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2014年を振り返る(7) [サイエンス・テクノロジー] [年頭回顧]

2014年を振り返る(7) [サイエンス・テクノロジー]

 2014年に読んだサイエンス・テクノロジーまわりの本のうち、印象に残ったものについてまとめてみます。なお、あくまで「2014年に私が読んだ」という意味であって、出版時期とは必ずしも関係ありません。

 まず数学関連では、次の二冊に感銘を受けました。

『直感を裏切る数学』(神永正博)

『四色問題』(ロビン・ウィルソン)

 前者は、私たちの直感を鮮やかに裏切ってくれる数学問題の数々を収録した一冊。立方体に穴を開けて、その立方体よりも大きい立方体を通すことが出来る、期待値マイナスのゲームを二つプレイし続けることで期待値プラスに出来るなど、驚きが詰まっています。

 後者は、「四色あれば平面上の地図を塗り分けられる」という有名な四色問題の発見から解決までの歴史を解説。コンピュータを駆使した「ちからわざ」の解決をめぐる数学界の大騒ぎを興味深く読みました。

 続いて物理学。知っているようで知らなかったことを教えてくれる次の二冊が素晴らしい。

『SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか』(スティーヴン・ストロガッツ)

『量子的世界像101の新知識 現代物理学の本質がわかる』(ケネス・フォード)

 前者は、自然界に広く見られる同期現象について探求する一冊。非線形物理に関する私たちの理解がどれほど未熟であるか、という認識には目眩のような驚きがあります。万物理論が完成すれば物理学は終わる、などと思っている人に読んでほしい。

 後者は、素粒子理論、量子物理学の本質を教えてくれる入門書です。専門用語と数式の束で圧倒してくる教科書でもなく、二重スリットや猫虐待の例え話で何となく誤魔化してしまう通俗書でもなく、本質をきちんと伝えて理解させるという困難な道を選び、それに成功した希有な一冊。

 情報技術まわりでは、次の二冊がお気に入り。

『クラウドからAIへ』(小林雅一)

『インフォメーション 情報技術の人類史』(ジェイムズ・グリック)

 前者は、現在のAI(人工知能)がなぜ急激に発達しているのか、それは世界をどう変えるのか、といった流行りの議論の入門書。確率統計に基づくアプローチ、ビッグデータとの関連、巨額の開発投資によりIT企業は何を目指しているのか、そして見えてきたシンギュラリティ(技術的特異点)。基本を押えておきたい方にお勧めします。

 後者は、人類の文明史を「情報がみずからの本質に目覚めていく物語」として再構成してみせる大作。「情報」を明瞭に定義し、定量化し、その本質を明らかにした「シャノンの情報理論」がどのような意義を持っていたのかを、様々なトピックを通じて明らかにしてゆきます。これは眠れなくなるほどの面白さ。

 他に、コンピュータ技術の本としては、実際に使われている様々なアルゴリズムの本質を分かりやすく解説してくれる『世界でもっとも強力な9のアルゴリズム』(ジョン・マコーミック)も楽しめました。

 テクノロジーまわりでは、次の三冊が良かった。

『宇宙人の探し方 地球外知的生命探査の科学とロマン』(鳴沢真也)

『素粒子で地球を視る 高エネルギー地球科学入門』(田中宏幸、竹内薫)

『1秒って誰が決めるの? 日時計から光格子時計まで』(安田正美)

 最初の本は、日本ではまだほとんど知られていない、可視光による地球外知的生命探査「光学(オプティカル)SETI」を中心に、SETIの最新情報を専門家が分かりやすく解説したもの。実際に著者が関わったSETIプロジェクトについて詳しく紹介されているのがミソです。読むと長生きしたくなる一冊。

 二冊目は、宇宙から降り注ぐ高エネルギー素粒子を利用してピラミッドなどの巨大建造物、火山、さらには地球や火星の内部構造までを「透視」するミュオグラフィ技術を中心に、高エネルギー地球科学の最新状況を解説したもの。「南極の氷床全体をニュートリノ検出器にして、地球透過ニュートリノをとらえる」といった、実際に進められている大型プロジェクトの紹介には大興奮。

 三冊目は、時間を正確に計測する、1秒を厳密に定義する、という究極目標に向けて突き進む最先端テクノロジーを専門家が平易に紹介する本。クライマックスとなるイッテルビウム光格子時計の解説はすごい。どきどきします。

 他に、『絵でわかるロボットのしくみ』(瀬戸文美)はごくありふれたロボット工学入門書のように見えますが、ロボット構成パーツから動作原理まで、全て「猫のイラスト」で説明するという前代未聞の仕掛けが楽しめました。

 材料工学まわりでは、次の三冊ですね。

『透明マントを求めて 天狗の隠れ蓑からメタマテリアルまで』(雨宮智宏)

『材料革命ナノアーキテクトニクス』(有賀克彦)

『生物に学ぶイノベーション 進化38億年の超技術』(赤池学)

 最初の本は、光を迂回させることで内部空間を光学的に消してしまうことも可能な超越物質、メタマテリアルが開発されるまでの歴史を解説したもの。いわゆる光学迷彩の可能性にトキメキ。

 二冊目は、原子や分子を制御する技術により、自然界には存在しないまったく新しい素材、新しい性質を持った物質を「建築」するナノアーキテクトニクスと新素材開発の最前線を紹介したもの。本格ナノテク時代、すでに始まってたな、という感慨。

 三冊目は、生物が進化によって獲得してきた能力を模倣して開発された科学技術、バイオミミクリー(生物模倣)の最前線を紹介するもの。やはり何十億年もかけて磨かれてきた技術はすごい。

 生物学まわりでは、次の四冊をお勧めします。

『ねずみに支配された島』(ウィリアム・ソウルゼンバーグ)

『協力と罰の生物学』(大槻久)

『病原体はどう生きているか』(益田昭吾)

『生命世界の非対称性 自然はなぜアンバランスが好きか』(黒田玲子)

 最初の本は、世界各地の島々で行われている自然保護活動の最も血なまぐさい殲滅戦、「外来種根絶作戦」に焦点を当てたもの。読めば自然保護活動に対するイメージが一変するインパクト。生態系において頂点捕食者が果たしている役割を明らかにし生物多様性の危機に警鐘を鳴らした話題作『捕食者なき世界』の著者による二作目なので、まだ読んでない方は二冊合わせて読んでみてほしい。

 二冊目は、生物界に広く見られる相互協力、共生関係という「心温まる美しい」システムが、実のところ「裏切り者」に対して与えられる苛烈な罰によって支えられている、ということを明らかにしたもの。生物の利他行動に対するイメージが変わります。

 三冊目は、病原体を「私たちを病気にするために存在する悪意の存在」と見なすのではなく、生存するために様々に工夫している「私たちと同じ生物」と見なす観点から「理解」することで、新たな治療方針を探るもの。例えば、コレラはコレラ菌にとってどういう意義があるのか、という問いかけの重要さを教えてくれます。

 四冊目は、生命は分子レベルで見るとなぜ圧倒的な非対称性を持つのか、その本質的な理由を解説したもの。ちなみに私が高校で学んだときは「光学異性体」と呼ばれていたのですが、現代ではエナンチオマーと呼び、そしてエナンチオマーがあるという性質をキラリティと呼ぶのだそうです。自分が受けた教育が完全に時代後れになっていることを用語レベルで思い知らされました。余談すまん。

 生物学というより博物学の本としては、まずは次の三冊。

『ほとんど想像すらされない奇妙な生き物たちの記録』(カスパー・ヘンダーソン)

『謎の絶滅動物たち』(北村雄一)

『毒きのこ 世にもかわいい危険な生きもの』(新井文彦:写真)

 最初の本は、ボルヘスの『幻獣辞典』に触発されて書かれたという、生物の知られざる能力を軸として縦横無尽に語られる動物寓意譚集。たじろぐほどの話題の広さ。歴史からテクノロジーまでどんどん跳んで行く話の流れに、ついてゆくのが精一杯。

 二冊目は、巨大動物を中心として、絶滅した動物たち45種を掲載した図鑑です。マンモス、サーベルタイガー、マストドン、ドードー、ジャイアントモア。お馴染み感が強いのですが、実はよく分かってないことが多いということを知りました。

 三冊目は、毒きのこ図鑑、あるいは毒きのこ写真集。可愛らしい姿に激烈な毒。そのアンバランスさが魅力的。

 大きな図鑑あるいはビジュアル本としては、次の二冊でしょう。

『信じられない現実の大図鑑』(ドーリング・キンダースリー)

『ヴィジュアル版 人類が解けない科学の謎』(ヘイリー・バーチ、マン・キート・ルーイ、コリン・ステュアート)

 前者は、様々なデータを美しいビジュアルで表現したサイエンス本。木星のなかに地球をぎっしり詰め込んでみる。サハラ砂漠の砂丘のなかにエッフェル塔を埋めてみる。人間が一生で吐く息を気球に詰めて浮かべてみる。ヒッコリー松の幹に人類史年表を書き込んでみる。あらためて、イラストレーションってすごいと思います。

 後者は、物理学、天文学、生物学、医学、数学、そして社会とテクノロジーに関する主要な未解決問題を20問取り上げ、概要から最先端の研究まで多数の写真とイラストを用いて解説してくれる全ページフルカラーの豪華サイエンス本。ほとんど全てのページにカラー写真やイラストが掲載されており、眺めているだけでも楽しめます。

 最後に、心理学、医学に関する興味深い三冊。

『オオカミ少女はいなかった 心理学の神話をめぐる冒険』(鈴木光太郎)

『見てしまう人びと 幻覚の脳科学』(オリヴァー・サックス)

『本当にあった医学論文』(倉原優)

 最初の本は、心理学における「神話」を取り上げて批判する一冊。狼に育てられた少女が発見された、サブリミナル効果でコーラの売上が激増した、ホピ族の人々は時間の概念を持たない、プラナリアは食べた仲間の記憶を引き継ぐ……。明確な根拠がない、さらには既に否定された説が、何度もよみがえり、ときに教科書にさえ載ってしまうのはなぜかを追求してゆきます。

 二冊目は、脳神経障害が引き起こす奇妙な症例について書き続けてきたオリヴァー・サックスの最新作。視力を失った患者にも「見える」幻覚、シャルル・ボネ症候群。視覚のみならず五感すべてで感じられ現実と区別がつかないほどはっきりとした幻覚。様々な幻覚症状の実例を通じて、脳が「現実」を作り出す機能の深淵に迫ります。

 三冊目は、医学論文から珍品を選んで紹介してくれる本。珍しい症例、当たり前のことを仰々しく調査した研究、気になる実験など、様々な医学ネタが楽しめます。肛門にウシの角を挿入した症例、長時間ぶっ続けでカラオケを歌うと声が嗄れることを実証した研究、ハリー・ポッターの頭痛をめぐる大論争、人種差別を減少させる薬の臨床試験結果など。


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