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『素粒子で地球を視る 高エネルギー地球科学入門』(田中宏幸、竹内薫) [読書(サイエンス)]

 「振動ニュートリノグラフィがいよいよ現実のものとなってきた.地球内部の化学組成を直接観測できるようになる時代もそう遠くはないだろう.世界各国で成果が上がりつつあるミュオグラフィは、静止画から動画、2次元から3次元へと進化するだろう.素粒子測定技術の発達により,地球惑星を素粒子で研究する時代が到来しつつある」(単行本p.170)

 宇宙から降り注ぐ高エネルギー素粒子を利用して、巨大建造物、火山、さらには地球や火星の内部構造までを「透視する」技術。ミュオグラフィを中心に高エネルギー地球科学の最新状況を解説した一冊。単行本(東京大学出版会)出版は、2014年5月です。

 「ミュオンは.空のあらゆる方向からピラミッドに降り注いでいる(中略)2つの「フィルム」(放電箱)を離して設置すれば,ミュオンの方向と密度の両方を測定することができる.アルバレは,数カ月にわたる測定の結果,カフラー王のピラミッドの内部に2m以上の大きさの空間が存在しないことを突き止めた」(単行本p.12)

 宇宙からやってくる高エネルギー素粒子のシャワー、宇宙線。それが生み出すミュオン(私が若い頃は「ミュー中間子」と呼ばれていた)を測定することで、ちょうどX線で身体を透視するように、巨大構造物を透視することが出来る。ミュオグラフィと呼ばれるこの魔法のようなテクノロジーを、その基礎から応用まで解説してくれます。

 全体は5つの章から構成されます。

 まず最初の「1 ミュオンとピラミッド」では、ミュオグラフィによって、カフラー王のピラミッド内部に未知の玄室が「存在しない」ことを証明した調査研究が紹介されます。何かが存在しないことを証明するのは一般に困難なのですが、ミュオグラフィによるピラミッド透視により、それが可能となったのです。

 同じ原理を使って、火山の内部構造を透視するなど、ミュオグラフィの有用性が語られます。

 「ミュオグラフィは,これまでの地震学やその他の手法では得られなかった,密度の高低を直接的に描き出す.そしてその解像度はこれまでになく高い.重力,浮力で駆動される地球内部のダイナミクスの基本は密度差であるから,他の手法から得られないこの情報は非常に大きい」(単行本p.21)

 続く「2 素粒子の生い立ちとその性質」では基礎となる素粒子物理学の概要、「3 地球圏の超高エネルギー現象」では宇宙線について、詳しく解説されます。

 「太陽からの光子がせいぜい数eVから数十eVであるのに対して、銀河宇宙線のほとんどは数十億eVで,中には数十京eVのさらに1万倍のものまである.宇宙線は,これまで人類が眼にしてきたものの中で,単位質量当たり最も高いエネルギーを持つ物質なのである」(単行本p.79)

 「宇宙線のエネルギーは銀河全体で見ると莫大であることがわかる.地球全体が受ける太陽放射の総量(17京4000兆ワット)の3京(3×10の16乗)倍である」(単行本p.82)

 「宇宙線は地球に到達するまでの間,銀河円盤の厚さの5000倍以上の距離を旅していることになる.宇宙線の速度を光速,銀河円盤の周縁部の厚さを1000光年とすると,宇宙線の銀河系内での旅行時間は500万-1000万年と計算される」(単行本p.83)

 「地球大気の原子核と宇宙線が衝突すると,パイオンやケイオンなどのメソンやそれらの崩壊生成物として,ミュオン,ニュートリノ,電子などが発生することがわかった.(中略)ミュオン,ニュートリノは相対論効果によって地表まで届く」(単行本p.87)

 科学博物館などで「宇宙線検出器」が、ぱちっ、ぱちっ、と火花を発するのを見て、遠い宇宙の果てから真っ直ぐに飛んでくる孤独な虚空の旅人よ今ここに、などとロマンにしびれていた幼い頃の思い出。

 実は、銀河系は磁場によって閉じ込められた高エネルギー素粒子のスープにどっぷり浸かっており、1000万年近く銀河系内を彷徨った挙げ句、たまたま地球にぶつかった高エネルギー素粒子こそが「宇宙線」の正体だったとは。しかも地表に降り注いでいるのはこの銀河宇宙線ではなくて、それが大気と衝突して出来た生成物であると。

 知らなかったことばかり。というか、知っていると思っていたことさえ間違いばかりであることに今さらながらに気づく日々です。

 「4 地球を透かす素粒子」では、いよいよミュオグラフィの技術が紹介されます。ミュオンをどのようにしてとらえるのか、データ収集(ミュオントラッキング)、ノイズ除去、統計解析。具体的な解説には大興奮です。

 「5 素粒子で地球を観測する」では、ミュオグラフィなどの技術が実際に観測に使われた例を示し、高エネルギー地球科学の現状が紹介されます。

 「2006年,東京大学,名古屋大学の学際共同チームが,原子核写真乾板を用いたミュオグラフィ観測によって浅間山浅部構造を透視した.(中略)同じころ,東京大学,名古屋大学,北海道大学の学際共同チームが,北海道にある有珠山の溶岩ドームの1つとして有名な昭和新山の密度構造を,ミュオグラフィを使って測定していた」(単行本p.129、132)

 「浅間山の観測と合わせて,この観測は原子核乾板がミュオグラフィ観測に初めて用いられた例であると同時に,火山内部の透視画像を初めて撮影したもので,ミュオグラフィによる地球観測が世界に広まる大きな原動力となった」(単行本p.132)

 他の方法では見ることの出来ない、火山内部の「透視像」が、本書にはカラー写真で掲載されており、その迫力に息を飲みます。噴火前後の透視像の比較。マグマ、ガス気泡を含んだマグマ、岩盤、火口底直下の空洞などを見ることができ、「塞がれたマグマ流路の上に溜まったマグマが,吹き飛んだ瞬間もとらえることができた」(単行本p.131)というから凄い。

 他の応用として、熱水系の地下構造、カリスト地形の下にあると推測される未発見の洞窟探査(その中には、外界から数万年に渡って遮断された独自生態系があるかも知れない)、断層破砕帯、古代遺跡。

 どれもわくわくしてくる話題ですが、何と言っても極めつけは宇宙探査への応用でしょう。火星、小惑星、彗星核。今や人類は、地球外天体の表面探査だけでなく、地中までも透視する技術を手にしているのです。

 「ミュオグラフィによる火星探査でひときわ興味を引くのが洞窟探査だ.それは火星に生物がいるとすれば,洞窟が最も可能性の高い場所だからだ」(単行本p.153)

 最後にニュートリノグラフィによる地球内部構造の透視というプロジェクトが紹介されます。

 「ニュートリノグラフィを実現できる初の検出器として,南極の巨大な氷をいわば「ニュートリノをとらえるフィルム」として利用するタイプのものが採用された.アイスキューブ(IceCube)と呼ばれるこの国際協力ニュートリノ観測所では,高エネルギーニュートリノを対象に,北半球側から地球内部を通過して南極点の氷床まで達したニュートリノをとらえる」(単行本p.167)

 南極の氷の中に光センサモジュールを数千個埋め込み、分厚い氷床全体をニュートリノ検出器にして、地球透過ニュートリノをとらえる。知らないうちにそんなSF的な巨大プロジェクトが始動している、この21世紀。いったいどんな成果があがるのか。つくづく長生きはしたいものだと思います。


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