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『異国のおじさんを伴う』(森絵都) [読書(小説・詩)]

 異国の地を訪れた作家は、なぜか巨大な人形と同行するはめになった・・・。表題作ほか、旅先で起こるささいな出来事から人間模様が鮮やかに浮かび上がってくる瞬間を描いた作品を10篇収録した短篇集。単行本(文藝春秋)出版は、2011年10月です。

 何気ない状況からドラマを引き出す著者の腕前が冴え渡る短篇集です。特別な大事件が起きたり、刺激的な謎が提示されたりするわけでもなく、ごく日常的に思えるささいな出来事やちょっとした疑問が出てくるだけなのに、それがたちまち読者に食らいつき、もう最後まで一気に読まずにはいられなくなります。

 例えば、最初の『藤巻さんの道』。いつも明るく健全な藤巻さんは、どうやら誰にも言えない秘密を抱えているらしい。ささいなことからそれに気づいた恋人が懸念を口にすると、藤巻さんは、思い詰めたような表情で、彼をはじめて自宅に招く。自宅に向かって走るタクシーの中で、藤巻さんはとうとう泣き出してしまった・・・。

 藤巻さんの自宅はどうなっているのか。何か恐ろしい惨状になっているのではないかという不安。逆にそう思わせておいて全く違う真相を提示して笑わせてくれるのではないかという期待。最後の一行まで読者をどきどきさせ、そのどちらでもない、恋愛小説へと力強く着地する結末が素晴らしい。

 『ラストシーン』は、長距離フライト中、映画を観ていたところ、着陸体勢に入ったとかでいきなり中断、あと少しでラストシーンだというのに、というありがちな体験を扱った話。日本人なら、まあ規則なんだからしょうがないな、で済ませるところですが、何しろ周囲の乗客はみんな英国人。みんなで団結して客室乗務員に抗議を始める。互いに一歩も引かない論争はどんどんヒートアップして・・・。

 一年近く前に本作を『短篇ベストコレクション 現代の小説2011』(日本文藝家協会)で読んで感激したのが、森絵都さんの作品を読み始めるきっかけとなりました(2011年06月09日の日記参照)。再読してもやっぱり面白い。好きです。

 『夜の空隙を埋める』は、異国の地で独身生活を送っている女性二人が、毎夜数時間だけ起きる停電という不可解なトラブルに見舞われる話。諸悪の根源を叩くべく、勢いに任せて夜の街に繰り出してゆく二人。だが最初の勢いはすぐに先細りになり、慣れない異国を真夜中に女性だけで歩いていることの不安にとらわれる。そのとき彼女たちの前に現れたのは・・・。

 心細さ、困惑、奇妙な連帯感。揺れる心の動きが丁寧に描き出されており、先がどうなるのか気になって仕方ない話です。個人的には、『ラストシーン』と並んで本書収録作のなかで最も気に入った一篇。

 他に、恋人の無神経な態度にイラっとくる瞬間とそれを一蹴する快感を味わえる『桂川里香子、危機一髪』、実家に帰省する度に母親の居場所が北上しているという謎を扱った『母の北上』、パワフルな恋人に振り回されるままホエールウォッチングに同行した男がひどい目に会う『クジラ見』、などが印象に残りました。

[収録作品]

『藤巻さんの道』
『夜の空隙を埋める』
『クリスマスイヴを三日後に控えた日曜の・・・』
『クジラ見』
『竜宮』
『思い出ぴろり』
『ラストシーン』
『桂川里香子、危機一髪』
『母の北上』
『異国のおじさんを伴う』


タグ:森絵都
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