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『中国絶望工場の若者たち 「ポスト女工哀史」世代の夢と現実』(福島香織) [読書(教養)]

 「私、思うんだけど、きっと日本の人たちは、日本製品がつくられている現場を知らないんじゃないの。(中略)もっと私たちのこと、よく見て、心がある人間として扱ってって伝えておいて」(Kindle版No.557)

 1980年から90年代に生まれた「第二代農民工」と呼ばれる中国の若者たち。都市に住みながら戸籍制度のために下層階級に位置づけられ、生まれながらにして差別と困窮に苦しむ彼らは、どんなに努力しても決して都市民になることが出来ない。

 その人数だけで日本の総人口に匹敵するという第二代農民工の若者たちは、今どのように生活し、何を考えているのか。丹念な取材により彼らの姿を浮き彫りにした一冊。単行本(PHP研究所)出版は2013年03月、私がKindle Paperwhiteで読んだ電子書籍版も2013年03月に出版されています。

 「中国には、必死さも努力も絶望的に報われない階層がある。そして中国の普通の都市民のほとんどが、そういう階層の人たちを無視している。日常のなかでそういう社会があることにはほとんど気づかずにいる。あるいは中国人の範疇に入れていない。(中略)エリートでも富裕層でもない中国人が、本当の中国人である。新しい都市住民として台頭する第二代農民工こそ中国の若者を代表する人たちといえるだろう」(Kindle版No.2292、2314)

 中国の第二代農民工(新生代農民工、新世代農民工)と呼ばれる若い出稼ぎ労働者に取材したルポです。

 出稼ぎ労働者の子供として生まれ、大学進学もかなわず、都会に出て工場労働についている若者たち。戸籍管理という公然たる身分制度のもとで、どんなに努力しても都市民にはなれず、都会の片隅で差別されながら生きることを運命づけられた第二代農民工たち。その数は1億人から1.5億人といいますから、驚くなかれ、日本の総人口にも匹敵します。

 本書の前半は、丹念な取材により第二代農民工の実像を見てゆきます。

 「第一章 山東省の日本出稼ぎ村」は、日本への出稼ぎ(不当搾取だ奴隷労働だと批判も多い「外国人技能実習制度」です)に行ったことのある若者たちへのインタビューで構成されています。

 「一度日本に行った奴は、もう一度行きたいと必ず言う。僕ももう一度行きたいよ」(Kindle版No.274)

 「中国国内の絶望工場と比べれば、日本の工場はしっかり貯金ができるだけまだまし」(Kindle版No.431)

 「いろんな工場で働いたけど、一番嫌だったのは日系の工場だった。どんなに絶望的だったか。あなた、日本人でしょ、だったら日本の企業の人に、きちんと伝えてほしいわ!」(Kindle版No.440)

 本当に様々な反応が返ってくるのに驚かされます。中国からの出稼ぎ労働者たちを画一的なイメージで理解したような気になってはいけないことがよく分かります。

 「第二章 ストライキはなぜ起きるか」および「第三章 フォックスコンの光と影」では、中国国内の工場で働く若者たちの証言を通じて、ほとんど無目的に思えるような労働争議が多発したり、特定工場で自殺が相次いだりするといった、製造現場が抱えている問題を見てゆきます。

 「工場内でも宿舎でも従業員がひとことも話さないの。お互い知らん顔で、まるで誰も目に入らないような感じ。異様よ。工場内ではもちろん、誰もひとことも口を利かなくて、ホワンホワンホワンと機械の音だけがこだまするなか、人がロボットみたいに働くのよ」(Kindle版No.502)

 「初対面の私には、こんなにオープンで夢も宝物も見せてくれる娘が、同じ職場で働く同僚には警戒心を抱く。なんとなく、それもフォックスコンという工場のムードなのかなとも思った」(Kindle版No.1265)

 「このレベルの品質を維持するために、やはり整理整頓や躾・作法など必要だとは思います。でも、それがワーカーさんたちに中国や欧米の工場にはないようなストレスを与えているのは事実」(Kindle版No.665)

 後半では、様々なデータや先行研究から第二代農民工の位置づけを探ってゆきます。中国の戸籍による身分制度の狙い、農民工たちが置かれている立場、その絶望から生ずる深刻な社会問題、そして反日暴動はなぜ起きたのか。

 「タイトルに「絶望工場」と入れたが、いまの工場はじつは昔ほど条件は悪くない。だが、どんなに仕事をしても望む都市民になれないという意味では、希望のない世界だ」(Kindle版No.2309)

 「第二代農民工の暴力・犯罪問題は今や中国では社会問題になっている。(中略)農民工の刑事事件191件のうち18歳以下が61.74パーセントを占め、25歳以下が82.61パーセントを占めている」(Kindle版No.1790)

 「若い出稼ぎ者の間の反日感情のようなものは、日本そのものへの反感というよりは、日本が象徴する自分たちより豊かな都市民への反感だ」(Kindle版No.899)

 「あれほどまでに若者が無法化し破壊行動を起こしたのは、日本への憎しみでも歴史への恨みでもなく、この第二代農民工の若者たちの抱える孤独と明日の見えなさからくる絶望感によるものだと考えている。中国といういびつな社会構造のなかで生み出された絶望工場が、いつはじけるか分からないリスクを産み続けているのだと思う」(Kindle版No.1806)

 痛感させられるのは、中国の貧しい若者たちを一面的なイメージ(例えば、反日教育を受けてきた世代が云々、といった物語)でとらえてはいけないということ。教養もあり社会意識も高い彼らが、身分制度・階級制度という社会システムの中で孤独と絶望に苦しんでいるということ。そして、その人数は膨大で、社会の行方を大きく動かすパワーを秘めているということ。

 最終章で著者は語ります。日本人は今まで中国人といえば「日本人と生活感覚が近いプチブル層以上だけ」を考えてきた。しかし、中国においてそれはむしろ少数派であると。

 「プチブル層以下の若い労働者こそ、多数派の中国人であり中国そのものだと考えて、その思考やまなざしの方向を意識しはじめれば、おのずと「中国人」に対する認識と付き合い方も変わるだろう。それはやがて、中国での仕事の仕方も変えていくだろうし、広い意味ての日中関係にも影響を及ばしてゆくことになるのではないだろうか」(Kindle版No.2240)

 というわけで、中国について考えるときに無視されがちな貧しい階層の若者たちの実像に迫る好著です。マスコミが好むような単純化されたイメージではない、現代中国という様々な矛盾を内包する複雑な社会の実像に少しでも近付きたいと思う方に一読をお勧めします。


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