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『6度目の大絶滅』(エリザベス・コルバート、鍛原多惠子:翻訳) [読書(サイエンス)]

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はるか昔、ごくまれに地球が大激変を起こし、生物の多様性が失われた。太古に起きたこれらの現象のうち、5回は規模が大きく、いわゆる「ビッグファイブ」と呼ばれる。
(中略)
 これらの大激変の原因は、特定できるかぎり相互に大きく異なっている。オルドビス紀末の絶滅の場合は氷期、ペルム紀末の場合は地球温暖化と海洋化学状態の変化、白亜紀末の場合は隕石の衝突だった。現在進行中の絶滅には新たな原因がある。それは隕石でも巨大な火山の噴火でもなく、「あるひ弱な種」だ。
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Kindle版No.125、4644


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約5億年前に背骨をもつ動物がはじめて登場して以来、たった5度しか起きていない出来事はきわめてまれな現象と言っていいだろう。そしていま、6度目のそうした出来事が私たちの眼前で起きているという考えに、私は衝撃を受けた。この物語は間違いなく壮大で陰鬱で非常に重要であり、だれかが語らねばならない。
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Kindle版No.202


 これまで環境激変による生物の「大絶滅」は5回起きている。そして現代、地球はまさに新たな大絶滅期にあるという。珊瑚礁、熱帯多雨林、コウモリの洞窟など、世界中を回って生物多様性がどのようなスピードとメカニズムによって失われつつあるかをつぶさに取材した著者による、第6の大絶滅、すなわち「人新世の大絶滅」に関する詳細なレポート。単行本(NHK出版)出版は2015年3月、Kindle版配信は2015年3月です。


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 現在、両生類は世界でもっとも絶滅の危機に瀕しているとも考えられており、その絶滅率は背景絶滅率の45000倍という試算もある。ところが、その他の多くの動物種の絶滅率も両生類に迫りつつある。造礁サンゴ類の3分の1、淡水生貝類の3分の1、サメやエイの仲間の3分の1、哺乳類の4分の1、爬虫類の5分の1、鳥類の6分の1がこの世から消えようとしていると推定される。損失は南太平洋でも、北大西洋でも、北極でも、アフリカのサヘル草原でも、湖沼でも、島嶼でも、山地でも、峡谷でも、ありとあらゆる場所で起きている。
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Kindle版No.375


 グレートバリアリーフや熱帯多雨林から、極寒の洞窟まで。研究者のフィールドワークに動向した著者は、様々な場所で進行している種の絶滅の状況をレポートしてくれます。カエル、オオウミガラス、サンゴ、熱帯多雨林、コウモリ、スマトラサイ、そしてネアンデルタール人。様々な絶滅種、絶滅の危機に瀕している生物種が次々と登場します。

 このフィールドワーク体験記(あるいは冒険譚)部分だけでも読みごたえたっぷりなのですが、本書の主眼はそれら個々の種が置かれた状況だけではなく、むしろそれらが構成する一つの大きなパターンにあります。つまり、これまでに地球で5回発生したと考えられている、生物種の「大絶滅」です。


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6500万年前のごくふつうの日、直径10キロメートル弱の隕石が地球に衝突した。衝突で爆発した隕石は、TNT換算で1億メガトン、または実験されたなかでももっとも強力な水素爆弾100万個以上に相当するエネルギーを放出し、イリジウムを含む隕石の破砕物が地上に広がった。日中も夜のように暗くなり、気温が下がった。そして、絶滅が始まった。
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Kindle版No.1396


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 4億4400万年前のオルドビス紀末に海退(海面の低下)が起き、海洋生物種の約85パーセントが死に絶えた。(中略)現在では、それはビッグファイブの最初の絶滅と見なされ、短いとはいえ破壊的な二度の波になって起きたと考えられている。犠牲になった生物は白亜紀末のものほど人目を引かないが、このときの絶滅も生命の歴史における転換点──ゲームのルールが突如として変わった瞬間──であり、その結果は永続的だった。
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Kindle版No.1744


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ペルム紀末の絶滅は、人の一生ほどの時間内に起きたわけではないとはいえ、地質学的に言えば突然の現象だったと言える。中国とアメリカの科学者による最新の共同研究によれば、この現象は全体でも20万年とかかっておらず、10万年以下の可能性もある。絶滅が終わるころには、地上の生物種すべての約90パーセントが姿を消していた。これほど大規模な損失は極端な地球温暖化と海洋酸性化を想定しても説明しきれず、別のメカニズムの検証が進められている。
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Kindle版No.1867


 私たち人類が引き起こしている環境破壊は、これらに匹敵するような大絶滅を今まさに引き起こしている、というのは、本当でしょうか。それは(負の)過大評価というものではないのでしょうか。

 様々な観点から、現在進行している事態はまさしく6度目の大絶滅に他ならないことを、著者は説得力を持って示してゆきます。例えば、海洋酸性化ひとつとってみても。


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 海の酸性化は、ときとして地球温暖化の「邪悪な双子」と呼ばれる。このフレーズに込められた皮肉は意図的であり、それなりに的を射てはいるけれども、それでもまだ穏当すぎるほどだ。記録に残されたすべての大量絶滅を説明する単一のメカニズムは存在しないとはいえ、海洋化学状態の変化はかなり確実な予測因子になりそうだ。海の酸性化は、ビッグファイブの絶滅のうち少なくとも二つ(ペルム紀末と三畳紀末の絶滅)でなんらかの役目をはたし、三つ目の絶滅(白亜紀末の絶滅)では主要な原因だった可能性がおおいにある。1億8300万年前のジュラ紀初期に起きたトアルシアン絶滅では、海が酸性化したことを示す強力な証拠があり、数種の海洋生物が大被害に遭った5500万年前の暁新世末にも同様の証拠がある。
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Kindle版No.2154


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 これまでに人類によって大気中に排出された二酸化炭素のおよそ3分の1は、海洋に吸収された。これは1500億トンという驚異的な量に達する。人新世のたいていの側面がそうであるように、じつは排出量だけでなく排出速度も重要な要素となる。(中略)過去の記録には、著しい海洋の酸性化が何度か見受けられるものの、現在起きている酸性化に「完全に匹敵するような酸性化はこれまで一度も起きておらず」、その理由は「現在起きている二酸化炭素の排出速度が未曽有の速さだ」からだという。
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Kindle版No.2207、2220


 最大級の火山活動よりも速い、「おそらく地球史上前例のない速度」で大気中に二酸化炭素を排出している人類。過去の大絶滅期をしのぐスピードで進む海洋酸性化。溶けつつある珊瑚礁。一掃される海洋生物。

 海洋酸性化がこのスピードで進行すれば、それだけでも海洋生物の大絶滅は免れないことが分かります。しかし、もちろんそれでけではありません。


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現在カリフォルニア州には60日に1種のペースで新しい侵入種が入ってくると推定している。このペースは1か月に1種のハワイ諸島に比べればむしろ低いと言える(比較のために補足しておくと、人類がハワイ諸島に定着する前、新しい種はこの諸島におよそ1億年に1種のペースで定着した)。
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Kindle版No.3729


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船舶のバラスト水のみを考慮しても、24時間で1万種が世界中を移動していると推定される。つまり、たった1隻のスーパータンカー(またはジェット機)があれば、数100万年かけて進行した地理的分離が元に戻ってしまうのだ。
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Kindle版No.3476


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 世界の生物相の観点から見ると、グローバルな移動はきわめて新しい現象であるとともに、きわめて古い世界の再現でもある。ウェゲナーが化石記録から推測した大陸分裂は現在逆行しており、人類は地質学史を高速で反転させている。(中略)私たちは世界を1つの超大陸、すなわち生物学者がときに「新パンゲア大陸」と呼ぶものに変えているのだ。
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Kindle版No.3657


 海洋酸性化、「新パンゲア大陸」化による生物多様性の喪失。そこに地球温暖化などの気候変動が加わります。それだけではまだ足りないかのように、生息域移動による種のサバイバルという最後の逃げ道を、私たちは丁寧に塞いでいるのです。


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地球温暖化と海洋酸性化、地球温暖化と外来種、外来種と森林分断化のあいだに謎めいた相乗効果があるように、森林の分断化と地球温暖化のあいだにも同様の相乗効果が認められる。気温の上昇に迫られて移動しはじめたものの孤立林に閉じ込められた種は、それが非常に大きな孤立林であったにしても、たぶん生き残ることはできない。人新世の顕著な特徴は、種の移動を強いる一方で、種の移動を阻む障壁──道路、更地、都市──をつくるように世界が変化している点にある。
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Kindle版No.3349


 直接的暴力による種の殲滅など、その他の絶滅メカニズムについても本書では詳しく解説されています。カエルやコウモリやサイなどの絶滅を阻止(というか先のばし)するための絶望的な努力、過去の大絶滅についての研究史、たくさんの警鐘、さらにたくさんの無視された警鐘、など多くのことが書かれています。

 単一のシンプルなメカニズムによって引き起こされるのではないため、生物種の大絶滅を阻止することは出来そうにありません。たとえこの瞬間に温暖化ガスの排出量が激減したとしても、進行中の事態をとめることは不可能なのです。

 たった一つの慰めは(それが慰めになるなら)、科学者が「人新世の大絶滅」と呼ぶ現象は、地質学的に明瞭な痕跡が数億年先にも残され、人類の活動記録はかなり細部まで永続的に地球に刻み込まれるだろうということ。

 さすがジャーナリスト。正直というか、冷徹にも感じられる結論は揺るぎません。


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絶滅は後世に明確な痕跡を残すだろう。ドブの滝つぼの泥岩やグッビオの粘土層に記録されたものほど劇的ではないにしても、それでも岩石に転換点の刻印を残すに違いない。気候変動(それ自体が絶滅のきっかけとなる)も地質学的痕跡を残すに違いないし、放射性降下物、河川の切り回し、単一種の栽培、海の酸性化もその形跡をとどめるはずだ。
(中略)
この驚嘆すべき現在という瞬間に、私たちはこれから進化がたどる道、あるいは、たどらない道をまったく自覚することなく選びとっている。そのような力をもった生物がかつていたためしはなく、残念なことに、それが人類のもっとも永続的な遺産となるだろう。
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Kindle版No.1931、4701


 というわけで、環境問題に関する最新レポート、科学者たちのフィールドワークに動向したときのスリルあふれる冒険譚、そして大絶滅に関する研究や議論の歴史、これらの要素を巧みに配置し、最後まで読者の興味と興奮を引っ張る読みごたえのあるサイエンス本。内容が内容だけに心浮き立つ本ではありませんが、多くの人に読んでおいてほしい一冊です。