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『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』(篠田節子) [読書(SF)]

 ひたすら追いかけてくる謎のロボットから逃げ回る表題作、レアメタルを体内に蓄積する深海魚をめぐる騒動『深海のEEL』など、SF的なアイデア、風刺、ユーモアを見事に融合させ、『SFが読みたい!』ベストSF2011国内篇第12位に選ばれた短篇集。単行本(文藝春秋)出版は、2011年07月です。

 四篇を収録したSF短篇集です。いずれも表題や基本プロットは著名な小説や映画のパロディとなっていますし、風刺やユーモアの味つけも巧みで、気軽に楽しめます。ただし、使われているアイデアは本格SFのそれ。油断なりません。

 最初の『深海のEEL』は最も風刺色が強い作品。日本近海で新種の深海ウナギが大量に発見される。その体内には貴重なレアメタルが豊富に含まれていた。すなわちこのウナギは日本にとって重要な戦略的資源。というわけで捕獲作戦に乗り出すが、その頃にはウナギの群れは黒潮に乗って南下。一路、尖閣諸島へと向かっていた・・・。

 レアメタルをめぐる昨今の国際紛争を茶化した話。単なる風刺ドタバタ小説として読むだけでも面白いのですが、深海ウナギがレアメタルを吸収する仕組みを生態系の観点からきちんと設定しており、しかもそれがオチに効いてくるところが素晴らしい。

 『豚と人骨』は、縄文時代のものと見られる謎の遺跡が発見される話。その遺跡から出てきたのは、食用と思しき豚の骨と、そして大量の人骨だった。縄文時代に牧畜が行われ豚が常食されていたのだろうか。従来の考古学の通説を覆す証拠に関係者は色めき立つが、やがて発掘に関わった女性が次々と謎の奇病に襲われる。

 古い墓を調査した探検隊が未知の寄生生物に襲われ、体内からその幼生体が飛び出してくる、という展開は某映画のあれですが、全体的な雰囲気は伝奇ホラー。考古学的アイデアと、生物学的設定(なぜ女性だけ発症するのか等)が、巧みに組み合わされているのに感心。

 『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』は、ストーカーロボットに追われる女性が主人公。ごく狭い隙間からでも建屋内に侵入して、どこまでもヒロインを追いかけてくる謎のロボット。助けを求めても、誰も信じてくれない。他人が見張っているときは現れず、一人になったとき狙ったように襲ってくるマシン。それは未来から送り込まれてきた暗殺ロボットなのだろうか。

 もちろん某映画が下敷きになっていますが、ロボットが示す謎めいた行動の背後にある設定が意表をつくもので、定型的ホラー(というか、あまりにベタな展開にむしろユーモア小説のようにも感じられる)から、いきなり本格ロボットSFへと、後方かかえ込み2回宙返り1回ひねりを跳んできちんと着地を決めるあたり、ベテランの仕業としか言いようがありません。

 『エデン』は、旅行中ひょんなことから人里離れて孤立した集落に連れてゆかれた青年の話。周囲の自然環境ゆえに脱出困難なその村では、何世代にも渡って巨大なトンネル堀りが続いている。なぜそんなものを堀り続けているのかは誰も知らないらしい。青年は何度か脱出を試みたもののついにあきらめ、集落の一員として掘削事業に参加する。それから三十年の歳月が過ぎ、ついにトンネルが開通したのだが・・・。

 個人的に、収録作で最も気に入った短篇。不条理小説のような謎めいた雰囲気で始まり、人生の様々な側面や心の移り変わりを巧みに表現しつつ、大きな感慨へと流れ込むところ、まるで長篇小説のような読みごたえがあります。トンネルも集落もどうせ「人生」の文学的象徴というやつだろうと思っていたら、最後にちゃんとした目的と設定が明らかにされ、そして本書全体を丸くおさめたのには仰天しました。

 というわけで、本格SFといってよいアイデアを使いながら、SFに馴染みがない読者でも問題なく楽しめる短篇集です。設定はいかにも理屈っぽい(あるいはSFっぽい)のですが、決してそう感じさせない上手さというかあざとさには、感心する他はありません。

[収録作品]

『深海のEEL』
『豚と人骨』
『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』
『エデン』


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