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『私にふさわしいホテル』(柚木麻子) [読書(小説・詩)]

 「ユズキ、直木賞あきらめたってよ」(単行本帯の宣伝より)

 出版社、編集者、文壇の大御所。あらゆる敵とライバルをなりふり構わぬ手段で蹴落とし、成り上がってゆく新人作家。その涙ぐましくもみっともない奮闘をコミカルに描く連作短篇集。電子書籍版をKindle Paperwhiteで読みました。単行本(扶桑社)出版は2012年10月、私が読んだKindle版は2012年12月に出版されています。

 新人作家(三十三歳、本名は中島加代子)が、あらゆる手を使って作家として成り上がってゆく痛快連作です。毎回、宿敵である大物団塊作家との対決シーン、そして都内有名ホテルが登場するのがお約束。著名作家(をモデルにしたと思しき登場人物)がぞろぞろ出てくるのもお楽しみ。


第一話 『私にふさわしいホテル』

 「つまり今晩中に、東十条先生の原稿が上がらなければ、代わりに私の作品が来月号に掲載されるっていうことですか?」(Kindle版No.163)

 自分の作品を文芸誌に掲載させるためなら、缶詰になっている大物団塊作家の原稿を何としてでも落としてやる。山の上ホテルの一室で加代子が思いついた、なりふり構わぬえげつない作戦。それが、彼女の作家人生、そして大物団塊作家との戦いの始まりだった。

 ちなみに、大物団塊作家の描写はこんな感じ。

 「女はかくあるべし、が口癖の男尊女卑の団塊クソジジイ。(中略)食ったものと抱いた女の自慢オンパレード。あんな内容を垂れ流せるなんて、心の大事な部分が欠落しているに決まっている」(Kindle版No.194)

 「百万回聞いたようなことを書き散らしたエッセイ、セックスの描写のあちこちに見え隠れする強烈なミソジニー、行間に漂う発想の古さとせせこましさ」(Kindle版No.531)

 いやその通りだけど、ここまで正直に書いちゃっていいのかしら。いや、あくまで架空の登場人物だから問題ありませんよね。


第二話 『私にふさわしいデビュー』

 「この世界にルールは無用。その代わり、絶対に負けてはならない」(Kindle版No.537)

 出版社の圧力で単行本デビューを妨害され失意の加代子。そこに追い打ちのように現れた宿敵。「過去の栄光にあぐらをかいた大御所なんかに、絶対に負けるもんか」。加代子の戦いが再び始まる。


第三話 『私にふさわしいワイン』

 「富と名声と愛。ついに私は私にふさわしい居場所を手に入れたのだ」(Kindle版No.892)

 初めての単行本が高く評価され、一躍、期待の新鋭としてちやほやされる加代子。金持ちの恋人も出来て、もはや人生絶好調だったが、読者の予想(期待)通り、転落も早かった。


第四話 『私にふさわしい聖夜』

 「担当作家を自分の中でランク付けし、書き手なんて競走馬くらいにしか思っていない男。(中略)編集者と作家は運命共同体。こちらが落ちる時は一緒にとことん落ちてもらいましょう」(Kindle版No.1639)

 尊敬する辛口書評家から面と向かってメッタ斬りされ落ち込む加代子。怒濤の八つ当たりで、よりによって宿敵と組んでまで、担当編集者に仕掛けた恐るべき嫌がらせ。聖夜に奇跡は起こるのか。

 余談ですが、さっそうと登場した朝井リョウが、

 「俺の処女作のアマゾンレビュー読んだことあんのか!?」
 「さんざんぶっ叩かれたわ! いろんな人間に面と向かって超ディスられたわ!」
 「どれだけ傷つけられてるか少しは想像しろよ!」
  (Kindle版No.1396)

とわめき散らすシーンがたいそう印象的です。


第五話 『私にふさわしいトロフィー』

 「みっともないまでにがむしゃらで計算高く、大嘘つき。だけど、彼女の負けないこと、変わらないことといったらどうだろう」(Kindle版No.1740)

 「なんと言われても構わない。既存のルールには負けない。そうやって、今日まで生きてきたのだ」(Kindle版No.2063)

 ついに文学賞の候補になった加代子。だが、選考委員会を牛耳っているのは、そう、宿敵の大物団塊作家だった。あいつさえいなければ・・・。加代子と宿敵、最後の戦い。手段を選ばぬ加代子の予想外の攻撃に大御所も震撼。

 「改めて寒けを催した。この女、人間の心をどこに置き忘れてきたのだろう。(中略)普通ここまでできるだろうか。野心などという生やさしい言葉では片付けられない。得体の知れない凶暴性に寿命が縮む思いがした」(Kindle版No.2129、2171)

 「出版界全部を敵に回しても、悪人になっても、自力でトップに立つと心に決めたの。見下されたり軽く扱われたりするのは、もうたっくさん。一秒だって粗末にされたくない」(Kindle版No.2350)


最終話 『私にふさわしいダンス』

 「私、どんどん嫌な人間になっていく。誰も信じられないし、誰も私を信じない。できることなら、あの頃に戻りたいわ。山の上ホテルであなたを騙した頃に」(Kindle版No.2742)

 ついに人気作家に成り上がり、かつてのライバルに陰惨な復讐を果たした加代子。だが、その心は晴れない。自分を見失い意気消沈した彼女の前に、再び姿を現した宿敵。加代子を、いや全ての作家を、最後に支えるものは何か。こんだけエグいやけくそコメディ書いてきて、大団円で「いい話」風にしてしまうラストシーンの豪腕ぶりときたら。

 「平成の作家に圧倒的に欠けているものはきっと執念とハッタリ。そして最も大切な、己の力で取り戻すイノセンス。これから先、何度でも彼女はそれを失い、そして手にするのだろう」(Kindle版No.2799)

 というわけで、新人作家の苦労を戯画化したアクの強いコメディ作品です。強烈なヒロインの人物造形には好悪が分かれそうですが、個人的には大いに気に入りました。痛快です。柚木麻子さんの他の作品も読んでみようと思います。

[収録作品]

『私にふさわしいホテル』
『私にふさわしいデビュー』
『私にふさわしいワイン』
『私にふさわしい聖夜』
『私にふさわしいトロフィー』
『私にふさわしいダンス』


タグ:柚木麻子