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『異性』(角田光代、穂村弘) [読書(随筆)]

 人気作家と歌人が交替で書いた恋愛考察エッセイ集。モテは何で決まるのか、デートは割り勘か、内面と外見のどちらが大切か、別れた相手には不幸になってほしいか。かみ合っているような、そうでもないような二人の対話に頷いたり首をかしげたり思わず笑ったり。単行本(河出書房新社)出版は、2012年04月です。

 というわけで、恋愛について、その恐るべきカースト制度について、どう努力しても絶対モテない男女の存在について、嫉妬の謎について、「好きだから許せる」と「好きだけど許せない」の間にある微妙な一線について、「おれがいないとだめな女」と「おれなんかにはもったいない女」の差について、真面目に考える二人。

 角田光代さんが女性として、穂村弘さんが男性として、それぞれエッセイを交替で書くという形で対話が進みます。

 もちろん内容は真剣なのですが、そこはどちらもプロですから、といっても恋愛のプロという意味ではなく、プロの書き手としてという意味ですけど、ちゃんと読者を楽しませてくれます。読んでいて思わず笑ってしまうような表現やエピソードも頻出し、最後まで飽きさせません。

 「高校生の私は「格好よくなるための本」を何冊も熟読した。でも、くすんだ存在感は変わらない。無駄無駄無駄。だって、主電源が落ちてるんだから。(中略)現実には一歩も動くことができない。自分の部屋で自分の匂いの蒲団にくるまって、外の音をきいている。嗚呼、宇宙人が僕を攫っていって、格好よく改造してくれないかな」(単行本p.104)

 「ブスでデブでださい私がもてたいなどと思っていることがちょっとでもばれたら、もう世界の終わりだ、というくらいに恥ずかしい。(中略)私は女子校であるのをこれ幸いと、いっさいの努力をしなかったし、もてる努力、いや、もてたいという願望を、もみ消しもみ消しして日を送った」(単行本p.97)

 宇宙人の侵略でも何でもいいから「格好よく」なりさえすればモテる、という妄想にすがって何もしない男子。スピリチュアルパワーでも何でもいいから「内面を磨き」さえすればモテる、という逃避にすがって何もしない女子。互いの過去をぼろぼろ告白しあう様が何ともいえず、痛。

 「穂村さんとやりとりをすればするほど、男性と女性のありようの差異がじつに具体的にわかってきて、「こんなにも違うことを考えているのか」と驚くことが多い」(単行本p.89)

 恋愛にまつわる様々な話題をぐるぐると周回しながらやりとりが続き、特に結論や総括に向かうことなく唐突に終わってしまう。まさか誤解する方はいらっしゃらないとは思いますが念のため、読んでもモテるようにはなりません。

 じゃあ、異性の心情を理解できるようになるかというと、それも非常に心もとなく。むしろ、「カクちゃん」や「ほむほむ」が何を考えているのか、そして知人にどんなヘンな人がいるのか、それを知りたい読者が読むべき一冊でしょう。どちらかの愛読者なら、その語りの妙を大いに楽しめますよ。


タグ:穂村弘
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『第40回ローザンヌ国際バレエコンクール』(NHK教育、吉田都、金森穣) [映像(バレエ)]

 菅井円加さんが第一位入賞したことで話題となった『第40回ローザンヌ国際バレエコンクール』。その決勝の様子を、5月13日(日)にNHK教育が放映してくれました。

 東京シティ・バレエ団芸術監督である安達悦子さんが解説を担当。元英国ロイヤルバレエ団プリンシパルである吉田都さんと、新潟市民芸術文化会館舞踊部門芸術監督にしてNoismを率いる金森穣さん、この両名にビデオコメントをもらい、さらには菅井円加さんご本人をスタジオに招いて抱負を語らせるという、この力の入れようときたら。

 今年のローザンヌ国際バレエコンクールでは、女子10名、男子11名、総計21名が決勝に進出しました。うち日本人は、菅井円加、早乙女愛毬、田代梢、藤井彩嘉、加藤凌の5名。決戦では8名の入賞者が選ばれ、ご存じの通り菅井円加さんが第一位入選したというわけです。

 コンテンポラリー部門の課題は、ここ数年おなじみのキャシー・マーストン作品、そして昨年までのクリストファー・ウィールドンに替わって、ディディ・フェルトマン作品が使われました。人気演目は、女子はキャシー・マーストンの『トレーセス』、男子はディディ・フェルトマンの『アウトサイト』。女子は活き活きとした感情表現を、男子は有無を言わさぬパワー誇示を、それぞれ狙ったのでしょうか。

 感想ですが、まず菅井円加さんの『リベラ・メ』(振付:キャシー・マーストン)は気迫とエネルギーに満ちた非常にドラマチックな表現で、大いに感銘を受けました。第一位入賞よりも、日本の若手ダンサーがコンテンポラリーダンス賞をとったことに大きな意義があるのかも知れません。

 でも個人的なお気に入りは何といってもハンナ・ベッテス(アメリカ)。『トレーセス』(振付:キャシー・マーストン)が、それはもうキュートで可愛らしくて、ノックアウトされました。ちなみにクラシック部門のスワニルダもチャーミングだったなあ。スカラシップに加えて観客賞をとったのも無理はないというか、すぐにでも舞台で観たい魅力的なダンサーです。

 男子では、エドソン・バルボーサ (ブラジル)の、柔軟性、バランス、そしてドラマ性を兼ね備えた『テンダー・フックス』(振付:ディディ・フェルトマン)には唸らされましたし、王楽(中国)の同演目も太極拳を連想させるしなやかで強靱な動きが心地よかった。

 ちなみに金森穣さんのコメントが面白くて、例えば菅井円加さんについて「上半身の使い方」や「床へのアプローチ」を褒め、コンテンポラリーを自在に踊れる次代のダンサーだと評価していました。「クラシックしか踊ってない子は、床に転がった途端に分かりますよ」というコメントが印象的。

 余談ですが、その菅井円加さんがハンブルク・ナショナル・ユース・バレエ(ジョン・ノイマイヤーが率いるハンブルクバレエを母体とした若手ダンサーのバレエ団)に進むと知らされたときの金森穣さんのコメントが歯切れ悪く、私の思い過ごしかも知れませんが、「これだけコンテンポラリーを踊れる子を、ノイマイヤーごときに取られるのか、ちっ」という悔しさがにじんでいたような。

 それはそれはもう、『テレプシコーラ 第2部』(山岸凉子)のラスト、ローザンヌコンクール会場にスカウトに来ていたルードラ・ベジャール・ローザンヌの指導者が、ヒロインを目の前でノイマイヤーにかっさらわれて悔しがるというシーンを彷彿とさせるものがありました。何しろ金森穣さんはルードラ出身なので。


[第40回ローザンヌ国際バレエコンクール入賞者リスト]

1位 菅井円加(日本)、プロ研修賞、コンテンポラリーダンス賞
Madoka Sugai, Japan
Apprenticeship 2012

2位 ハンナ・ベッテス(アメリカ)、スカラシップ、観客賞
Hannah Bettes, USA
Scholarship 2012

3位 エドソン・バルボーサ (ブラジル)、プロ研修賞
Edson Barbosa, Brazil
Apprenticeship 2012

4位 ニコラウス・トゥドリン(オーストラリア)、スカラシップ
Nikolaus Tudorin, Australia
Scholarship 2012

5位 ミヒャエル・グリュネカー (ドイツ)、プロ研修賞
Michael Gruenecker, Germany
Apprenticeship 2012

6位 ソニア・ヴィノグラド (スペイン)、プロ研修賞
Sonia Vinograd, Spain
Apprenticeship 2012

7位 王楽(中国)、プロ研修賞
Le Wang, China
Apprenticeship 2012

8位 王名軒(中国)、プロ研修賞
Mingxuan Wang, China
Apprenticeship


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『蕃東国年代記』(西崎憲) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 日本海に浮かぶ島国、蕃東国。倭や唐の影響を受けつつ独自の文化が栄えたこの国では、しかし怪異や物の怪の類もまた珍しくなかった・・・。架空の島を舞台に怪力乱神を語りまくり、『SFが読みたい!』ベストSF2011国内篇第16位に選ばれた連作短篇集。単行本(新潮社)出版は、2010年12月です。

 日本や中国の古典をベースに、しっかりと構築された存在感あふれる国、「蕃東」を舞台とした連作集。個々の短篇は独立していますが、登場人物が共通していたり、途中で意外なつながりが明かされたりと、統一感が保たれています。

 最初の『雨竜見物』は、もうすぐ竜が天に昇るらしいという噂を聞きつけ、貴族も平民も、ぞろぞろ見物に向かうという話。竜の昇天はどちらかというとマクガフィンで、見物に集まった人々の様子が活き活きと描写されるところが魅力です。ここで蕃東および主要登場人物が巧みに紹介され、読者は一気に引き込まれてゆくことに。

 『霧と煙』は、四人の男女が小舟で漂流する話。渇きにより全員が瀕死になったところで海の化け物が現れ、各人が最も大切にしているものと引き換えに命を助けてやろう、と持ちかけてくる。貴族は詩歌を、女は色恋を、商人は金銭を。しかし、最後の一人、凡庸な顔だちの平民の男が引き換えにしなければならないものとは・・・。サスペンスで引っ張り、最後に意外で爽快なオチがつく好篇です。

 『海林にて』は、海辺の地方都市に仕事で赴いた役人の話。前半の旅情も味わい深いのですが、後半になって酒場で怪異譚が次々と披露されることになる展開がまた魅惑的。怪異なのかどうかも含めて微妙に分からない不可解な話をたっぷり楽しむことが出来ます。個人的には、本作が一番のお気に入り。

 『有明中将』は、有明中将なる美貌の貴族に魅了され命を落とした者たちの話。それぞれの生い立ちの不思議を詳しく書いて読者に感情移入させておき、そして妖怪によってあっさり殺される。因縁も何も分からず、謎は明かされないまま。有明中将その人はほとんど物語に関与しないというところもミソで、中国古典における志怪小説の雰囲気がよく出ています。

 最後の『気獣と宝玉』は、幼なじみの美しい姫に求婚するため三つの宝玉を探しに出かける若者の話。宝玉はそれぞれダンジョンの奥に隠されており、手に入れるためには順番に守護者を倒さなければならない。しかも、宝玉を横取りすべく、若者の後を追う影がいくつもあった・・・。

 パロディみたいな展開に笑ってしまうのですが、何しろ本書を最初から読んできた読者は若者が将来どうなるか既に承知しているわけですから、いわば、陳腐な設定、ありがちな登場人物、最初から明示されている結末、という厳しいハンデのもとでどれだけ面白い冒険譚が書けるかという挑戦のようでもあり、しかもこれが面白いというのだから、まいってしまいます。

 というわけで、細かい書き込みにより緻密かつ壮大な設定を感じさせつつ、それを見せびらかすようなことをしない奥ゆかしさ。やろうと思えばもっと劇的に盛り上げたり膨らませたりすることが出来そうな話を、あっさり終わらせることで余韻を残す手法。その巧みさと品の良さが心地よい連作短篇集です。

[収録作品]

『雨竜見物』
『霧と煙』
『海林にて』
『有明中将』
『気獣と宝玉』


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『最後にあう、ブルー』(東京ELECTROCK STAIRS、振付:KENTARO!!) [ダンス]

 昨日(2012年05月13日)は、夫婦で「こまばアゴラ劇場」に行って、東京ELECTROCK STAIRSの新作公演を観てきました。

 若い男女七名による、ヒップホップ系ダンス公演です。全メンバーが、若さを持て余しているかのごとく、とにかく全力でダンス。振付・演出はKENTARO!!さんで、もちろんご本人もキレのいい動きでがんがん踊ります。

 寸劇めいたつなぎのシーンも若干あるものの、70分間ほぼノンストップで常に誰かしら何かしら踊っているという、観ている方も最後の方は芯から疲れてくるような、気合充分、体力限界な舞台。これを11日間に渡って毎日、日によっては一日二回公演するというのですから、後先考えてないのではないかというその青春のほとばしり具合には感服する他はありません。

 各メンバーのソロダンス、二名のかけあい(バトルじゃなくて)、そして全員によるカッコいいダンス、といったシーンをうまく並べて観客を退屈させないようにして、個々のシーンではダンサー達の空間的配置に細かく気を配っている様子がよく分かり、そのお利口さんっぽい配慮が見え見えなのが、妙に可愛く思えるんですよ。

 というわけで、ヒップホップ系のダンスにはなじみが薄い私たちでも大いに楽しめる爽快な舞台でした。かっこいいなあ。若いなあ。

[キャスト]

振付・演出: KENTARO!!  
出演: 高橋幸平、川口真知、横山彰乃、山本しんじ、Aokid、高橋萌登、KENTARO!!


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『見せびらかすイルカ、おいしそうなアリ  動物たちの生殖行為と奇妙な生態についての69話』(パット・センソン) [読書(サイエンス)]

 二つある生殖器のひとつを自分でちぎりとって雌を追いかける雄クモ、攻撃するとき皮膚を切り裂いて骨が飛び出す蛙など、生物の驚くべき生態を扱ったカナダのラジオ番組を書籍化。単行本(飛鳥新社)出版は、2011年09月です。

 ゲストとして呼ばれた研究者が生物の奇妙な生態について語るという、カナダ放送協会CBCのラジオ番組「クワークス&クォークス」。この番組で取り上げられた話題のうち反響が大きかったものを収録したポピュラーサイエンス本です。

 内容をいくつか簡単に紹介しましょう。

 ヨツモンマメゾウムシのペニスは硬いトゲに覆われており、オスは交尾のときこれでメスの生殖器を切り裂く。こうすることで他の雄との交尾が出来ないようにするのである。さらに、彼らは体重の10パーセントに相当する大量の精液をメスに注ぎ込む。メスはこの大量精液から回収した水分により生き延びる。

 ヒメグモのオスは巨大で重たいペニスを二つ持っており、メスを発見するとそのうち片方を自分でちぎりとって捨て、身を軽くして猛ダッシュをかける。

 ミーアキャットのメスは、他のメスが生んだ子供をこっそり殺すことで自分の子を群れの中で出世させようと画策する。

 アメリカザリガニは、オス同士の闘争で決着がついた後に、「手打ち式」として、オス同士、しかも人間そっくりの正常位で、交尾行動(疑似交尾)を行う。

 コクヌストモドキという甲虫は、オス同士でも交尾を行う。どうやら他のオスに精子をつけることで、その相手が次にメスと交尾するとき、ちゃっかり自分の精子も受精させてしまうチャンスを狙っているらしい。そして、この戦略は功を奏している。

 アカゲザルのオスは、自分の食事というコストを支払ってでも「メスの尻」と「優位オスの顔」の写真を見たがる。前者は「プレイボーイ誌」、後者は「フォーブズ誌」に相当すると研究者は考えている。

 アマゾン・モーリーという魚は、メスだけで単性生殖する。つまりクローンにより繁殖している。それでも、彼女たちは近隣種オスと交尾しなければ排卵できない。これはオスから見れば決して受精させられない精子無駄打ちなのに、近隣種のオスたちはなぜか喜んで交尾に応じる。

 アミメヤドクガエルは、他のカエルが産卵した場所を探して、そこに産卵する。先に孵化したオタマジャクシは、後から孵化した仲間を食べて栄養とすることで生き延びる。

 アカメアマガエルのオタマジャクシは、まだ孵化に必要なほど成熟してなくても、ヘビが接近してくるときの振動パターンを検知すると、卵の中から「緊急脱出」を試みる。

 ツチハンミョウの幼虫たちは、孵化した後でみんなで植物によじのぼり、ハチと同じサイズの固まりになって全員でハチの性フェロモンに似た化学物質を放出する。そして交尾しようと寄ってきたハチの背中にわらわらと飛び乗って、遠隔地まで運んでもらう。

 ・・・。

 こんな話題が69個も収録されており、どれもこれも驚異的。生き延びて遺伝子を広めるためにいきものが編み出した奇抜な戦略の数々には驚かされます。

 単に「こんなヘンな習性をもった生物がいるんですよ」で終わらせず、なぜそのような生態が進化してきたのか、そこをきちんと説明してくれるところも素晴らしい。

 例えば、カウアイ島に棲息するコオロギのうち、95パーセントのオスが、決して鳴かない「平たい翅族」になっている。これは、鳴くことによるメス獲得のメリットと、鳴くことにより寄生バエを呼び寄せてしまうデメリットの、微妙な均衡による結果である。それだけでも驚くべきことだが、真の驚異は、この突然変異が群れ全体に広がるのに20世代もかからなかった、という点にある。

 不条理としか思えないような奇怪な習性が、実は進化という観点からすると理に適ったものだと理解する瞬間、身が震えるような感動を覚えます。

 さらに、その習性が進化的に有利になる理由を定量的に検証するための、研究者たちの奮闘努力にもまた興味深いものが。

 野外で何時間も腹這いになって昆虫の交尾を観察し、研究室に帰ってさまざまな実験を繰り返し、少しずつ、少しずつ、仮説を検証してゆく彼らの姿には、何かこう、胸を踊らせるものがあります。

 猿がわざと尿を手になすりつけるのはなぜか、コブラはどういうときに毒液を放射するのか、フクロウが他の動物の糞を巣穴に集めてくる理由は。それを調べるため、猿の尿をあちこちにつけて回り、手をコブラのような形にして、しゅっ、しゅっ、とか本物を威嚇して毒液を発射させては素早く透明アクリル板の盾で防いだり、木に登ってフクロウの巣穴からせっせと糞を回収して他の巣に移動させたり。フィールドワークに取り組む研究者の人生はさぞや楽しいんだろうな。

 というわけで、いきもの雑学集としても滅法面白く、進化論の参考書としても充実しており、生物学者の仕事を学ぶことも出来る、どなたにもお勧めの一冊。こんなラジオ番組が40年近く続いているというカナダのラジオ局にも憧れます。


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