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『機械より人間らしくなれるか? AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる』(ブライアン・クリスチャン、吉田晋治:翻訳) [読書(教養)]

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チューリングテストについて書かれた実用書のほとんどが優れたボットの作り方に関する本で、あとは優れた審判員になる方法について書かれたものがごく少数あるだけだ。だが、優れたサクラになる方法について書かれた本はどこにもない。(中略)
究極の問いは、言うまでもなく、「人間らしいとはなにを意味するのか」というものになった。チューリングテストは、僕たち人間自身についてなにを教えてくれるのだろうか。
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文庫版p.37、39

 AI(人工知能)が「真に思考しているか否か」を判定するために行われるチューリングテスト。2009年の大会に参加した著者は、審判に自分が「人間らしい人間」であることをアピールすることで、AIを打ち負かそうとする。しかし、そもそも「人間らしさ」とは何なのか。どうやれば他人にそれを認めさせることが出来るのだろう。こうして、哲学的な問いとの格闘が始まった。

 人工知能との対比により人間らしさの本質を追求する異色の哲学書。単行本(草思社)出版は2012年5月、文庫版出版は2014年10月です。


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チューリングは、2000年までにコンピュータが五分間の会話で30パーセントの審判員を騙せるようになり、したがって「機械は考えることができると発言しても反論されなくなる」と予言した。
 チューリングの予言はいまだに実現していない。だがイギリスのレディングで開催された2008年の大会では、最上位のプログラムがこの30パーセントという基準をクリアするまであと一票に迫った。ブライトンで開催される2009年の大会こそが、ターニングポイントになる可能性があった。
 そして、僕はその大会に四人のサクラの一人として参加して、優秀なAIプログラムと頭と頭(頭とマザーボードと言うべきだろうか?)を突き合わせて対決しようとしているのだ。
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文庫版p.21


 審判がAIおよび人間と、文字情報だけの会話(チャット)を行い、相手がどちらであるか判定する。30パーセント以上の確率で「人間」だと「誤審」されたAIは、「真に思考している」ものと見なせる。これがチューリングテストの概要です。

 2009年の大会に人間として、つまり「サクラ」として出場することになった著者は、そのための準備に取り組みます。目標は、人間らしい人間として会話すること。


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この会話で僕に課せられている課題は、これまで僕に与えられたどんな課題よりも変わっている。
 審判員に僕が人間であると認めさせるのだ。
 幸いなことに、僕は本当に人間だ。だが残念なことに、その事実がどう役に立つかはわからない。(中略)
僕らは一体どうすれば----大会に限らず生活のなかでも----最も人間らしい人間になれるのだろうか。
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文庫版p.20、23


 こうして、人間らしさ、人間らしい会話、を求める思索が始まります。本書の大半は、この問いをめぐる様々なトピックに占められており、実のところチューリングテストの件はむしろ導入に過ぎません。

 アイデンティティの一貫性、身体性、芸術性、創造性、定跡から外れること、目的なしに実存すること、会話のタイミング、相手の発言を先読みして割り込むこと、相手が会話を続けられるように配慮すること、会話によって自ら変化してゆくこと。

 こうした論点が一つ一つ検討され、ナンパの定跡化からシャノンの情報理論まで、様々な話題が繰り出されてゆきます。そして、皮肉なことに、AIの発展こそが「人間とはなにか」を明らかにしつつある、ということが次第に分かってきます。


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コンピュータは、人間が人間らしくあるために必要なものをほとんど持っていないにもかかわらず、間違いなく人間しか持たないはずのものを持っているのだ。それも、人間よりも多く。僕ら人間は、これをどう判断すればよいのだろう。この事実は、人間の自我にどんな影響を与え、人間の自我からどんな影響を受けてきたのだろうか。(中略)
たぶん人間は、AI時代が幕を開けたいまになってようやく、人間自身を再び中心に置けるようになりはじめている。
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文庫版p.98、132


 というわけで、「人間とはなにか」という哲学的、それどころか形而上学的にすら感じられる古い問題を、「数か月後に開催されるチューリングテストで、サクラとして優勝するために具体的にどんな戦術が有効か」という、この上なく実践的な問いとして追求した、異色の哲学書です。

 なお、AI技術やボットのアルゴリズムについては最小限しか書かれていないので、そちらに期待すると落胆することになります。

 では、チューリングテストにAIが合格する日はやってくるのでしょうか。シンギュラリティおやじ、レイ・カーツワイルは、そのときを2020年と想定しています。でも、ウィキペディアの「チューリングテスト」の項目を読むと、あっさりこう書かれていたり。

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2014年6月7日、ロンドンのテストに「13歳の少年」の設定で参加したロシアのスーパーコンピューターが、30%以上の確率で審査員らに人間と間違われて史上初めての「合格者」となった。
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Wikipedia日本語版より「チューリング・テスト」(2015年1月現在)


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