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『海町』(岩佐なを) [読書(小説・詩)]

 「莚に座って/黒猫に/あまりの心地よさで/白猫になっちゃう素手の妙技を/ほどこしてやる/「にゃにゃにゃにゃむにい」/「そうだろう、そうだろう」」(『わざ』より)

 夢うつつの心地で見る幻のような光景、それがしれっと立ち現れてしまう不思議な詩集。単行本(思潮社)出版は、2013年5月です。

 奇妙な光景が次から次へと登場する詩集です。個人的に、とにかく動物が登場する作品が嬉しくて仕方ありません。冒頭に引用したのは猫ですが、亀や、魚も、出てきます。

 「大きな亀が居てはからずも/背中を流してやることになってしまう/甲羅の溝の泥や汚れも/鞄から出したカメノコタワシ(亀用)まで用いて丁寧に洗い流してやることになった/大亀は蜜次郎という名で/蜜次郎は思いがけないケアに/至福のまなざし/口ははんびらき/と/おおむね「あらすじ」はこれでよしとして/まず紙を決めなくてはならない/なるべくざらざらした表面の紙/そこへ墨汁を含ませた筆で/大きな亀を描いてみる/まっくろけっけの山(甲羅)の裾のかすれ/濃い墨うすい墨/蜜次郎動け。/のっしのっしと紙の外に出よ。/おおっ、蜜次郎発進。」(『仕事はじめ』より)

 「男は二本の脚と六本の腕を有ち、六本の手でせわしない昆虫体操をしている。脚の二本も合わせて体操に参加させれば蜘蛛体操と呼ぶことも可能だ。オイッツヌウタンスウ。そうそう赤鱏は右鰭を小粋にちょい揚げし「はいちゃ」と挨拶して沖に戻った。男をこの世に捧げる係だったのだっ。」(『ラヂオ』より)

 あまりの心地よさで黒猫が白猫になっちゃう素手の妙技とか、カメノコタワシ(亀用)でこすると至福のまなざし口はんびらきとか、右鰭を小粋にちょい揚げする赤鱏とか、すごくいい。

 犬も、カニも、爬虫類も出てきます。

 「雨あがりの黎明をこのんで/九段下へやつふさが現れる/暗夜の舌に濡らされた南堀留橋の/欄干をいともたやすく渡りくる折の/爪擦れるサ行の音」(『伝奇の朝』より)

 「狭いどぶ川には/あきれるほど多くの蟹が生を営み/カニ・ラッシュ/蟹は路上で/交通事故にあって死んだ/カニ・クラッシュ/そういう運の悪いヤツもいた時代だった//今では運の悪いヤツどころか/蟹がいない/カニ・バニッシュ」(『海町』より)

 「爬虫類は/どうも無口で/何を考えているのかわからない/考えていないのかもしれない/時々考えるかもしれない/しかし/口をきいても/けして「言い訳はしない」/爬虫類なら言い訳は無用」(『〈そうさなぁ』より)

 カメも爬虫類じゃないかとか、そんなことは言わないで。

 動物だけではありません。植物も、モノも、さらには図形だって、色々と悩んだり思いやったりしています。

 「くたびれた壁面をよぎるのは猫の影丸/あれ、影の猫丸//壁の前に/初老の仙人掌仮面を鉢ごと運んで/ひなたぼっこさせてやると/棘がきらきら光って/目に痛い/しかし仮面のおじさんは/(先端恐怖はかならず治るさ)/などとやさしい言の葉もちらすのだった」(『仙人掌仮面』より)

 「食卓のある部屋の窓から/家の外のモノの配列を覗く場合もあれば/窓の外からモノが覗いていることもあり/夕方の訪問者は竹箒だったり/青い如雨露だったりしたわけです……//という葉書をくれたあなたは「物欲論」を書き上げずに行方不明になってしまった/(三十年前のふしぎ)」(『モノシリブリ』より)

 「気づいたことは三角のこと/相似形の三角の/小さいほうが大きいほうを/思いやる姿を意外に思いながら/ある鋭角の先に触れる補助線の/したごころを疎ましく感じてもいた」(『さんかく』より)

 何だかよくわからないものだって。

 「古今の灰を積もらせた庭に/なにか小さいものがいる/ねずみでもすずめでもむしでもない/もっと小さくて見えにくいもの/そほかもしれない/透明のようでも/ある角度の光を受けたときに/姿をちらり見せる//ながしの桶にわたらせた俎板の上で/れんこんを輪切りにした折/とある穴から逃げ去る気配/それにそほは似ている」(『そほ』より)

 「サカヨヌハリトム/その性質/サカヨヌハリトム/わるくない/スキを衝きスキマを通ってやってくるといわれている/実体がないともいわれている/夢の中には棲まない/もちろん現実に馴れ親しまない」(『御案内』より)

 こんな感じで、奇妙でおかしい、寓話のような、それでいて不思議と懐かしさも感じさせる、ときどきリアルな感触にぞっとしたりもする、日常生活のなかにある喜怒哀楽が純粋な形でこぼれ落ちてくるような、そんな光景が次から次へと登場する詩集です。

 「手を振る手を振る/誰かに向かってではなく/自ら生きてきた「時」に手を振る/(よくやる仕草)/やがて掌はひかりをともし/ついには五本の細い炎をはなつ/手を振れ手を振れ/燃える掌でさよならさようなら/(よくやる仕草)」(『飛行』より)


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