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『未闘病記 ----膠原病、「混合性結合組織病」の 〈後編〉』(笙野頼子)(「群像」2014年5月号掲載) [読書(小説・詩)]

 「なんだろうこれ、今まで欲しかったものの多くを手にいれているよ。ねえ書斎の猫神様、荒神様! たかがこんな事で? 私は満足してる」(群像2014年5月号p.137)

 シリーズ“笙野頼子を読む!”第85回。

 膠原病、混合性結合組織病MCTDだと診断されたものの、治療により次第に軽減してゆく痛み、強張り、脱力。いつどうなるか分からなくても、今このときの喜びと幸福をかみしめる。「群像」2014年5月号に掲載された、『未闘病記』その後篇です。

 心配された肺の合併症などもなく、治療が功を奏して回復してゆく著者。前篇を読んで心配していた読者も、ほっとします。完治は不可能だし、予後も分からないけれども、とりあえず助かった。本当に良かった。

 後篇で書かれるのは、症状が軽減することで、生きられること、そして今まで出来なかったことが出来るようになっていく、その喜びと幸福。

 「こんな種類の喜びを健康な人は理解するだろうか。でも難病と判ってたった一ヶ月程でまさに納得した。というか今まで自分が書いてきた幸福の一面はまさにこれだ。(中略)痛くなく、安全で、制限はあっても一応無事、それはありがたいだけではない、生きている事の本質的な良さがむき出しになっていて、なおかつ、遠い不安や遮る虚飾のない穏やかな喜びに満ちて受け止められる」(群像2014年5月号p.113)

 「「なんかさー、動作って、楽しいね」、って不可解な発言かな? この意味ご理解頂けるでしょうか。(中略)つまりそんな無尽蔵の時間をざぶざぶと泳いで、体を「端正に(よく言うよ)」動かす調和的喜びに浸りながら、細かくきっちりと何かを進行するなんて「こんなの、初めて」」(群像2014年5月号p.123)

 今まで出来なかったことが出来るようになった喜びが、ほとんど有頂天な感じで書かれています。洗濯、料理、そして外出。

 「乗り物ってすごいね、あり得ない動きで私は中空を滑っている。なのに足はバスの中で丸まっている。この景色が好きでバスが好きだ自分の家も猫もそしてしゃあしゃあというけれど自分で出した本も」(群像2014年5月号p.140)

 「あれ「ひょうすべシリーズ」の書き出し頭に湧いてきたよ、そうそう、メモとっとかないとだってこの病気の記録をするべき私」(群像2014年5月号p.127)

 「ああそうか健康な人って気が散るものなんだ、だから小説なんか書こうとしないんだ」(群像2014年5月号p.120)

 ときどき思わず笑ってしまうような表現もまじえつつ、「健康」な状態というのがどんな感じであるかはじめて分かってきた感動が率直に語られます。その祝福に読者も温かい喜びに満たされて。

 いや、すこしだけ後ろめたい感じ、というか、自分はもとより健康なのになんでこんなに不満を溜めて生きているんだろう、その幸福に気づけなかったんだろう、という気持ちにもなります。

 そして、「死な、ない」、「なんでも/できる」うちに、教え子たちと一緒に海芝浦駅に出かける著者。あの、海芝浦駅で、海を見るのです。

 「海に出掛けます/そこは異界です」(群像2014年5月号p.133)

 「でも私、まさかこれが最後の海? 朝熊山から見た海、揺れる真珠筏、鳥羽や志摩のホテルの海、熊野の遠足の、あの時、石の浜を歩いて眠気に襲われた」(群像2014年5月号p.133)

 「モノレールに乗りたかった。毎日でも乗ってみたかった。それはユーカリが丘の山万鉄道の遊園地のように可愛い車体のもの」(群像2014年5月号p.139)

 これまでの作品を読んできた読者なら、こう、色々とフラッシュバックして鼻の奥につーんと来るようなことがさりげなく書かれていて、ずるいと思う。

 余談ですが、病気のことを知らされた論敵から「難病までも論争に利用するのではないかと思われてびびられている」(群像2014年5月号p.128)とのことで、卑しさにも限度というものがあってほしいと。

 そして、自分の人生の振り返りと受容、そして誇り高き肯定。

 「精妙な、そう決して微妙ではなく精妙な幸福、そんな幸福の中にいる状況が生の不全感から生まれて来るケース。逃れようもない不全感の中の自由、そんな時間を拾って私は生きてきた。無論、病の無い状態が良いに決まっている。しかしこの生は私の生で今までの過去にだって取り替えは利かない。自分の体はまさに自分の所有であり「関係性だけの存在」ならばこんな身体史にはなり得ないのである」(群像2014年5月号p.136)

 「自分には世の中の多くのシステムが輪郭に見えた、結果その中に入っていけなかった。でもまあ今だって前からだってその傾向はあったね。でも虚しくはない。そこでフル稼働している人々が羨ましいわけでもない。だって、それらのシステムの多くを別の角度から見る仕事を、私は今までしてきたから、ずーっと文学をやって来たからね」(群像2014年5月号p.128)

 「なんで日光が駄目で、自分自身にかぶれるかのように生きてきたのが判った今、だけど結局判らぬままに歩いて来たこの道こそ、私の文学じゃないか」(群像2014年5月号p.137)

 もちろん、これまでの作品に書かれてきた、生きにくさ、の背後に膠原病があったとしても、そのことを知らずに書いてきたとしても、それもこれも全部ひっくるめて、替えはない自分だけの人生、ただ一つ他にはない文学。

 というわけで、「直接描写のまじものの私小説」(群像2014年4月号p.82)として生身の自分を出して、その幸福を語る作品。近作では群を抜いて読みやすく、分かりやすい作品です。これまで笙野頼子さんの作品を読んだことがない方にも、あるいは昔はよく読んでたけどこのところご無沙汰でという読者にも、もちろん全部読んでるコアな愛読者にも、安心してお勧めできます。単行本化が待ち遠しい限り。

 さて、この後どのように書いてゆくのか気になりますが、静かに待ちたいと思います。でも無茶はしないで。

 「それでもまた金毘羅に戻っていくつもりでいる」(群像2014年5月号p.140)

 「で? 私小説ってなんだろうとかいちいち言わない、全部そうだよ、ふん、とか私の存在自体が私小説だものとかうそぶいておいて、私の生それ自体も持病なのかもねっ、て」(群像2014年5月号p.140)


タグ:笙野頼子
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