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『短歌ください』(穂村弘) [読書(小説・詩)]

 「好きでしょ、蛇口。だって飛びでているとこが三つもあるし、光っているわ」(陣崎草子・女・31歳)

 「総務課の田中は夢をつかみ次第戻る予定となっております」(辻井竜一・男・29歳)

 「少しだけネイルが剥げる原因はいつもシャワーだよシャワー土下座しろ!」(古賀たかえ・女・30歳)

 「ダ・ヴィンチ」誌上にて募集された、読者投稿による短歌の数々と、歌人の穂村弘さんによる選評を収録した一冊。その電子書籍版をKindle Paperwhiteで読みました。文庫版(角川書店)出版は2014年6月、Kindle版配信は2014年6月です。

 「短歌を募集します。短歌は五・七・五・七・七の形式をもつ日本の伝統的な定型詩です。俳句とちがって季語は入れなくて大丈夫。送って戴いた短歌を御紹介しながら、言葉や表現について考えてみたいと思います。初心者歓迎なので是非挑戦してください」(Kindle版No.35)

 「ダ・ヴィンチ」の読者から寄せられた短歌が、選評と共に掲載されています。作者は「名前・性別・年齢」という形で記されていますが、連載が続くにつれて同じ作者の年齢が上がってゆくあたり、生々しい。

 個人歌集と違って出来や作風は様々ですが、やはり何人か、個人的な好みを直撃する作品を作ってくる人がいて、自然と名前を覚えてしまいます。例えば、陣崎草子さん。

 「好きでしょ、蛇口。だって飛びでているとこが三つもあるし、光っているわ」(陣崎草子・女・31歳)

 「海亀の目は何故あんなおそろしい 人をやめてしまいたくなる」(陣崎草子・女・31歳)

 「どうせ死ぬ こんなオシャレな雑貨やらインテリアやら永遠めいて」(陣崎草子・女・31歳)

 「朝食のベーコンはぜる罪深い第五日曜(戦車の目覚め)」(陣崎草子・女・31歳)

 「目の前のコップがびっくりするくらい光ってて、今日犬が出てった」
(陣崎草子・女・32歳)

 とにかく「あ、これは凄い、好み、ツボ」と思ったら陣崎草子さんの作品であることが多くて。いいなあ。ちょっと怖いなあ。

 陣崎さんの作品に比べると、あっけらかんとした明るさで心をつかんでくるのがチヲさんの作品。

 「ちょっとまてそのタイミングじゃないでしょう八宝菜のうずらのたまご」(チヲ・女・25歳)

 「殺傷力ナンバーワンはこの方です! キーボード所属エンターキーさん!」(チヲ・女・26歳)

 なるほど、と思うような着眼点が素敵。思わず笑ってしまいます。

 男性では、伊藤真也さんの作品が現代の抒情を的確にとらえていて、心に染みます。

 「底冷えのする屋上につま立ちて瞼とじればペヤングの匂い」(伊藤真也・男・35歳)

 「一秒でもいいから早く帰ってきて ふえるわかめがすごいことなの」(伊藤真也・男・35歳)

 「大丈夫、お前はやれる」拒否された10円玉をきつくねじ込む」(伊藤真也・男・36歳)

 晴家渡さんの、情けなーい感じの作品もお気に入り。

 「一度二度三度四度とエアコンの温度を下げて駄目になってく」(晴家渡・男・26歳)

 「たっぷりと砂糖をいれたヨーグルト鈍い爆発音が聞こえた」(晴家渡・男・26歳)

 「飼っている猫がこっちを見ています僕は将来有望ですか」(ハレヤワタル・男・28歳)

 怒っている、あるいは苛立っている女性、を歌った作品には、何だか共感するものが多いです。たぶん、小賢しくひねったり正当化したりせずストレートに表明しているところに惹かれるのだと思われ。

 「君じゃなく苦手な上司の口癖が移ってしまう Enterを押す」(都季・女・22歳)

 「とりあえずトイレに籠城しておこう。困らないもん。困るがいいさ。」(彩子・女・33歳)

 「少しだけネイルが剥げる原因はいつもシャワーだよシャワー土下座しろ!」(古賀たかえ・女・30歳)

 「スイッチの仕組みがすべて分かるまで君はホテルで落ち着きがない」(麻倉遥・女・27歳)

 「毛を刈ったプードル怖いという彼にあれは唐揚げと思えと伝えた」(モ花・女・27歳)

 他に、皮肉なユーモアを感じさせる作品が割と好み。

 「総務課の田中は夢をつかみ次第戻る予定となっております」(辻井竜一・男・29歳)

 「母さんは池に消えてた物干竿かついで祖母が走らなければ」(やすたけまり・女・47歳)

 「空間の歪みを通って蟹は来る来たら直ぐ車に轢かれる」(ナツ・メドウ・男・37歳)

 「唐突に話題変えるの癖ですか? それとも遠隔操作されてる?」(やましろひでゆき・男・44歳)

 「ちんちんを股にはさんで「女」ってやるのは日本の男だけなの」(日野寛子・女・33歳)

 最後の作品については、選者が「まあ、実際には世界中の「男」がやってるのかもしれませんが……、それはそれで怖ろしい光景」(Kindle版No.1432)と評していたり。

 「読者から短歌を募集する企画を考えたとき、不安な気持ちがあった。いくら自分が張り切ったところで、そもそもいい作品が集まらなかったら、どうにもならない。だが、実際に始めてみて驚いた。衝撃的な歌が次々に寄せられたからだ」(Kindle版No.1851)


タグ:穂村弘
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