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『絵でわかるロボットのしくみ』(瀬戸文美:著、平田泰久:監修、村山宇希:イラスト) [読書(サイエンス)]

 「ロボット工学の教科書を開いてみると、その多くが座標系の定義や座標変換、運動学など三角関数を含んだベクトル・行列演算に多くのページを割いています。(中略)一方で、ロボットの工学的な側面を一切扱わず、写真を列挙して紹介するだけにとどまっている「ロボット工学の入門書」も数多く見受けられます。(中略)ロボット工学に関する書籍は2極化していて、その間には大きなギャップが存在しています」(「監修にあたって」より)

 座標系や行列演算が乱舞する専門色の強い本でもなく、かといってカタログのような娯楽本でもなく、イラストを多用しながらロボットの工学的側面を「何となく」理解させてくれるロボット工学入門書。単行本(講談社)出版は、2014年1月です。

 私事で恐縮ですが、私は大学の工学部で電子工学を専攻した者なので、機械工学の知人からはよく「半田ごてより重いものを持ったことがない連中」などと揶揄されたものです。その度に、悔しい思いと共に、ある種の羨望も感じました。

 電子やら情報やらにはどこか軽薄なイメージがあり、やっぱり工学部生なら確固とした重量を持った機械、ガシャンガシャンと重々しい音をたてたり、出来ればシューッと何やら噴き出したり、機関と動力伝達系と駆動系を持っていたり、そういう存在を創り出してこそ、というような気分が、確かにありました。要するに大学生になっても精神的にはガキだったということでしょう。

 そういうわけで、特にロボット工学にはずっと憧れていたのです。今でも、ロボコン大会の番組は熱心に観てますし、大型書店で自然科学のコーナーに行ったときは、ロボティクスの入門書など探して、ついつい立ち読みしてしまいます。

 しかし、ロボットの工学的側面の基本を分かりやすく解説してくれる本というのは、これが意外なことに、なかなかありません。本書の「はじめに」で、「ロボット工学に関する書籍は2極化している」と指摘されているのを読んで、大きく頷いたものです。

 前置きが長くなりましたが、本書は、まさにロボット工学の基本を視覚的に分かりやすく解説してくれる一冊です。専門的すぎず、しかし表面的ではない解説。数式は登場せず、すべての項目はイラストで解説されています。

 様々な、完成品としてのロボットを紹介するのではなく、「移動」「アクチュエータ」「センサ」など構成要素に分解した上で、それぞれの構成要素の基本的な考え方を解説する、というのも素晴らしい。

 全体は五つの章に分かれています。

 まず「第1章 ロボットとは」は短い導入で、既に私たちの身近にある機械の多くが定義上ロボットであることを指摘します。

 「第2章 形で見るロボット」では、ロボットの形について解説されます。まずは移動形態から。

 二脚、四脚、六脚、車輪、全方向移動車輪、クローラ、脚と車輪の組み合わせ、さらには多脚型や蛇型、ヘリ型、はばたき型、潜水など、「ロボットを移動させる」ために工夫されてきた様々な移動方式が写真とイラストで紹介されます。

 「ロボットを作る際には、そのロボットを動かす環境やロボットに行わせたい作業に応じて、どの移動形態を用いるかを決める必要があります。また、身の周りにある移動する機械や動物・生物が、どうしてその移動形態を用いているのか、理由を考えてみるのも面白いかもしれません」(単行本p.40)

 続いて、シリアルリンク、パラレルリンク、双腕など、マニピュレータ(アーム)の解説。グリッパ、なじみハンド、三本指、多指、といった具合にエンドエフェクタ(ハンド)の解説、と続きます。それらを駆動する際に使われる数学についても、ほんの少しだけ、イメージを説明してくれます。

 「「サイン・コサイン・タンジェントとか、ベクトルや行列の掛け算とか、逆行列を求めるとか、社会の何に役立つんだよ!!」と投げ出したくなったときは、どうかマニピュレータのことを思い出してあげてください」(単行本p.56)

 「第3章 ロボットの中身」では、まずは各種センサの原理が解説されます。ポジションメータ、エンコーダ、傾斜角センサ、加速度センサ、ジャイロセンサ、ソナー、赤外線測距センサ、レーザレンジファインダ、ひずみゲージ、圧電素子、6軸力覚センサ、ビジョンセンサ、ステレオビジョン、など。

 続いて、アクチュエーター(駆動系)の解説。電磁モータ、空気圧アクチュエータ、圧電アクチュエータ、形状記憶合金、など。

 そして、それらを駆使してロボットを制御するコンピュータのアルゴリズムの話へと進んでゆきます。

 「第4章 いろいろなロボット」では、それまでに解説してきた様々な部品を組み合わせて、どのような目的を達成するロボットを作るのか、という話題になります。

 人間を支援する装着型ロボット、電動アシスト、多目的生活支援ロボット、低侵襲手術支援ロボット、癒しロボット、レスキューロボット、宇宙開発ロボット、さらにはマイクロロボットやナノロボット、そして研究のために使われる生物模倣ロボットなど。

 よくある「最新ロボット紹介カタログ」的な内容に見えますが、第2章と第3章に目を通してから読むと、この環境でこういう目的を達成するために、あのパーツとこの方式を組み合わせたのかー、という具合に、ロボット設計の基本方針が「何となく」理解できたような気になるところが嬉しい。

 「第5章 ロボットのこれまでとこれから」では、ロボット工学の歴史から、今後の活躍が期待される分野を概観します。

 さて、本書はタイトルに「絵でわかる」とある通り、豊富なイラストで解説されているわけですが、ではここで、これまであえて伏せていた本書最大の特徴を申し上げることにしましょう。それは、全てのイラストが「猫」だということ。

 ロボットはすべて猫型です。部品は猫の集団です。解説者も、コメンターも、みんな猫です。なぜか。それは著者のリクエストなのだそうです。

 「イラストレータの村山宇希さんは「イラストを眺めただけでも何となくロボットがわかった気になるように」「ネコ好きだから全部ネコにしたい」という私の無茶な希望に応えて、もはや何匹登場したかもわからないほど大量のネコイラストを(しかもカラーで!)描いてくださいました。描いていただいたイラストを確認するたび、その可愛らしさに感激しておりました」(単行本p.146)

 いいのかそれで。

 というわけで、「眺めただけでも何となくロボットがわかった気になる」可愛い猫イラスト満載の、形から入るロボット工学入門書。ロボットに興味がある方、その工学的な基礎を学ぶのにちょうどいい一冊。本書を読んだ後でロボットを見ると、その背後にある「設計の基本的な考え方」が何となく解るようになります。

 「自分では何も考えず、いわれたことだけを黙々とやることを「ロボットのようだ」といったりもします。しかし、本節で見てきたように実際のロボットは、いろいろなことを考えなければ動くことすらままならないのです」(単行本p.111)

 もしかしたら、ロボットの中には猫がいっぱい詰まっていて、彼らが一所懸命に動かしているんだ、と誤解してしまうかも知れませんが、それはそれでいいなあと思う。


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