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『蕃東国年代記』(西崎憲) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 日本海に浮かぶ島国、蕃東国。倭や唐の影響を受けつつ独自の文化が栄えたこの国では、しかし怪異や物の怪の類もまた珍しくなかった・・・。架空の島を舞台に怪力乱神を語りまくり、『SFが読みたい!』ベストSF2011国内篇第16位に選ばれた連作短篇集。単行本(新潮社)出版は、2010年12月です。

 日本や中国の古典をベースに、しっかりと構築された存在感あふれる国、「蕃東」を舞台とした連作集。個々の短篇は独立していますが、登場人物が共通していたり、途中で意外なつながりが明かされたりと、統一感が保たれています。

 最初の『雨竜見物』は、もうすぐ竜が天に昇るらしいという噂を聞きつけ、貴族も平民も、ぞろぞろ見物に向かうという話。竜の昇天はどちらかというとマクガフィンで、見物に集まった人々の様子が活き活きと描写されるところが魅力です。ここで蕃東および主要登場人物が巧みに紹介され、読者は一気に引き込まれてゆくことに。

 『霧と煙』は、四人の男女が小舟で漂流する話。渇きにより全員が瀕死になったところで海の化け物が現れ、各人が最も大切にしているものと引き換えに命を助けてやろう、と持ちかけてくる。貴族は詩歌を、女は色恋を、商人は金銭を。しかし、最後の一人、凡庸な顔だちの平民の男が引き換えにしなければならないものとは・・・。サスペンスで引っ張り、最後に意外で爽快なオチがつく好篇です。

 『海林にて』は、海辺の地方都市に仕事で赴いた役人の話。前半の旅情も味わい深いのですが、後半になって酒場で怪異譚が次々と披露されることになる展開がまた魅惑的。怪異なのかどうかも含めて微妙に分からない不可解な話をたっぷり楽しむことが出来ます。個人的には、本作が一番のお気に入り。

 『有明中将』は、有明中将なる美貌の貴族に魅了され命を落とした者たちの話。それぞれの生い立ちの不思議を詳しく書いて読者に感情移入させておき、そして妖怪によってあっさり殺される。因縁も何も分からず、謎は明かされないまま。有明中将その人はほとんど物語に関与しないというところもミソで、中国古典における志怪小説の雰囲気がよく出ています。

 最後の『気獣と宝玉』は、幼なじみの美しい姫に求婚するため三つの宝玉を探しに出かける若者の話。宝玉はそれぞれダンジョンの奥に隠されており、手に入れるためには順番に守護者を倒さなければならない。しかも、宝玉を横取りすべく、若者の後を追う影がいくつもあった・・・。

 パロディみたいな展開に笑ってしまうのですが、何しろ本書を最初から読んできた読者は若者が将来どうなるか既に承知しているわけですから、いわば、陳腐な設定、ありがちな登場人物、最初から明示されている結末、という厳しいハンデのもとでどれだけ面白い冒険譚が書けるかという挑戦のようでもあり、しかもこれが面白いというのだから、まいってしまいます。

 というわけで、細かい書き込みにより緻密かつ壮大な設定を感じさせつつ、それを見せびらかすようなことをしない奥ゆかしさ。やろうと思えばもっと劇的に盛り上げたり膨らませたりすることが出来そうな話を、あっさり終わらせることで余韻を残す手法。その巧みさと品の良さが心地よい連作短篇集です。

[収録作品]

『雨竜見物』
『霧と煙』
『海林にて』
『有明中将』
『気獣と宝玉』


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