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『食堂つばめ』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

 「パクつくと広がる玉子の甘み。やはり黄身は半熟だ。マヨネーズとのバランスがちょうどいい。これは他では味わえない。 しっとりふんわりしたパンもおいしく、厚みがまたちょうどいい。 あーもー、毎日でも食べたい。朝食べたいなー。食べるたびに好きになるなー」(文庫版p.47)

 生死の境をさまよっていた青年が、美味しい玉子サンドにつられて奇跡の生還。やがて彼はこの世とあの世の境にあるらしいその「街」に、食い物につられて出入りするようになるが・・・。大人気『ぶたぶた』シリーズの作者による食いしん坊小説。文庫版(角川書店)出版は、2013年05月です。

 「まずは腹ごしらえをしろ。腹が減ったら、とにかく何か食え。何も食べるものがなかったら、『何か食べたい』と強く願え」(文庫版p.36)

 食は命。というわけで、生死の境にいる人に「思い出の味」を出すことで生への執着を取り戻させるという、不思議な食堂の物語です。

 臨死体験中に食べた玉子サンドが美味しかったせいで生き返った青年が、その味が忘れられず何度も臨死に入り浸っては食べるうちに(いいのかそれで?)、料理を作ってくれる女性にせっかくだから食堂を開くよう提案します。店名は・・・。

  「つばめ?」
  「そうです」
  「つばめ食堂?」
  「いえ・・・・・・食堂つばめ、です」
   (文庫版p.92)

 臨死中の人を「食堂つばめ」に連れてきては食事をさせる(ついでに自分も相伴にあずかる)、思い出の味を食べれば生きる気力も湧いてきて、そのまま現世に帰還できるに違いない。人助けしつつ、自分も美味いものが食べられる。いやー、いかにも食いしん坊らしい発想が微笑ましい。

 「どれだけ食べても体重や健康に影響しないので、ありとあらゆるものを食べさせてもらった。どれもおいしかったが、秀晴が好きなのは、やはり玉子サンドだった」(文庫版p.148)

 う、うらやましい、まさに食いしん坊の夢・・・。それにしても、どんだけ美味いんだその玉子サンド。

 「思い出の味」がテーマなので、登場する料理は、サンドイッチ、カツ丼、唐揚げ、ジンジャーエール、パスタ、玉子焼き、といった具合に庶民的なものばかり。家庭料理ですね。読んでいると無性に食べたくなってくるので、ダイエット中に読むのは危険かも知れません。

 実のところ設定も展開も意外にシリアスで感傷的なんですが、全体的にとぼけたユーモアが漂っていて、気持ちよく読むことができます。ちなみに恒例の「あとがき」がないのですが、これはかなり寂しい。

 というわけで、『ぶたぶた』シリーズ、特に近作において、とにかく出てくる料理やお菓子の美味しそうな描写が気に入った方にお勧めの一冊です。最後に主要登場人物たちの関係が明らかにされるなど一応の完結はしていますが、裏表紙の紹介にも「書き下ろし新シリーズ第一弾」と書いてありますし、シリーズ化されるかも知れません。期待したいと思います。思い出の味ということで、カレー、ハンバーグ、チャーハンが登場するといいな。

 なお、注文する際には、『かもめ食堂』(群ようこ)や『食堂かたつむり』(小川糸)と間違えないように注意しましょう。


タグ:矢崎存美
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