもしれない。イラン人はそれがわかっているから、「はいはい」と言って、政府の言うことを聞き流しているのかもしれない」(Kindle版No.1107)
などと最初は冷静に評していた著者ですが、アルコールが回ってくると。
「イランは酒が絶対禁止だとか女性はヘジャーブを被れとかうるさく言うが、結局みんな建前だけだ。「イラン、楽勝じゃん!」」(Kindle版No.1226)
浮かれていたら、危うく秘密警察に捕まりそうに。
「やはりイランは怖い。まったく予想がつかない。バスに乗る前に酒を買わなかったことも幸いだった。もし尾行されていたのならその場でアウトだし、バスの中でも酒の微細な匂いが敏感な秘密警察の男に嗅ぎつけられていたかもしれない。どっちにしても酒の所持が露見したら、即逮捕、監獄行きだった」(Kindle版No.1243)
危ない危ない。さすがにびびって、街を離れて地方の村へ。そこでようやく酒にありついた著者。だからなぜそうまでして・・・。
「第四章 「モザイク国家」でも飲めない!? マレーシア」では、ポルトガル租界で世界中の酒飲みと遭遇。
「ここはポルトガル系の「租界地」だが、酒飲みの「租界地」もあるのだ。「民族のモザイク」ではなく、これぞ「民族のるつぼ」で彼らの共通言語は「酒」である」(Kindle版No.1635)
「これがマレーシアらしいかどうか多少の疑問はあったものの、酒が存分に飲める今、もはやそんなことはどうでもいいのであった」(Kindle版No.1642)
「第五章 イスタンブールのゴールデン街 トルコ・イスタンブール」では、どこかにあるという伝説の「飲み屋街」を探索。そして、ついに発見。
「呆然としてしまった。たまげたことに、街の一区画がまるで新宿のゴールデン街のように、まるごと飲み屋街になっているのだ」(Kindle版No.1779)
「さっきの隠れ家レストランといい、このゴールデン街といい、イスタンブールには酒文化がどばっと花開いていた。(中略)イスラム圏に飲酒接待があるとは思わなかった。イスタンブール恐るべし」(Kindle版No.1818)
さらには意気投合した酔っ払いから「日本人はトルコ人みたいにバカスカ飲むって言うんだけど、ほんとうかね?」(Kindle版No.1832)と聞かれたそうで。バカスカ飲むんだ、やっぱり。
「第六章 ムスリムの造る幻の銘酒を求めて シリア」では、ただ「イスラム圏で酒が飲める場所」を捜し出すだけでは飽き足らなくなった著者が、またさらにハードルを高くすることに。
「もはや中東を十数ヶ国回り、酒に関する情報も集めていたが、いまだにムスリムが公に酒を造っているという話は聞いたことがない。ああ、イスラム地酒、どこかにないかなあ・・・・・・」(Kindle版No.1890)
イスラム地酒。いくら何でもそんなものがあるはずが、と思いきや、どうやらあるらしいという噂を聞きつけた著者。学生たちのネットワークを駆使して酒屋を捜し出し、そこからたどって、ついに、ついに。
「やった、ついに幻のイスラムワインに巡り会えた! しかも自家製の地酒だ!(中略)代金を支払おうとしたら、イナセ兄さんが一杯やる仕種をしながら「シュワイイェ(少しやる)?」と首を傾げた。 なんとも色っぽく、私が女かゲイだったらイチコロでついていっただろう。いや、私はストレートの男だが、酒に誘われているのだ。イチコロでついていってしまった」(Kindle版No.2191)
もう慣れました、この展開。
「第七章 認められない国で認められない酒を飲む ソマリランド(ソマリア北部)」では、ソマリア北部の未確認国家ソマリランドでカート中毒になって朝から晩までカートをキメている著者。『謎の独立国家ソマリランド』にその頃のことが書かれています。
2013年04月18日の日記:『謎の独立国家ソマリランド』
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-04-18
「カートは決して効き目の弱い嗜好品ではない。依存性が酒なみに強いドラッグの一種だ(中略)毎日朝からカートをかじっていた。 もちろん、昼も夜もかじるから、ほとんど一日中、カート漬けだ」(Kindle版No.2287、2301)
「一日中、ほしいときにカートが食える。まるで天国のようで、私は酒のことなどすっかり忘れてしまった。たまに思い出しても「酒なんかあるわけないよな。必要ないもんな」と思い込んでいた」(Kindle版No.2308)
ところが、エチオピアから密輸されてくる酒があるという話を聞きつけて、なぜカート天国で酒が必要なのか、さっそく「取材」に乗り出す著者。その理由がついに明らかに。
「カートをやっていると、セックスをする気にならない。かみさんともできなくなる。だけど酒はちがう。酒を飲むと、ガンガンやる気になる。子供もできる!」(Kindle版No.2402)
カート中毒なのに密輸してまで酒を飲むのはそういう理由か。「ソマリランド人は子沢山だ。カート中毒で子供好きの彼らを支えていたのは、実は一杯の酒なのかもしれない」(Kindle版No.2405)と感慨深げに記す著者。それ、やっぱり「酒にまつわるちょっといい話」なのでしょうか。
「第八章 ハッピーランドの大いなる謎 バングラデシュ」ではバングラデシュにあるという謎の「色町」、通称「ハッピーランド」を探す著者。闇酒場で顔の見えない相手から「バングラデシュのビールがある」と言われて(おなじみの展開)、売春宿に乗り込んで酒だけ飲んで脱出(おなじみの展開)、そして地方の村で密造酒にありついて(おなじみの展開)、酒宴に参加して(おなじみの展開)。
「あとがき」にて、イスラム圏における飲酒文化について判明したことをまとめ、さらに次のように読者に語りかけます。
「ムスリムの人たちは酒を飲む人も飲まない人も、気さくで、融通がきき、冗談が好きで、信義に篤い。(中略)そういうイスラム圏の楽しさが少しでも伝われば嬉しい」(Kindle版No.2796)
というわけで、読めばイスラム諸国に対するイメージががらりと変わってしまいそうな好著。世界中どの国だってそうでしょうが、先入観や報道イメージと、実際にそこで生活している人々の姿は、まったくかけ離れていることが多いということがよく分かります。
同行したカメラマンが撮影した写真も多数収録されており、著者といっしょに異国を旅しながら飲んで浮かれているような気分にひたることが出来ます。酒好きにも、旅好きにも、紀行文好きにもお勧めの一冊です。
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