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『100万回生きたねこ』(インバル・ピント&アヴシャロム・ポラック) [ダンス]

 2015年8月23日は夫婦で東京芸術劇場プレイハウスに行って、インバル・ピント&アヴシャロム・ポラックの公演を鑑賞しました。佐野洋子さんの絵本をミュージカル化したもので、2013年1月に初演(森山未來・満島ひかり出演)された公演の、キャストを変えての再演です。

 まず目を引くのは、まるで絵本をそのまま具現化したような舞台美術(佐野洋子さんとは画風が違いますが)。異様に奥行きがあるように錯覚させる、パースの歪んだ舞台空間。床・天井・壁のすべてに出入り口があり、そこから奇妙な生き物が出たり入ったりします。

 王様のシーンにおける兵士たちの奇妙奇天烈な振り付け、泥棒のシーンにおける(巨大カメレオンにしか見えない)番犬、漁師のシーンにおける波の造形、手品師のシーンにおけるビックリ箱(またも長い棹の先に出演者をぶら下げる)、そして老婆のシーンにおける動き回る家々など、インバル・ピントらしさが横溢。

 中でも個人的に気に入ったのは魚男です。あちこちに登場しては物語を引っ張ってゆきます。どちらに向かって引っ張っているのかはよく分かりませんが。三匹の魚男たちが踊るシーンは素晴らしい。

 ミュージカルというのでこれまでの作品とはテイストが違うのではないかと思っていましたが、確かにマイルドとはいえ、やはりそこはインバル・ピント&アヴシャロム・ポラック、「ちょっとグロテスクで意味不明だけど何だか妙にかわいく懐かしい感じのする夢」を見せる手際は同じでした。休憩時間20分を含む130分の大作ですが、個人的には、らしさあふれる第一幕だけで充分だと思いました。

 余談ですが、劇場内アナウンスで頑張っていた女の子は、インバル・ピントの娘さんではないかと思ったのですが、どうなんでしょうか。


[キャスト他]

演出・振付・美術: インバル・ピント、アブシャロム・ポラック
出演: 成河、深田恭子、近藤芳正、田口浩正、石井正則、銀粉蝶、藤木孝、江戸川萬時、加賀谷一肇、鈴木竜、川合ロン、皆川まゆむ、清家悠圭、鈴木美奈子、山口真美、西山友貴


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『ダンスがみたい!17 ~春の祭典~:川村美紀子』 [ダンス]

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春が過ぎた。
 あんたの熱気が足りないせいか、
  いつまでたっても芽吹けねぇんだよ
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公演プログラムより


 2015年8月21日は、夫婦で日暮里のd-倉庫に行って、川村美紀子さんの『春の祭典』ソロダンス公演を鑑賞しました。総勢十数組の「ダンスシーンの気鋭尖鋭達」が、日替わりで『春の祭典』を踊るという豪華企画の一つです。


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「ダンスがみたい!17」では、近代音楽の金字塔、ストラヴィンスキー「春の祭典」に、ダンスシーンの気鋭尖鋭達が真っ向から挑戦します。各上演一回ずつ。可能性は未知数。この難題中の難題にダンサーたちはどう立ち向かうのか、どのような化学反応が起きるのか、d-倉庫に観に来てください。
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公演ウェブページより


 周囲をぐるりと観客に取り囲まれたごく狭い空間。ピアノ連弾による『春の祭典』に乗せて、川村美紀子さんの強烈なダンスが放たれます。ただでさえ川村美紀子、そのダンスを、ちょっとでも体勢崩したら顔面に蹴りがきまる至近距離でみる迫力。

 最初の方こそヒップホップ風の動きが中心ですが、やがて個性的な動きが次々と飛び出してきて、体力を振り絞るような持続的爆発へ。手足から身体まで投げ出すような大きな動きの合間に、音にあわせてピアノを弾くような動作、律儀な指差点検、両手でそれぞれ数を数え間違うような動き、など、変な細かい動作が入ってくるのが個人的にツボです。

 終演近く、ゆっくりした周期で照明が点滅する効果が入り、激しく踊る姿が残像として目に焼きついてきます。ほとんど休む間もなく45分の長丁場を一人で踊りきった挙句、最後は下着を脱いで床に叩きつける。かっこいい。

 たった一回だけというのがもったいない公演でした。


タグ:川村美紀子
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『美しさが僕をさげすむ』(ウン・ヒギョン、呉永雅:翻訳) [読書(小説・詩)]

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実際に世界を導いているのは理由もなく起こる事柄じゃないんですか? すべてのことが予測できる範囲内で起こるなんて、人生とも呼べないんじゃありません? わたしたちが計画を立てている間に起こった偶然こそが、その人の人生だというジョン・レノンの言葉を、あなたは聞いたことがあるかどうか知りませんけど。
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単行本p.28


 理由もなく起こる事柄によって決定される人生。そこには、定められた運命も、自分でコントロールできる余地も、どちらもないのではなかろうか。それともあるのだろうか。韓国現代文学を代表する作家による短篇集。単行本(クオン)出版は2013年12月です。


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 ウン・ヒギョンはデビューから一貫して、鋭く、繊細な観察力で現代人の心を凝視しつづけている作家である。その視線はどこまでもシニカルで、「冷笑的」と評されることも多い。ユーモアというよりもアイロニーを用いた、突き放したようなドライな感性は、従来の韓国文学には見られなかった性格の作品を生み出すことに成功した。
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単行本p.298


 荷物の誤配送から生じた男女の出会い。父親との再会に向けてダイエットに励む青年。ドラマチックな妄想癖のある少女が陥った危機的状況。忘れたはずの過去から不意にやってきた一通の電子メール。

 いかにも陳腐で安っぽいドラマが始まりそうなシチュエーションから紡ぎだされるのは、人生の不条理さ、そして不可解さ。読者の予想を巧みにかわしつつ、現代を生きる私たちの不安とある種の諦念を見事にえぐりだしてみせる短篇6篇を収録した短篇集です。

[収録作品]

『疑いのススメ』
『孤独の発見』
『美しさが僕をさげすむ』
『天気予報』
『地図中毒』
『ユーリィ・ガガーリンの蒼い星』


『疑いのススメ』
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人の心を動かすのは、客観的な情報ではありません。説明できない感情とフィーリングなんです。人間を、マンションが密集したエリアの防犯カメラやデータなんかで把握できる存在だと思うのですか? 密室にこもって、インターネットでこの世のすべてを検索できるとしたって、そこで生きている実感は絶対に得られない。
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単行本p.39

 荷物の誤配送で偶然に出合った男に、女は好意を抱いた。待ち合わせの場所に現れた「彼の双子の弟」と自称する男は、出会いを含めた様々な「偶然」はすべて兄の策略であり、あなたは騙されているのだと告げる。本当だろうか。何を信じるべきだろうか。というより、私たちの人生を動かしている偶然と作為の間に、そもそも真実などあるのだろうか。


『孤独の発見』
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あたしは、今あなたにしているみたいに、彼の前に座って話を聞いた。あたしの背が伸びないのは、あたしがいくつかに分かれて大きくなったからだと話したり。この世には、別の自分がたくさんいるから寂しくない、だから寂しさっていうのは、もしかしたら別の自分に対する恋しさのようなものなんだって。
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単行本p.88

 受験に失敗し、職にもつけないままぶらぶらしている孤独で内向的な男が出会った、謎めいた女。彼女は多くの分身に分かれた人生を送っている、だからそのぶん背が低いのだという。なぜ自分はこの自分であって他の自分ではないのか。あるいは、自分の記憶は他の自分の記憶ではないのか。アイデンティティの揺らぎが男をとらえる。


『美しさが僕をさげすむ』
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僕がイタリアンレストランで、それまで僕が知っていたのとは異なる世界を見たように、父もやはり今まで知らなかった息子の姿を見なければならないはずだった。しかし、父は太った子どもの記憶だけを抱いて逝ってしまった。ヴィーナスを見ながら僕はいつも考えていた。この世のすべての美しいものたちが僕をさげすむと。
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単行本p.154

 自分と母を棄てた父親が入院、もう長くない、という知らせを受けた肥満青年。父が亡くなる前に痩せた姿で再会しようと、過酷な低炭水化物ダイエットに挑戦する。カロリー過剰摂取を促す人間の本能との戦い。だが結局、再会を果たすことなく父親は亡くなり、青年は葬儀に出席するのだが……。


『天気予報』
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いつからかBは、この世には目に見えないたくさんの境界線が至るところにあると思い始めた。何気なく通り過ぎたと思ったら、まっ逆さまにブラックホールに落ちて、別の世界に行き着く境界線のことだ。(中略)いつどこでその境界線に出くわすかは、誰にもわからない。たとえ出くわしたとしても、普通の人なら気が付かないのだから、Bが思うに、人生というのは実に危険で、なおかつドラマチックなものだった。
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単行本p.161

 あるとき本当の親(大金持ちだったり異国の王様だったり)が私の前に現れる、通りすがりの映画監督が私の天才を見抜く、異世界からのメッセージに私だけが気付く……。自分の平凡さにうんざりしていた少女は、様々な妄想に耽る癖があった。そんな彼女に「親の負債を催促しに借金取りが学校にまでやってくる」という極めて現実的な危機が訪れる。妄想力、想像力、それらは人生を変えることが出来るのだろうか。そして彼女を待っていた境界線とは。


『地図中毒』
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 僕の場合、突出した行動をとらないことには生まれ持っての才能があった。「我々は人生で起こる出来事をただ受け入れるしかない。それ以外にできることは多くないのだから」。Bによれば、それこそが九番タイプの生き方だそうだ。(中略)現代のような細分化された社会では、どうせ我々は細々した取るに足らない部分を担当するだけだ。人類の未来なんてものを心配する、哲学的あるいは良心的な職業はほかに担当者がいる。
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単行本p.208

 消極的なインドア派である僕は、友人からの誘いでカナダまで行ってロッキー山脈に登ることになった。友人、そして地図中毒らしき変人先輩と、三人で山に登るうちに、ますます自然嫌いになってゆく僕。だが、山中で野生の熊と遭遇した体験が、僕を少しだけ違う人間にする。


『ユーリィ・ガガーリンの蒼い星』
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今日の私は、一瞬、時間を横切る通路に立っているのかもしれない。ユーリィ・ガガーリンの世界では、折り紙でもするみたいに時間を折りたたむことが可能なのだろうか。(中略)私は今、この世の時間とも断絶している気がする。これまでの人生のすべての日々とも断絶している。今夜の時間は、私の人生のどこにも属さない例外的な未知の時間だ。
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単行本p.290

 「今日は約束の日です。リバー・セーヌで八時に待っています。ウンスク」
 出版社の社長として成功した私は、自分を現実的で醒めた人間だと思っていた。しかし、遠い過去から届いたような一通の電子メールに、強く心をかき乱されてしまう。
 ウンスク? 約束の日? リバー・セーヌ?
 次第に蘇ってくる青春の日々。時を越えて過去とつながる心。収録作品中、最もストレートで感傷的な短篇。


『著者あとがき』
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 一編の小説を書き終えると、これでまた一つ韓国文学に貢献できたという思いに至るべきなのだろうが、私の場合は、やっと一つの孤独に打ち勝つことができた、という思いがする。さらに、つかの間とはいえ楽観的になりもするのだが、その瞬間に浮かべる安堵の微笑みこそが、小説を書く体力になってくれているような気がする。
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単行本p.295


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『6度目の大絶滅』(エリザベス・コルバート、鍛原多惠子:翻訳) [読書(サイエンス)]

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はるか昔、ごくまれに地球が大激変を起こし、生物の多様性が失われた。太古に起きたこれらの現象のうち、5回は規模が大きく、いわゆる「ビッグファイブ」と呼ばれる。
(中略)
 これらの大激変の原因は、特定できるかぎり相互に大きく異なっている。オルドビス紀末の絶滅の場合は氷期、ペルム紀末の場合は地球温暖化と海洋化学状態の変化、白亜紀末の場合は隕石の衝突だった。現在進行中の絶滅には新たな原因がある。それは隕石でも巨大な火山の噴火でもなく、「あるひ弱な種」だ。
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Kindle版No.125、4644


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約5億年前に背骨をもつ動物がはじめて登場して以来、たった5度しか起きていない出来事はきわめてまれな現象と言っていいだろう。そしていま、6度目のそうした出来事が私たちの眼前で起きているという考えに、私は衝撃を受けた。この物語は間違いなく壮大で陰鬱で非常に重要であり、だれかが語らねばならない。
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Kindle版No.202


 これまで環境激変による生物の「大絶滅」は5回起きている。そして現代、地球はまさに新たな大絶滅期にあるという。珊瑚礁、熱帯多雨林、コウモリの洞窟など、世界中を回って生物多様性がどのようなスピードとメカニズムによって失われつつあるかをつぶさに取材した著者による、第6の大絶滅、すなわち「人新世の大絶滅」に関する詳細なレポート。単行本(NHK出版)出版は2015年3月、Kindle版配信は2015年3月です。


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 現在、両生類は世界でもっとも絶滅の危機に瀕しているとも考えられており、その絶滅率は背景絶滅率の45000倍という試算もある。ところが、その他の多くの動物種の絶滅率も両生類に迫りつつある。造礁サンゴ類の3分の1、淡水生貝類の3分の1、サメやエイの仲間の3分の1、哺乳類の4分の1、爬虫類の5分の1、鳥類の6分の1がこの世から消えようとしていると推定される。損失は南太平洋でも、北大西洋でも、北極でも、アフリカのサヘル草原でも、湖沼でも、島嶼でも、山地でも、峡谷でも、ありとあらゆる場所で起きている。
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Kindle版No.375


 グレートバリアリーフや熱帯多雨林から、極寒の洞窟まで。研究者のフィールドワークに動向した著者は、様々な場所で進行している種の絶滅の状況をレポートしてくれます。カエル、オオウミガラス、サンゴ、熱帯多雨林、コウモリ、スマトラサイ、そしてネアンデルタール人。様々な絶滅種、絶滅の危機に瀕している生物種が次々と登場します。

 このフィールドワーク体験記(あるいは冒険譚)部分だけでも読みごたえたっぷりなのですが、本書の主眼はそれら個々の種が置かれた状況だけではなく、むしろそれらが構成する一つの大きなパターンにあります。つまり、これまでに地球で5回発生したと考えられている、生物種の「大絶滅」です。


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6500万年前のごくふつうの日、直径10キロメートル弱の隕石が地球に衝突した。衝突で爆発した隕石は、TNT換算で1億メガトン、または実験されたなかでももっとも強力な水素爆弾100万個以上に相当するエネルギーを放出し、イリジウムを含む隕石の破砕物が地上に広がった。日中も夜のように暗くなり、気温が下がった。そして、絶滅が始まった。
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Kindle版No.1396


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 4億4400万年前のオルドビス紀末に海退(海面の低下)が起き、海洋生物種の約85パーセントが死に絶えた。(中略)現在では、それはビッグファイブの最初の絶滅と見なされ、短いとはいえ破壊的な二度の波になって起きたと考えられている。犠牲になった生物は白亜紀末のものほど人目を引かないが、このときの絶滅も生命の歴史における転換点──ゲームのルールが突如として変わった瞬間──であり、その結果は永続的だった。
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Kindle版No.1744


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ペルム紀末の絶滅は、人の一生ほどの時間内に起きたわけではないとはいえ、地質学的に言えば突然の現象だったと言える。中国とアメリカの科学者による最新の共同研究によれば、この現象は全体でも20万年とかかっておらず、10万年以下の可能性もある。絶滅が終わるころには、地上の生物種すべての約90パーセントが姿を消していた。これほど大規模な損失は極端な地球温暖化と海洋酸性化を想定しても説明しきれず、別のメカニズムの検証が進められている。
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Kindle版No.1867


 私たち人類が引き起こしている環境破壊は、これらに匹敵するような大絶滅を今まさに引き起こしている、というのは、本当でしょうか。それは(負の)過大評価というものではないのでしょうか。

 様々な観点から、現在進行している事態はまさしく6度目の大絶滅に他ならないことを、著者は説得力を持って示してゆきます。例えば、海洋酸性化ひとつとってみても。


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 海の酸性化は、ときとして地球温暖化の「邪悪な双子」と呼ばれる。このフレーズに込められた皮肉は意図的であり、それなりに的を射てはいるけれども、それでもまだ穏当すぎるほどだ。記録に残されたすべての大量絶滅を説明する単一のメカニズムは存在しないとはいえ、海洋化学状態の変化はかなり確実な予測因子になりそうだ。海の酸性化は、ビッグファイブの絶滅のうち少なくとも二つ(ペルム紀末と三畳紀末の絶滅)でなんらかの役目をはたし、三つ目の絶滅(白亜紀末の絶滅)では主要な原因だった可能性がおおいにある。1億8300万年前のジュラ紀初期に起きたトアルシアン絶滅では、海が酸性化したことを示す強力な証拠があり、数種の海洋生物が大被害に遭った5500万年前の暁新世末にも同様の証拠がある。
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Kindle版No.2154


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 これまでに人類によって大気中に排出された二酸化炭素のおよそ3分の1は、海洋に吸収された。これは1500億トンという驚異的な量に達する。人新世のたいていの側面がそうであるように、じつは排出量だけでなく排出速度も重要な要素となる。(中略)過去の記録には、著しい海洋の酸性化が何度か見受けられるものの、現在起きている酸性化に「完全に匹敵するような酸性化はこれまで一度も起きておらず」、その理由は「現在起きている二酸化炭素の排出速度が未曽有の速さだ」からだという。
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Kindle版No.2207、2220


 最大級の火山活動よりも速い、「おそらく地球史上前例のない速度」で大気中に二酸化炭素を排出している人類。過去の大絶滅期をしのぐスピードで進む海洋酸性化。溶けつつある珊瑚礁。一掃される海洋生物。

 海洋酸性化がこのスピードで進行すれば、それだけでも海洋生物の大絶滅は免れないことが分かります。しかし、もちろんそれでけではありません。


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現在カリフォルニア州には60日に1種のペースで新しい侵入種が入ってくると推定している。このペースは1か月に1種のハワイ諸島に比べればむしろ低いと言える(比較のために補足しておくと、人類がハワイ諸島に定着する前、新しい種はこの諸島におよそ1億年に1種のペースで定着した)。
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Kindle版No.3729


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船舶のバラスト水のみを考慮しても、24時間で1万種が世界中を移動していると推定される。つまり、たった1隻のスーパータンカー(またはジェット機)があれば、数100万年かけて進行した地理的分離が元に戻ってしまうのだ。
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Kindle版No.3476


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 世界の生物相の観点から見ると、グローバルな移動はきわめて新しい現象であるとともに、きわめて古い世界の再現でもある。ウェゲナーが化石記録から推測した大陸分裂は現在逆行しており、人類は地質学史を高速で反転させている。(中略)私たちは世界を1つの超大陸、すなわち生物学者がときに「新パンゲア大陸」と呼ぶものに変えているのだ。
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Kindle版No.3657


 海洋酸性化、「新パンゲア大陸」化による生物多様性の喪失。そこに地球温暖化などの気候変動が加わります。それだけではまだ足りないかのように、生息域移動による種のサバイバルという最後の逃げ道を、私たちは丁寧に塞いでいるのです。


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地球温暖化と海洋酸性化、地球温暖化と外来種、外来種と森林分断化のあいだに謎めいた相乗効果があるように、森林の分断化と地球温暖化のあいだにも同様の相乗効果が認められる。気温の上昇に迫られて移動しはじめたものの孤立林に閉じ込められた種は、それが非常に大きな孤立林であったにしても、たぶん生き残ることはできない。人新世の顕著な特徴は、種の移動を強いる一方で、種の移動を阻む障壁──道路、更地、都市──をつくるように世界が変化している点にある。
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Kindle版No.3349


 直接的暴力による種の殲滅など、その他の絶滅メカニズムについても本書では詳しく解説されています。カエルやコウモリやサイなどの絶滅を阻止(というか先のばし)するための絶望的な努力、過去の大絶滅についての研究史、たくさんの警鐘、さらにたくさんの無視された警鐘、など多くのことが書かれています。

 単一のシンプルなメカニズムによって引き起こされるのではないため、生物種の大絶滅を阻止することは出来そうにありません。たとえこの瞬間に温暖化ガスの排出量が激減したとしても、進行中の事態をとめることは不可能なのです。

 たった一つの慰めは(それが慰めになるなら)、科学者が「人新世の大絶滅」と呼ぶ現象は、地質学的に明瞭な痕跡が数億年先にも残され、人類の活動記録はかなり細部まで永続的に地球に刻み込まれるだろうということ。

 さすがジャーナリスト。正直というか、冷徹にも感じられる結論は揺るぎません。


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絶滅は後世に明確な痕跡を残すだろう。ドブの滝つぼの泥岩やグッビオの粘土層に記録されたものほど劇的ではないにしても、それでも岩石に転換点の刻印を残すに違いない。気候変動(それ自体が絶滅のきっかけとなる)も地質学的痕跡を残すに違いないし、放射性降下物、河川の切り回し、単一種の栽培、海の酸性化もその形跡をとどめるはずだ。
(中略)
この驚嘆すべき現在という瞬間に、私たちはこれから進化がたどる道、あるいは、たどらない道をまったく自覚することなく選びとっている。そのような力をもった生物がかつていたためしはなく、残念なことに、それが人類のもっとも永続的な遺産となるだろう。
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Kindle版No.1931、4701


 というわけで、環境問題に関する最新レポート、科学者たちのフィールドワークに動向したときのスリルあふれる冒険譚、そして大絶滅に関する研究や議論の歴史、これらの要素を巧みに配置し、最後まで読者の興味と興奮を引っ張る読みごたえのあるサイエンス本。内容が内容だけに心浮き立つ本ではありませんが、多くの人に読んでおいてほしい一冊です。


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『プラスマイナス 153号』 [その他]

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もっと あなたを充分に
探してから

口の筋肉を動かす命令をセロトニン達が選択してくれれば良かったのにな

ただいまの言い方
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 『プラスマイナス』は、詩、短歌、小説、旅行記、身辺雑記など様々な文章を掲載する文芸同人誌です。配偶者が編集メンバーの一人ということで、宣伝を兼ねてご紹介いたします。

[プラスマイナス153号 目次]
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巻頭詩 『終航路』(深雪)、イラスト(D.Zon)
俳句 『微熱帯 37』(内田水果)
随筆 『松林の裏道』(島野律子)
詩 『親片』(多亜若)
詩 『抜け道』(島野律子)
詩 深雪とコラボ 『西曇天模様』(深雪 & みか 編集)
詩 『ただいまの言い方』(深雪)
詩 『梅雨の水たまり』(琴似景)
小説 『一坪菜園生活 三十六』(山崎純)
随筆 『香港映画は面白いぞ 153』(やましたみか)
イラストエッセイ 『脇道の話 92』(D.Zon)
編集後記
 「レシピをご紹介」 その5 山崎純
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 盛りだくさんで定価300円の『プラスマイナス』、お問い合わせは以下のページにどうぞ。

目黒川には鯰が
http://shimanoritsuko.blog.so-net.ne.jp/


タグ:同人誌
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