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『ビットとデシベル』(フラワーしげる=西崎憲) [読書(小説・詩)]

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世のすべてはあるコヨーテの首に巻きつけた紙に書いておいたどのコヨーテかは忘れた
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ついに店の金に手をつけた夜うしろから声がしてぼくだよのび太くん
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猫の酒場でうちの猫が泥酔し背負ってつれて帰った春の宵のこと
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犬はさきに死ぬ みじかい命のかわいい生き物 自分はいつか死ぬ みじかい命のかわいい生き物
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 いきなり告げられる世界の真実。吹き荒れる社内生活。静かにたたずむセックス&バイオレンス。個性みなぎるパワーラッシュの第一歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2015年7月です。


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ここから先の歌はくだらないので読む必要はない
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 西崎憲さんがフラワーしげる名義で出した第一歌集です。世の中には詩歌でしか語れない真実というものがあるそうですが、まずはいきなり世界の真実を告げられる系の作品から。


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ああ神も敵もきみのなかにしかいないのだと水に沈んでいきながら犬は言う
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世のすべてはあるコヨーテの首に巻きつけた紙に書いておいたどのコヨーテかは忘れた
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あの舗道の敷石の右から八つ目の下を掘りかえすときみが忘れたものが全部入っていて、で、その隣が江戸時代だ
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きみが生まれた町の隣の駅の不動産屋の看板の裏に愛の印を書いておいた 見てくれ
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 そんなこと突然いわれても困るというか。

 他にも、いきなり自分語りというパターンにもインパクトがあります。


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望んで生まれたわけではないと蛇口が言い 捻れば水の出る
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世のなかは楽しいことばかりだと便器がいい口を開けて小便を飲む
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おれか おれはおまえの存在しない弟だ ルルとパブロンでできた獣だ
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おれをみろおれをわらえすっきりしろおれはレスラーだ技はあまり知らない
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ぼくらはシステムの血の子供 誤字だらけの辞令を持って西のグーグルを焼きはらう
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ぼくの名前はリスニングミュージックだ きみのために中央区にきた
宇宙はどこ?
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 関わり合いになりたくないものばかり。

 一方で、会社員の日常生活と心象をリアルに表現した作品も数多く収録されています。


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資格はべつに要らなく 苦しみながらみんな行ってしまう(笑) 死と暴力 ア・ゴーゴー
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作家になるつもりで暗い道を歩きながらちくしょうちくしょうと繰りかえして
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明日の午後このカフェで事故が起こりますと書いた紙を置いて出る
犯罪ではないと思いながら
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若い同僚の襟から手をこじいれて乳房を?みたいと思う会議室の朝
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じゃあ、成功した友人を憎んで失脚させたいと思ったことのある人は用紙に○をしてください
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くだんがまだ予言しそうにないので蕎麦を喰っていたら歓声があがってちくしょう予言しやがった
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資料室の蛍光灯は切れて暗いままで午後を過ごすぼくは鳥葬はいやだ
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棄てられた椅子の横を通りすぎる 誰かがすわっているようで振りむけない
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金持ちよどんなに金をつかっても治らない難病で苦しみながら死んでいってほしい子供のほうには罪はない
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何だっけ映画に出てくる動物の名前 何だっけ動物の種類 何だっけ動物って
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失踪した課長たちが会議室に隠れていて踏みこむと悲鳴をあげて逃げる
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もう課長は自分が課長だったことを忘れている総務の女の胸は片方丸出しだ
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 貴社だいじょうぶですか。

 そして、個人的な愛着を感じるのが、動物またはその類が出てくる作品。


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さくら券ありますと書かれた屋台には誰もいず犬も眠ったまま
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万策尽きたれば金色(こんじき)の僧あらわれてそれは栗というものなり
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かくのごとく卑劣な日の性欲も食欲もつねと変わらずねえムーミン
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ついに店の金に手をつけた夜うしろから声がしてぼくだよのび太くん
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生活がやってきて道の犬猫が差しだす小さく使えないお金
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猫の酒場でうちの猫が泥酔し背負ってつれて帰った春の宵のこと
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犬はさきに死ぬ みじかい命のかわいい生き物 自分はいつか死ぬ みじかい命のかわいい生き物
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さくら券売りきれましたといつのまにか書かれていて犬もいなくなった
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 この他に、即物的な性欲みなぎる作品も数多く収録されていますが、これは省略。

 というわけで、何と言っても個性炸裂、パワーあふれる歌集です。初手からとばしまくりというか、第二歌集にも期待大というか、ちょっとこわい。


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『モーヴ色のあめふる』(佐藤弓生) [読書(小説・詩)]

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感触は足が忘れるだろうけどごめんなさいごめんなさいみみず
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霽月になめくじたちがなめにくるこよいわたしはこんなに茸
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またも春、月の地層にさかしまのハルキゲニアはうたっているか
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 SFと怪談と奇妙な味の三種混合ワクチン。怖くて、謎めいていて、しかもどこか妙におかしい、魅惑の歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2015年6月です。


 個人的に、佐藤弓生さんの短歌には「隠れSF」を感じてしまうのですが、他の読者はどうなんでしょうか。例えば、次のような作品。


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産む雨の地表に届くことなきをかなしまず美の女神にあれば
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 金星の硫酸雨を詠んでいる、としか思えないのです、私には。しかも、そんなSFテイストをこっそり隠して目配せしている気配まで感じて、そこに味わいがあるなあ、SFは秘してこそだなあ、などと勝手に思ったり。


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薔薇十四、五本をくるむ〈溶融〉の文字あたらしい新聞紙にて
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 こちらも、原発事故が題材なのでしょうが、むしろ終末SFの雰囲気が漂っていると感じます。

 月を題材にした歌が百首収録されていますが、そのなかにもSFテイストがあちこちに。


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有史よりつわものどもの腕や脚あまたうずめて月の裏側
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またも春、月の地層にさかしまのハルキゲニアはうたっているか
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されこうべひとつをのこし月面の静かの海にしずかなる椅子
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ひさかたの月探査機のあしあとの鳥のごときを思えばわらう
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月光に削がれ削がれていつの日かいなくなるときわたしはきれい
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 一方で、怪談派も負けてはいません。いや別に勝負してないけど。


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縊死、墜死、溺死、轢死を語りたり夕餉の皿に取り分くるごと
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そのとき人は生きているのだ ひとは、と口ひらくとき卵食うとき
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ふるさとの蠅の多さを語りつつ青年が割る〈かもめの玉子〉
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顔たちが壁にほほえむトレーラーハウスのむくろ残して夏は
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人は血で 本はインクで汚したらわたしのものになってくれますか
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日くれて四方(よも)はくらく いつよりか宝石(いし)を眼窩に嵌めた人びと
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まんまるな月ほどいては編みなおす手のやさしくてたれか死ぬ秋
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 怖いかといえばこわい。でも、どちらかといえば奇妙な味わいが先に立つような気がします。これがバイオホラー系になると、どちらかといえばブラックユーモア。


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感触は足が忘れるだろうけどごめんなさいごめんなさいみみず
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いのちもつ紐の気配に今宵わが素足の間(あい)をごきぶりゆけり
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土くれがにおう廊下の暗闇にドアノブことごとくかたつむり
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暗闇を泳ぐ生きものだったからまこをなくしたのねペニスは
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霽月になめくじたちがなめにくるこよいわたしはこんなに茸
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 というわけで、SFと怪談と奇妙な味という、個人的に惹かれてやまないものたちが、こう、ぎゅーっと詰まったような魅惑的な歌集です。とてもいい。


タグ:佐藤弓生
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『台湾時刻表 2015.5』(日本鉄道研究団体連合会) [読書(教養)]

  「わかりやすい、使いやすい、日式、総天然色」
  「対号・非対号列車を路線別・発着順に掲載」
  「台鉄・高鉄路線を、あの「ゆがんだ地図」で完全再現」
  「台鉄時刻表がすごく読みづらいので、勝手に作った同人誌です」

 さて、夏の台湾旅行も近づいてきたので「日式 台湾時刻表」の最新版を東方書店で購入しました。2015年5月号です。

 2015年(民國104年)4月13日のダイヤ改正に対応した、台湾の鉄道時刻表です。日本人が慣れ親しんできたJR時刻表にそっくりな体裁。あの「ゆがんだ地図」で表現された台湾島全体の路線図、その路線の上り下り毎に記載された索引ページ番号。該当するページを開けば、路線別・発着順に整理された列車毎の各駅への発着時刻が整然と表になっています。的確な色分けにより、視覚的把握も容易。すばらしい。

 なお、時刻表自体には日本語は使われていないので、台湾の読者にとっても有用ではないかと思います。

 特集は「[普悠瑪]知本延長運転」です。台北から花蓮を経由して知本温泉まで直通するプユマ号定期列車が運行開始(2015年3月)とのこと。

他にも以下のような情報が掲載されています。

 台湾の休日カレンダー、台北および高雄のMRT(地下鉄)路線図、台北駅構内図およびのりば案内図、台湾鉄路管理局営業案内、主な車両の席番配置図、列車変成のご案内、乗車券購入メモ(言葉が通じなくても、必要事項を書き込んで窓口で見せるだけで切符を購入できる書式)。さらには「日台直行便(航空便)」の一覧表も付いています。

 というわけで、日本人が台湾で鉄道に乗るとき、持っていると安心できる一冊。もちろん掲載情報は定期的に更新されるので、旅行直前に最新版を手に入れることをお勧めします。


タグ:台湾
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『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 2』(川口晴美:詩、芦田みゆき:写真、小宮山裕:デザイン) [読書(小説・詩)]

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Kindle版を完成品としたら、この【paper version 2】は、その完成の2段階ほど前の、デザイナー・小宮山の脳内と言ったらいいものかもしれません。(中略)そんな、ゆらゆらとあやうい状態こそが【双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら】というものなのかなという気がしていて、それを紙で形にしてみたら、こんな箱詰めのものたちになりました。
これらのものたちを最終形にするのは、「あなた」です。
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 2015年7月5日は、夫婦で江戸東京博物館に行って、第19回ポエケット(ポエトリー・マーケット、詩歌の同人誌即売会みたいなもの)に参加。事前情報で楽しみにしていた【双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 2】を購入しました。

 これは、Kindle電子書籍の形で連載されている長編詩と写真のコラボレーション『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら』(現時点でvol.4まで配信済。vol.6で完結する予定。読み始めるなら今がチャンスですよ)、その派生作品です。

 いわゆる二次創作とかスピンオフとかそういうのではなく、Kindle版制作途中のデザイナーさんの脳内状態を物質として具現化させたようなもの。


「双花町の作り方」(小宮山裕)より
http://kijinsha.blog40.fc2.com/blog-entry-906.html
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テキストはプリントアウトして手元に置き、
画像は一覧表示にして眺める。
これかな? あれかな?と、
脳内で組み合わせ、動かし、
脳内で誰にともなくいろいろと説明しつつ、
脳内で作っていく。
このとき、なるべくあやふやな部分がないようにしたいのだけど、
どうしてもどこにも当てはまらない写真や、
どの写真のイメージとも違う詩の言葉も出てきてしまう。
そういうときは、いくつかの違う説明を考えたり、
写真を入れ替えた案を考えたりする。
この作業がだいたい丸一日が二日間ぐらい。
ずーっと考えてる。考えて考え続ける。
脳内での作業だから、PCの前を離れても考えてる。
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 箱をあけると、Kindle版『vol.2』を構成しているテキストと写真が、様々な形をとって収められています。

 ホテルのルームキーに付いているタグのように、リングで束ねられたカードに記された「あなた」と「フロント係の若い女」との会話。パンフレットのように折り畳まれた「観光ガイド」。封筒に入れられた手書きの「手紙」(染みや汚れが丁寧についている)。書類の形をした「文書」(不穏な血痕付き)。領収書、メッセージカード、コースター、クリップでとめられた絵葉書数枚。いずれも写真とテキストが“完成版”とは別の形で組み合わされています。

 もしかしたら銀色の錠剤が数粒はいっているのではないか、と思って探しましたが、残念ながら封入されてませんでした。もちろん、気づかないうちに落としてしまった、という可能性は常にあります。

 取説(?)によると「テキストの順番や写真の組み合わせを変えて(中略)あなただけの「双花町」を作り上げてみてください」とのことですが、個人的にはむしろ雑然と机上に広げて眺めてみた感じが素晴らしいと思いました。写真とテキストの組み合わせが定まらず、デザインもまだゆらゆらとしている状態が、見事に物質化しています。

 さらに、購入時に三枚の写真を選ばせて同封する、という仕掛けが効いています。すなわち完全に同じセットを持っている人はたぶん他に誰もいない、自分だけの証拠品(?)が今、手元にあるわけで。なにこの、ぞくっとくる感じ、こわい。

 引き続き『vol.3』の【paper version3】も制作されるといいなあ、と思います。


タグ:川口晴美
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『エクソダス症候群』(宮内悠介) [読書(SF)]

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「いまの我々の目に、過去の医師たちは狂っているように映る。それは、取りも直さず、ありうべき未来の医師の目に、いまの我々が狂って映ることを意味する」
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Kindle版No.914

 強い脱出衝動を伴う精神疾患、エクソダス症候群。その集団発症という非常事態に直面した火星植民地の精神科医は、否応なしに「精神医療そのものの治療」という難題を突きつけられる。精神医療の再生にSFの手法で切り込んでゆく、新鋭の第一長篇。単行本(東京創元社)出版は2015年6月、Kindle版配信は2015年6月です。


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 都市部を、農村部を、沿岸部を、無色透明な不安が覆っている。
 人々はそれを、正気の暗闇と呼び習わす。人類は病を克服したのではなく、新たな別種の病に罹ったのだと。どちらが正しいのか、精神医学は答えを出す術を持たない。
 この状況は何かがおかしい。
 それは誰もがわかっている。
 生まれてくるのは、新たな検査や処方ばかりだ。それが分岐し、指数関数的に膨れあがり、遡っては更新され――医療は、人の手に余るブラックボックスと化した。
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Kindle版No.57


 治療しているのか、それとも病を作り出しているのか。向精神薬の大量処方に依存した現代の精神医療が抱えている問題を扱った作品です。舞台となるのは火星植民地。


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 ――馬車が道を走る一方で、情報システムは地球と比べても遜色ない。
 だが医療そのものは十九世紀的でもある。
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Kindle版No.512


 通りを走る馬車、雑然としたナイトマーケット、パソコンのブラウン管モニタ、そして19世紀的な隔離処置が行われている閉鎖病棟。未来の火星であるにも関わらず、どこか不穏な夢のような、アンバランスで歪んだ世界。

 そこの唯一の精神病院であるゾネンシュタイン病院に、若き精神科医、カズキ・クロネンバーグが赴任してきます。彼が、いわゆる信頼できない語り手となるのです。

 不吉な名前が頻出しますが、さらに「まるで露出した人間の蜘蛛膜」(Kindle版No.186)のようなドーム、「カバラの生命の樹を模した病院」(Kindle版No.1859)、といった具合に、やたらと象徴に満ちていて、どこか妄想あるいは精神世界めいた雰囲気が漂います。

 舞台となるゾネンシュタイン病院には、過去に何やら忌まわしい事件があってその記録が封印されているらしい、しかもそこには主人公の父親が関与しているようだ、といったことが次第に分かってきます。

 その秘密を探ってゆく主人公は、まるで精神分析を受けているかのように、少しずつ、少しずつ、自分の過去と向きあうことに。

 やがて、タイトルになっているエクソダス症候群の集団発症という非常事態が起きて……。


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 ――エクソダス症候群。
 幻覚や妄想を主とする、統合失調症様の障害。病名の由来は、旧約聖書のユダヤの集団移民にある。統合失調症と異なるのは、幻覚や妄想が強い脱出衝動を伴って表れる点だ。
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Kindle版No.1937


 事態を解決すべく、背後で糸をひいている黒幕と対決する主人公。しかし、何しろ医者と患者なので、対決は「診断」という形になります。


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「抑圧されてきた無意識は、これから反逆の狼煙を上げる。我々は、ただこの土地から脱出するのではない。科学と非科学の相剋こそを抜け出すのだ!(中略)新たなエクソダスが成就したとき、精神医学はその役割を終え、我々は新たなるカバラと新たなる精神分析を手にするのだ。そう――無意識を追放した精神医学から、今度は科学を追放してやるのだ!」
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Kindle版No.2419、2446

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 決断のときだった。
 こうした賭けのような診断は、本意ではない。だが、この男がなんらかの歩み寄りを見せたのは、これが最初であるようにも感じられた。そして何よりも――この男は、精神科の医療そのものに挑戦しているのだ。
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Kindle版No.2492


 無意識や霊性を重視し、ハーブや儀式を使う呪術。そこからスタートした精神医療は、暗黒時代を経て、今や客観性を重視するようになり、脳画像診断や薬物療法を使うようになりました。しかし、その方向性は正しかったのでしょうか。

 というわけで、長篇としては意外に短めの作品です。特に最後の1/3ほどで立て続けに事態が動いてあっさり終わってしまったという印象が強く、ややもの足りない面もあるのですが、精神医療の歴史(あるいは黒歴史)をベースに、どこか行き詰まっているようにも感じられる精神医療をどのようにして再生させるべきか、という難問に切り込んでゆく姿勢は刺激的で、わくわくします。

 正直、第一長篇のテーマが精神医療というのは予想外でしたが、いずれにせよ現代の問題にSFを武器にして正面から立ち向かってゆく作風は今作でも健在。第二長篇にも期待したいと思います。


タグ:宮内悠介
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