SSブログ

『天地明察』(冲方丁) [読書(小説・詩)]

 「星は答えない。決して拒みもしない。それは天地の始まりから宙にあって、ただ何者かによって解かれるのを待ち続ける、天意という名の設問であった」(Kindle版No.2447)

 ときは江戸時代前期。幕藩体制の完成に向けた一大事業構想が持ち上がる。その責任者として抜擢されたのは、若き一介の囲碁棋士だった・・・。大和暦を完成させた渋川春海の生涯を描く時代小説。単行本(角川書店)出版は2009年11月、文庫版出版は2012年5月、私がKindle Paperwhiteで読んだ電子書籍版は2012年9月に出版されています。

 「「正しく見定め、その理を理解すれば、これこの通り」 春海が新たに数値を記したばかりの帳簿を、紙片でひらりと撫で、「天地明察でございます」 にっこり笑って言った。見ている方が嬉しくなるような幸せそうな笑顔だった」(Kindle版No.2852)

 日本史上はじめて独自に作成された暦、大和暦。その完成と採用に向けた艱難辛苦とそれを通じた若者の成長をつづった作品です。何しろ著者が『マルドゥック・スクランブル』の人なので、期待通りスピーディな展開とドラマチックなシーンがいっぱい。

 剣術や御家騒動ではなく、算術、天文観測、暦法といった地味な題材に目をつけたのはさすがです。その地味なテーマを、ひたすら大袈裟に劇的に描くのです。

 「もし、人生の原動力といったものが、その人の中で生じる瞬間があるとすれば、春海にとって、まさに今このときこそ、それであった」(Kindle版No.354)

 「誰に約束したのでもない。誰から誉め称えられるというわけでもない。だが、退屈とはほど遠い。“渋川春海”が見出した、己だけの、そして全身全霊をかけての勝負が、この瞬間に始まっていた」(Kindle版No.1662)

 「「授時暦を斬れ、渋川春海」 紙の束を抱いたまま、一方の手で膝をつかみ、「必至!」 事業拝命より八年余を経て、再び、勝負の言葉が激しく春海の口をついて出た」(Kindle版No.2327)

 新たな暦の作成が「天を相手に、真剣勝負」(Kindle版p.783)となり、古い暦を廃止することが「授時暦を斬れ」になり、暦の制定が「宗教、政治、文化、経済----全てにおいて君臨するということ」(Kindle版No.1008)と断じられる。ほとんど時代小説の定型表現をからかったような大仰なものいいが頻出するのですが、読んでいてこれが盛り上がること盛り上がること。

 ただ、後半、ストーリーが予想通りというか、史実に沿った展開にしかならないのが少し残念。読者の度肝を抜くような途方もない展開が待っているのではないかと期待したのですが、そういうことはありません。小説なのにここまで史実にこだわる理由がよく分からないのですが、結局は落ちつくべきところにきちんと落ちつきます。

 とはいえ、一人の才気あふれる若者が挫折と奮起を繰り返しながら己の信じる道を進んでゆく姿には、清々しい感動を覚えます。難題に立ち向かうときの、あの興奮と熱気が、読者の心を打ちます。理系読者にもお勧めです。

 「暦という天地そのものを相手にした難問に、一歩また一歩と解答の道筋がつけられてゆく実感があった。地の定石、天の理とは、こんなにも人の心に希望と情熱を抱かせるのかと、春海自身が驚くほどだった」(Kindle版No.2498)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: