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『SFマガジン2015年2月号 創刊55周年記念号』(小田雅久仁) [読書(SF)]

『おまかせ! レスキュー 200回記念優待号』(横山えいじ)
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使い捨てキャラ達の争いは諸般の事情で2カ月後まで続くのであった…
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SFマガジン2015年2月号p.69


『大森望の新SF観光局 第43回』(大森望)
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長きにわたって途切れることなく続いてきた月刊の歴史がとうとう終幕。
2015年1月、わたしたちは55年ぶりに、SF雑誌が発行されない月を経験することになる。
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SFマガジン2015年2月号p.190


『編集後記』(塩澤快浩)
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私の業務は一編集者、あるいはSFM編集長としてのものだけではありません。すべてを総合したときにいわゆる出版不況と呼ばれる状況を覆せるほどではなかったということです。
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SFマガジン2015年2月号p.280


 さまざまな波紋を広げる隔月化。月刊誌として最後となるSFマガジン2015年2月号は、前号に引き続き、円谷プロダクションとのコラボレーション企画の短篇を1本掲載してくれました。また、日本オリジナル短篇集の出版が予定されているケン・リュウの短篇、小田雅久仁さんの中篇(連載)、そして上遠野浩平さんの短篇が掲載されました。


『影が来る』(三津田信三)
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こうしている間にも影たちは少しずつ近づき、やがて彼女と絢子の二人と入れ替わってしまうのではないか。しかも入れ替わったことに、万城目たちが気づかなかったとしたら、いったいどうなるのか。
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SFマガジン2015年2月号p.153

 毎日新報の報道カメラマン、江戸川由利子を襲う謎のドッペルゲンガー現象。相談を受けた一の谷博士は、またもや超短波ジアテルミーで解決を図るが……。ウルトラQの『悪魔ッ子』のエピソードを元にした“アンバランスゾーン”的な話。そういや一ノ谷博士って、やたら怪電波の放射や遮断が得意だったなあ。


『製造人間は頭が固い "The Institutional Man"』(上遠野浩平)
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そうです。僕は製造人間です。それが僕の本質です。そして製造人間はうかつにその能力を行使してはならないのです
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SFマガジン2015年2月号p.159

 どうか病気の子供を助けてほしいと、製造人間ウトセラ・ムビョウに懇願する夫婦。ウトセラは、なぜ人類を危険にさらすリスクをとってまで子供を助けるべきなのか、論理で自分を説得できたら助けよう、と言う。こうして命がけのディベート、ロジック格闘が始まった……。いかにも男子中学生の妄想めいた設定と会話と展開にたじろぐ。


『どこかまったく別な場所でトナカイの大群が』(ケン・リュウ、古沢嘉通:翻訳)
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ママは古代人だ。シンギュラリティ以前の存在。この宇宙でたった数億人しかいない。
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SFマガジン2015年2月号p.253

 ポストシンギュラリティ時代を舞台に、データ存在である娘と、元物理存在だった母親の、葛藤と和解を感傷的に描く短篇。もしかして、この作家は親子の葛藤と和解を感傷的に描いて泣かせる短篇ばかり書いているのでしょうか。


『長城〈中篇〉』(小田雅久仁)
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何かがおかしい。いや、何もかもが根本からおかしい。ありとあらゆる点で常道から外れている。なぜ俺は今、俺なのか。(中略)ひょっとして今まで戻らなかった兵士たちの多くは、こんなふうに理不尽な状況に追いこまれたあげくに死んでいったのだろうか。
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SFマガジン2015年2月号p.273

 どこからともなく聞こえてくる「叫び」。それを聞くことの出来る者は「長城」に召集され、「夷狄」と呼ばれる得体の知れない存在に取り憑かれた人間を抹殺しなければならない。人間の悪と暴力衝動の根源に触れることで世界からはみ出し、破滅してゆく人々の姿を描くダークファンタジー、その〈中篇〉。デビュー作『増大派に告ぐ』を思い出させる作品で、次号に掲載されるであろう完結編が楽しみ。


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2014年を振り返る(7) [サイエンス・テクノロジー] [年頭回顧]

2014年を振り返る(7) [サイエンス・テクノロジー]

 2014年に読んだサイエンス・テクノロジーまわりの本のうち、印象に残ったものについてまとめてみます。なお、あくまで「2014年に私が読んだ」という意味であって、出版時期とは必ずしも関係ありません。

 まず数学関連では、次の二冊に感銘を受けました。

『直感を裏切る数学』(神永正博)

『四色問題』(ロビン・ウィルソン)

 前者は、私たちの直感を鮮やかに裏切ってくれる数学問題の数々を収録した一冊。立方体に穴を開けて、その立方体よりも大きい立方体を通すことが出来る、期待値マイナスのゲームを二つプレイし続けることで期待値プラスに出来るなど、驚きが詰まっています。

 後者は、「四色あれば平面上の地図を塗り分けられる」という有名な四色問題の発見から解決までの歴史を解説。コンピュータを駆使した「ちからわざ」の解決をめぐる数学界の大騒ぎを興味深く読みました。

 続いて物理学。知っているようで知らなかったことを教えてくれる次の二冊が素晴らしい。

『SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか』(スティーヴン・ストロガッツ)

『量子的世界像101の新知識 現代物理学の本質がわかる』(ケネス・フォード)

 前者は、自然界に広く見られる同期現象について探求する一冊。非線形物理に関する私たちの理解がどれほど未熟であるか、という認識には目眩のような驚きがあります。万物理論が完成すれば物理学は終わる、などと思っている人に読んでほしい。

 後者は、素粒子理論、量子物理学の本質を教えてくれる入門書です。専門用語と数式の束で圧倒してくる教科書でもなく、二重スリットや猫虐待の例え話で何となく誤魔化してしまう通俗書でもなく、本質をきちんと伝えて理解させるという困難な道を選び、それに成功した希有な一冊。

 情報技術まわりでは、次の二冊がお気に入り。

『クラウドからAIへ』(小林雅一)

『インフォメーション 情報技術の人類史』(ジェイムズ・グリック)

 前者は、現在のAI(人工知能)がなぜ急激に発達しているのか、それは世界をどう変えるのか、といった流行りの議論の入門書。確率統計に基づくアプローチ、ビッグデータとの関連、巨額の開発投資によりIT企業は何を目指しているのか、そして見えてきたシンギュラリティ(技術的特異点)。基本を押えておきたい方にお勧めします。

 後者は、人類の文明史を「情報がみずからの本質に目覚めていく物語」として再構成してみせる大作。「情報」を明瞭に定義し、定量化し、その本質を明らかにした「シャノンの情報理論」がどのような意義を持っていたのかを、様々なトピックを通じて明らかにしてゆきます。これは眠れなくなるほどの面白さ。

 他に、コンピュータ技術の本としては、実際に使われている様々なアルゴリズムの本質を分かりやすく解説してくれる『世界でもっとも強力な9のアルゴリズム』(ジョン・マコーミック)も楽しめました。

 テクノロジーまわりでは、次の三冊が良かった。

『宇宙人の探し方 地球外知的生命探査の科学とロマン』(鳴沢真也)

『素粒子で地球を視る 高エネルギー地球科学入門』(田中宏幸、竹内薫)

『1秒って誰が決めるの? 日時計から光格子時計まで』(安田正美)

 最初の本は、日本ではまだほとんど知られていない、可視光による地球外知的生命探査「光学(オプティカル)SETI」を中心に、SETIの最新情報を専門家が分かりやすく解説したもの。実際に著者が関わったSETIプロジェクトについて詳しく紹介されているのがミソです。読むと長生きしたくなる一冊。

 二冊目は、宇宙から降り注ぐ高エネルギー素粒子を利用してピラミッドなどの巨大建造物、火山、さらには地球や火星の内部構造までを「透視」するミュオグラフィ技術を中心に、高エネルギー地球科学の最新状況を解説したもの。「南極の氷床全体をニュートリノ検出器にして、地球透過ニュートリノをとらえる」といった、実際に進められている大型プロジェクトの紹介には大興奮。

 三冊目は、時間を正確に計測する、1秒を厳密に定義する、という究極目標に向けて突き進む最先端テクノロジーを専門家が平易に紹介する本。クライマックスとなるイッテルビウム光格子時計の解説はすごい。どきどきします。

 他に、『絵でわかるロボットのしくみ』(瀬戸文美)はごくありふれたロボット工学入門書のように見えますが、ロボット構成パーツから動作原理まで、全て「猫のイラスト」で説明するという前代未聞の仕掛けが楽しめました。

 材料工学まわりでは、次の三冊ですね。

『透明マントを求めて 天狗の隠れ蓑からメタマテリアルまで』(雨宮智宏)

『材料革命ナノアーキテクトニクス』(有賀克彦)

『生物に学ぶイノベーション 進化38億年の超技術』(赤池学)

 最初の本は、光を迂回させることで内部空間を光学的に消してしまうことも可能な超越物質、メタマテリアルが開発されるまでの歴史を解説したもの。いわゆる光学迷彩の可能性にトキメキ。

 二冊目は、原子や分子を制御する技術により、自然界には存在しないまったく新しい素材、新しい性質を持った物質を「建築」するナノアーキテクトニクスと新素材開発の最前線を紹介したもの。本格ナノテク時代、すでに始まってたな、という感慨。

 三冊目は、生物が進化によって獲得してきた能力を模倣して開発された科学技術、バイオミミクリー(生物模倣)の最前線を紹介するもの。やはり何十億年もかけて磨かれてきた技術はすごい。

 生物学まわりでは、次の四冊をお勧めします。

『ねずみに支配された島』(ウィリアム・ソウルゼンバーグ)

『協力と罰の生物学』(大槻久)

『病原体はどう生きているか』(益田昭吾)

『生命世界の非対称性 自然はなぜアンバランスが好きか』(黒田玲子)

 最初の本は、世界各地の島々で行われている自然保護活動の最も血なまぐさい殲滅戦、「外来種根絶作戦」に焦点を当てたもの。読めば自然保護活動に対するイメージが一変するインパクト。生態系において頂点捕食者が果たしている役割を明らかにし生物多様性の危機に警鐘を鳴らした話題作『捕食者なき世界』の著者による二作目なので、まだ読んでない方は二冊合わせて読んでみてほしい。

 二冊目は、生物界に広く見られる相互協力、共生関係という「心温まる美しい」システムが、実のところ「裏切り者」に対して与えられる苛烈な罰によって支えられている、ということを明らかにしたもの。生物の利他行動に対するイメージが変わります。

 三冊目は、病原体を「私たちを病気にするために存在する悪意の存在」と見なすのではなく、生存するために様々に工夫している「私たちと同じ生物」と見なす観点から「理解」することで、新たな治療方針を探るもの。例えば、コレラはコレラ菌にとってどういう意義があるのか、という問いかけの重要さを教えてくれます。

 四冊目は、生命は分子レベルで見るとなぜ圧倒的な非対称性を持つのか、その本質的な理由を解説したもの。ちなみに私が高校で学んだときは「光学異性体」と呼ばれていたのですが、現代ではエナンチオマーと呼び、そしてエナンチオマーがあるという性質をキラリティと呼ぶのだそうです。自分が受けた教育が完全に時代後れになっていることを用語レベルで思い知らされました。余談すまん。

 生物学というより博物学の本としては、まずは次の三冊。

『ほとんど想像すらされない奇妙な生き物たちの記録』(カスパー・ヘンダーソン)

『謎の絶滅動物たち』(北村雄一)

『毒きのこ 世にもかわいい危険な生きもの』(新井文彦:写真)

 最初の本は、ボルヘスの『幻獣辞典』に触発されて書かれたという、生物の知られざる能力を軸として縦横無尽に語られる動物寓意譚集。たじろぐほどの話題の広さ。歴史からテクノロジーまでどんどん跳んで行く話の流れに、ついてゆくのが精一杯。

 二冊目は、巨大動物を中心として、絶滅した動物たち45種を掲載した図鑑です。マンモス、サーベルタイガー、マストドン、ドードー、ジャイアントモア。お馴染み感が強いのですが、実はよく分かってないことが多いということを知りました。

 三冊目は、毒きのこ図鑑、あるいは毒きのこ写真集。可愛らしい姿に激烈な毒。そのアンバランスさが魅力的。

 大きな図鑑あるいはビジュアル本としては、次の二冊でしょう。

『信じられない現実の大図鑑』(ドーリング・キンダースリー)

『ヴィジュアル版 人類が解けない科学の謎』(ヘイリー・バーチ、マン・キート・ルーイ、コリン・ステュアート)

 前者は、様々なデータを美しいビジュアルで表現したサイエンス本。木星のなかに地球をぎっしり詰め込んでみる。サハラ砂漠の砂丘のなかにエッフェル塔を埋めてみる。人間が一生で吐く息を気球に詰めて浮かべてみる。ヒッコリー松の幹に人類史年表を書き込んでみる。あらためて、イラストレーションってすごいと思います。

 後者は、物理学、天文学、生物学、医学、数学、そして社会とテクノロジーに関する主要な未解決問題を20問取り上げ、概要から最先端の研究まで多数の写真とイラストを用いて解説してくれる全ページフルカラーの豪華サイエンス本。ほとんど全てのページにカラー写真やイラストが掲載されており、眺めているだけでも楽しめます。

 最後に、心理学、医学に関する興味深い三冊。

『オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険』(鈴木光太郎)

『見てしまう人びと 幻覚の脳科学』(オリヴァー・サックス)

『本当にあった医学論文』(倉原優)

 最初の本は、心理学における「神話」を取り上げて批判する一冊。狼に育てられた少女が発見された、サブリミナル効果でコーラの売上が激増した、ホピ族の人々は時間の概念を持たない、プラナリアは食べた仲間の記憶を引き継ぐ……。明確な根拠がない、さらには既に否定された説が、何度もよみがえり、ときに教科書にさえ載ってしまうのはなぜかを追求してゆきます。

 二冊目は、脳神経障害が引き起こす奇妙な症例について書き続けてきたオリヴァー・サックスの最新作。視力を失った患者にも「見える」幻覚、シャルル・ボネ症候群。視覚のみならず五感すべてで感じられ現実と区別がつかないほどはっきりとした幻覚。様々な幻覚症状の実例を通じて、脳が「現実」を作り出す機能の深淵に迫ります。

 三冊目は、医学論文から珍品を選んで紹介してくれる本。珍しい症例、当たり前のことを仰々しく調査した研究、気になる実験など、様々な医学ネタが楽しめます。肛門にウシの角を挿入した症例、長時間ぶっ続けでカラオケを歌うと声が嗄れることを実証した研究、ハリー・ポッターの頭痛をめぐる大論争、人種差別を減少させる薬の臨床試験結果など。


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2014年を振り返る(6) [教養・ノンフィクション] [年頭回顧]

2014年を振り返る(6) [教養・ノンフィクション]

 2014年に読んだノンフィクションのうち、印象に残ったものについてまとめてみます。なお、あくまで「2014年に私が読んだ」という意味であって、出版時期とは必ずしも関係ありません。

 妖怪ブームの一年でしたが、妖怪まわりで非常に面白かったのが次の二冊です。

『ブラジル妖怪と不思議な話50』(野崎貴博)

『現代台湾鬼譚 海を渡った「学校の怪談」』(伊藤龍平、謝佳静)

 前者はブラジルで言い伝えられている怪異譚を収録した一冊ですが、何しろラテンアメリカの妖怪すげえ。その文化ギャップに愕然としたり、意外に身近な妖怪の親戚がいたり(例えばトイレのロイラさん)、どきどきしながら読みました。

 後者は台南の学生たちに対する聞き取りを中心としたリサーチにより、現代台湾における「学校の怪談」を、特に対日比較という観点から明らかにしていく本です。その微妙な距離感には興奮。

 妖怪とは別に、身近にある異界という点で次の二冊も興味深いものでした。

『池袋チャイナタウン 都内最大の新華僑街の実像に迫る』(山下清海)

『魔女の世界史』(海野弘)

 前者は、池袋駅北口に形成された「見えない中華街」、知られざる都内最大のチャイナタウンの歴史と現状を詳細にレポートしてくれる本です。やや内容が古くなっているので、続編あるいは更新版が望まれます。

 後者は、現代〈魔女カルチャー〉の起源と変遷を追った一冊。19世紀末に現れた新しい魔女のイメージが、フェミニズムやニューエイジ、近代オカルティズムとも連動しながら、70年代に新魔女運動(ネオペイガニズム)として花開き、今もなお〈ゴス〉文化を通じて息づいている様を要領よくまとめてくれます。いわゆる西洋近代オカルト史の本が、いかに男性中心視点で書かれてきたか痛感させられます。

 その他、次の二冊も良かった。

『うわさとは何か ネットで変容する「最も古いメディア」』(松田美佐)

『石油の「埋蔵量」は誰が決めるのか? エネルギー情報学入門』(岩瀬昇)

 前者は、関東大震災当時の流言から現代のネット都市伝説まで、「うわさ」の流布について俯瞰した一冊。後者は石油の「埋蔵量」が時代とともにどんどん増えてゆくのはなぜか、という話題から、日本のエネルギー問題について語る本です。

 さて、翻訳本としては、まず次の二冊が素晴らしかった。

『バンヴァードの阿房宮 世界を変えなかった十三人』(ポール・コリンズ)

『スエズ運河を消せ トリックで戦った男たち』(デヴィッド・フィッシャー)

 前者は、偉大な業績を成し遂げながら、今では完全に忘れ去られてしまった人々の驚異と感動の実話集です。世界最長のパノラマ画で巨額の富を稼いだ者、シェイクスピアの未発見原稿を偽造した者、ニューヨークに空圧式地下鉄を敷設した者、地球空洞説、N線、青色光療法、シェイクスピア=ベーコン説、史上初の宇宙人ブームを巻き起こした男など。もう、目茶苦茶に面白い。

 後者は、北アフリカ戦線でロンメル軍団に対して連合軍が駆使した様々な偽装、カモフラージュ作戦を指導したステージ・マジシャン、「戦場の魔術師」ことジャスパー・マスケリンの伝記小説です。一応、実話ということになっていますが、あまりに面白すぎてちょっと信じられません。

 他に、次の二冊も感動的でした。

『カタツムリが食べる音』(エリザベス・トーヴァ・ベイリー)

『月をマーケティングする アポロ計画と史上最大の広報作戦』(デイヴィッド・ミーアマン・スコット、リチャード・ジュレック)

 前者は、難病で寝たきりになり絶望していた著者が、一匹のカタツムリと心を通わせ、その神秘に触れることで、生きる力を取り戻してゆくまでを描いた感動の手記。泣けます。

 後者は、アポロ計画におけるマーケティングとPRの実態を描いたノンフィクション。NASAはどうやって「人類を月に送り込む」というアイデアを納税者たちに途方もない高値で売り込むことが出来たのか。知られざる角度からアポロ計画の全貌に光が当てられる様には大興奮です。

 どういうわけか、犯罪まわりの本に収穫が多かった一年でした。特に次の二冊はお勧めです。

『食品偽装の歴史』(ビー・ウィルソン、高儀進:翻訳)

『万引きの文化史』(レイチェル・シュタイア)

 前者は、生産者、商人、消費者、政府、科学者、消費者運動家が、ときに闘い、ときに共謀しながら、作り上げてきた食品偽装の歴史を詳しく解説する一冊です。1820年代の英国、1860年代の米国、そして現代の中国。繰り返される食品偽装の根底には何があり、どうすれば対策できるのか。英国の著名フードライターが情熱を傾けて真摯に語ります。素晴らしい。必読。

 後者は、万引きという軽視されがちな犯罪について書かれた一冊。犯罪なのか、窃盗症(クレプトマニア)という病気なのか、それともカウンターカルチャー運動の一種なのか。様々な角度からこの犯罪を分析してゆきます。個人的には、万引き依存症の人々が語る生々しい肉声に大きなインパクトを覚えました。

 犯罪といえば、次の二冊も面白い。

『美術品はなぜ盗まれるのか ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い』(サンディ・ネアン)

『世界が驚いた科学捜査事件簿』(ナイジェル・マクレリー)

 前者は、ターナー盗難事件の当事者が、盗まれた絵画を取り戻すまでの8年半にも及ぶ長い苦難を語る本です。さらに、換金が困難であるにも関わらず高名な美術品が盗まれるのはなぜか、また世間に広まっている「美術品窃盗団」のイメージがどれほど実態からかけ離れているか、なども丁寧に解説されます。

 後者は、科学捜査技術の歴史を紹介する一冊です。銃弾、指紋、微細小片、毒物、血液、そしてDNA。犯行現場に残されたものから被害者の身元や犯人を特定する技術がどのようにして発展してきたのかを、実際の事件ベースに紹介します。

 最後に、図鑑あるいは画集として次の一冊をお勧めしておきます。

『錯視芸術図鑑 世界の傑作200点』(ブラッド・ハニーカット、テリー・スティッケルズ)

 古今東西の錯視を利用した芸術作品から選び抜かれた200点の傑作を収録したフルカラー画集。最近流行りの「目も眩むような錯視図形」ではなく、あくまで芸術性を基準に選ばれた作品が集められており、その静かな美しさには圧倒かつ幻惑されます。


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2014年を振り返る(5) [随筆・紀行・ルポ] [年頭回顧]

2014年を振り返る(5) [随筆・紀行・ルポ]

 2014年に読んだ随筆などのうち、印象に残ったものについてまとめてみます。なお、あくまで「2014年に私が読んだ」という意味であって、出版時期とは必ずしも関係ありません。

 まず、何と言っても次の一冊は大きな衝撃。

『オオカミの護符』(小倉美惠子)

 一枚の護符から土地の歴史と基層信仰をめぐる壮大な探索の旅が始まるという興奮の一冊で、自分が属しているものの根っこを見つめる感激と敬虔さに包まれます。

 世界の文化的多様性について考えさせられた三冊は次の通り。

『dress after dress クローゼットから始まる冒険』(中村和恵)
『日本語に生まれて 世界の本屋さんで考えたこと』(中村和恵)
『いま、世界で読まれている105冊 2013』(テン・ブックス編)

 衣服、書物、言葉を通じて、様々な文化とのめぐり合いが描かれ、心の中の欧米中心主義的世界観が粉々に打ち砕かれてゆきます。

 異文化との出会いから、日本語と日本文化を見つめなおす、次の一冊もスリリングでした。

『英語でよむ万葉集』(リービ英雄)

 英語を母語としながらあえて日本語で書き続けている作家、リービ英雄さんが、自身が行った英訳を通じて万葉集の魅力を語った一冊です。日本語の凄味、そして翻訳というものの奥深さを、垣間見ることが出来ます。

 いわゆる日本社会の「右傾化」が危惧された年でしたが、そのような傾向はたまたま「ここ数年の流行」というわけでもありません。自身の体験を通じて、その歴史を探る二冊を興味深く読みました。

『未来の記憶は蘭のなかで作られる』(星野智幸)

『右翼と左翼はどうちがう?』(雨宮処凛)

 過去に遡りながら病根を見つけようと懸命にもがく前者、左右のガチ活動家が本音を語る後者(「14歳の世渡り術」シリーズの一冊)、どちらもお勧めです。

 作家や歌人による、割と気軽に読めるエッセイ集としては、次の三冊がものすごく面白かった。

『ダメをみがく “女子”の呪いを解く方法』(津村記久子、深澤真紀)

『やりたいことは二度寝だけ』(津村記久子)

『蚊がいる』(穂村弘)

 個人的に津村記久子さんの小説が大好きなので、エッセイや対談も楽しめました。いっぽう、歌人の穂村弘さんは自身の内気さ引っ込み思案を強くアピールしてくれましたが、まあ、いつもの通り思わず笑ってしまいます。

 冒険作家、高野秀行さんの本は次々と電子書籍化されました。この機会にと、古めの作品を読んでみましたが、やっぱり面白いです。

『ワセダ三畳青春期』(高野秀行)

『腰痛探検家』(高野秀行)

 デビュー作である前者の青春汁どばどばっぷりも素敵ですが、個人的には「奇跡の腰痛治療、という暗黒大陸」を彷徨い遭難し続ける超常的紀行文というべき後者がインパクト大でした。


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2014年を振り返る(4) [詩歌] [年頭回顧]

2014年を振り返る(4) [詩歌]

 2014年に読んだ詩集・歌集のうち、印象に残ったものについてまとめてみます。なお、あくまで「2014年に私が読んだ」という意味であって、出版時期とは必ずしも関係ありません。

 まず、インターネットを通して見える世界を思わずはっとするような新鮮な言葉で表現してくれた『やねとふね』(河野聡子)、いわゆる女子ポエムの叙情性にどれだけのことが出来るかその可能性を見せつけてくれた『死んでしまう系のぼくらに』(最果タヒ)、一読するやその「声」から逃れられなくなるほど強力な存在感を放つ『隣人のいない部屋』(三角みづ紀)の三冊が、個人的にお気に入り。

 語感というものを執拗に追求することから笑いが生まれる『月の裏側に住む』(高柳誠)、言葉のリズムでどこまでゆけるか挑戦したような『眠れる旅人』(池井昌樹)もいいなあ。

 記憶の不思議さ、「事実」のあやふやさを突いてくる『偽記憶』(入沢康夫)は、むしろオカルト本として読むことでぞくぞくするような楽しさ。怪談系の詩集としては、『MU』(カニエ・ナハ)も、装幀含めて相当に怖かった。でもどこか懐かしい気持ちにもなりました、ムーだけに。

 怖い詩集という観点では、『現代詩文庫197 中本道代詩集』(中本道代)のじわじわ迫ってくる怖さは“もう戻れない”レベルで、まじびびり、ました。

 読者を無常観でくるんでしまう『瑞兆』(粕谷栄市)、死というものを真っ直ぐに見つめた『空の水没』(渡辺みえこ)、とぼけたイメージをしれっと書いてみせた『海町』(岩佐なを)、人間として社会生活を送らなければならないことに何だか疲れてしまったという気持ちを生き生きと表現した『なりたいわたし』(和田まさ子)、も素敵でした。

 『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら』(川口晴美)は、まだ全体の1/3くらいしか電子書籍化されてないので見通せないのですが、言葉と写真の見事なコラボレーションから生み出されるミステリ長篇詩として注目しています。早く続きを出してほしい。

 さて、短歌集としては、表現に関してまっすぐで一所懸命なところに限りなく惹かれる『春戦争』(陣崎草子)、SFのイメージを効果的に使ってきた『薄い街』(佐藤弓生)、切り込む鋭いユーモアで何かを問うてくるような『えーえんとくちから 笹井宏之作品集』(笹井宏之)が、個人的にお気に入り。

 何のためらいもなく若さ全開の歌集として、『緑の祠』(五島諭)と『さよならバグ・チルドレン』(山田航)、もう青春まみれ。

 不思議な感覚でちょっとだけ怖い感じがする『世界が海におおわれるまで』(佐藤弓生)、切なさと変さがほどよくブレンドされた『東直子集』(東直子)と『愛を想う』(東直子)も素晴らしかった。


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