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『ぶたぶた図書館』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

 「本好きのぬいぐるみがいるって、都市伝説みたいだけど、実際に会ったことある人もいるって」「その言い方がすでに都市伝説じゃないですか」

 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、心は普通の中年男。山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。「ぶたぶた」シリーズはそういうハートウォーミングな物語です。愛読者には女性が多いそうですが、私のような中年男性をも、うかうかとファンにしてしまう魅力があります。

 今回は連作形式の長篇。図書館における「ぬいぐるみおとまり会」の企画に関わった人々が、山崎ぶたぶた氏との出会いを通じて少しずつ変わってゆく姿をえがきます。文庫版(光文社)出版は、2012年12月です。

 プロローグとエピローグにはさまれた三つの短篇から構成されています。

 最初の『理想のモデル』は、本好きの女子中学生が司書のお姉さんと知り合い、一緒に「ぬいぐるみおとまり会」の実現に向けて奮闘する話。

 「あなたのぬいぐるみは、真夜中の図書館で何をしているの?
  気になりませんか?」(文庫版p.51)

 この催しのポスター作成のために、ぬいぐるみモデルとして抜擢された、というか懇願されてやむなく引き受けることになったぶたぶた。彼が本を読んだり図書館で働いている姿を撮影する元カメラマンの話が、次の『何も知らない』です。

 「山崎ぶたぶたは、被写体としての魅力にあふれている。「撮らないといけない」という気分にさせてくれる存在なのだ」(文庫版p.107)

 ぶたぶたはモデルとしても優秀で、「表情をどんなふうにとか、具体案があるなら言ってください」(文庫版p.117)などと口にするのですが、表情つけられるのか。

 ついに開催されることになった「おとまり会」。司書の幼い姪も参加申し込みをしますが、その母親は子育てに自信を失って悩んでいます。そんなとき、司書(母親にとっては自分の妹)がぶたぶたを家に連れてきて、という展開になるのが最終話『ママとぬいぐるみのともだち』。

 娘との関係性に悩んでいる母親は、いきなり情緒的に暴走。「幼い娘が可愛いぬいぐるみさんとお話している」という微笑ましい情景が、「初対面の中年男がうちの娘に気安く声をかけて」に見えてしまうあたり、相当おいつめられている様子。母親である自分とは微妙な距離があるのに、知らないおじさんに懐いている娘が何だか癪に触るという、そういう嫉妬心がうまく表現されています。

 各話の主人公はそれぞれに悩みを抱えているのですが、ぶたぶたとの出会いを契機に、自分の問題に向き合うほんの小さな勇気を得ます。このあたりの感じがすごくいい。

 ぶたぶたがモデルの依頼を断ったとき、それまで物静かでちょっと怖い感じだった上司がいきなり「説得しろ」と小さく叫んだり、元カメラマンが「ぶたぶたは、寝るとき目を閉じるのだろうか?」(文庫版p.151)とつい考えてしまったり、母親が「ああいう顔して腹黒いとか、あるかも」(文庫版p.206)とかなり無理やり敵意をかき立てようとしたり、くすっと笑えるシーンも色々。

 あと、各話に必ず登場する食事シーン(前作ほどではありませんが、実に美味しそうに書かれています)、頻出する本のタイトル(「あとがき」に解説が載っていますので、気になる方は読んでみましょう)、なども印象的。

 というわけで、悩み事があったり精神的に疲れたりしたときに効き目の早い一冊。もちろん図書館で読むのもいいですが、クリスマスプレゼントにするのもお勧めです。


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『とてつもない宇宙  宇宙で最も大きい・熱い・重い天体とは何か?』(ブライアン・ゲンスラー) [読書(サイエンス)]

 「宇宙を描くために使う数が、人間の頭ではまったく理解を超えているとしても、その測定を支える見事な美しさ、多様さ、すっきりと整った様は、やはり驚き、たたえるに値する」(単行本p.13、14)

 宇宙空間よりも低温の星間ガス、他のすべての天体を合わせたよりも明るい光、差し渡し14億光年の構造体、マッハ4700で疾走する中性子星、3万光年離れてなお地球に影響を与える磁力源。天文学者が発見した文字通り「天文学的」な記録をまとめた驚異と興奮のサイエンス本。単行本(河出書房新社)出版は、2012年11月です。

 これまでに発見された天体のうち最も大きなものは何か。温度、明るさ、古さ、大きさ、速さ、重さ、音量、電磁気、重力、密度といった様々な指標について、宇宙でこれまで発見された最大と最小の記録を紹介してくれます。

 宇宙空間の「温度」、超新星爆発の「音量」、ブラックホールの「密度」など、そもそも指標を宇宙に対してどのように適用すればいいのか、という興味深い問題について説明した上で、それをどのようにして測定するのか、という方法を簡単に解説してくれます。おかげで、単なる天文学ギネズブックや理科年表の抜粋といったものにはなっていません。

 次々と紹介される記録ときたら、まぎれもない驚異の連続です。

 宇宙空間それ自体よりも低温のガス。宇宙全体の他のすべての天体を合わせた明るさを軽く上回る光。長さ14億光年の構造体。音速の4700倍という猛スピードで宇宙空間を移動する中性子星。星の残骸を時速1億キロメートルで吹き飛ばす超新星爆発。光速の99.9999999999999999999996パーセントの速度で地球の大気に降り注ぐ宇宙線(陽子)。

 「この陽子と光線が、100万光年の距離を競走したとしても、100万年後も大接戦で、光が陽子をかわす差はわずか4センチほどということになる」(単行本p.102)。

 一方、数値はそれほどではないように思えるのに、その意味するところが想像を絶するという話題も豊富。例えば「第7章 極度の音」では、超新星爆発の音量は330デシベル以上、ブラックホールから吹き出すジェットが奏でる音階は「変ロ」音、ビッグバンから10年後における宇宙の基調音は「嬰ヘ」音で音量は90デシベル、といった魅惑的な話がぎっしり詰まっています。

 私たちの先入観を裏切る数値にもインパクトがあります。例えば、これまで発見された最大のブラックホール(太陽質量の400億倍)の密度は、空気よりもはるかに薄い。「ナポオレンとジェゼフィーヌ」と呼ばれる銀河ペアは互いの周囲を回っているが、引き合う重力は何と地表重力の900兆分の1しかない。

 ページをめくるたびにこういった極端な数に驚かされるのですが、何といっても印象に残るのは、これらのデータを正確に測定してのける天文学者たちの努力と技術です。

 「何千光年も離れたところにあるのに、パルサーが軌道を一周するのに36時間48分10.032524秒かかることがわかる(1マイクロ秒ほどの精度で)。さらに、このパルサーがたどる公転軌道は、宇宙で知られている中ではいちばん完璧に近い円を描く。パルサー軌道の直径は114万キロあるが、(中略)1000万分の1メートルほどという、人間の髪の毛の太さよりも小さいぶれを生じるだけだ。こんなに遠いこんなに小さな天体について、このような精密な測定が行えるというのは、十分に驚くに足る」(単行本p.65)

 「小惑星2008 TS26は、直径がおよそ50センチから100センチほどで、大きなビーチボール程度だったのだ。これは、それほど小さなものを見つけて追跡できる現代の観測機器や計算精度の質を物語っている」(単行本p.83)

 というわけで、ただ天体を発見するだけでなく、深い理解に基づいてそれを正確に測定する、という天文学の営みに目を向けてくれる一冊です。「最大のブラックホール発見」とか「最古の銀河を発見」といった新聞記事を目にするとき、ただ「宇宙の話はでっかいなあ、ロマンだなあ」などと思うだけでなく、それをどうやって測定したのかを考えてみる、その大切さを知ることが出来ることでしょう。


『開かせていただき光栄です』(皆川博子) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 「私は自分の感覚に少々自信が持てなくなったよ。声で虚偽と真実を聞き分ける。それが、あの青年には通用しない」(単行本p.336)

 四肢切断された少年の遺体をめぐる謎。解剖教室の外科医と弟子たち、盲目の判事と助手など、魅力的な登場人物たちが辿り着いた驚愕の真相とは。本格ミステリ大賞を受賞した傑作。単行本(早川書房)出版は、2011年07月です。

 舞台は18世紀ロンドン。私設解剖教室にて、違法に入手した遺体の解剖に取り組んでいた外科医と弟子たちの前に忽然と現れた謎。それは、四肢切断された少年の遺体、そして顔をつぶされた男の遺体だった。彼らはいったい何者で、誰がここに運び込んだのか。

 発見者である外科医と弟子たち、声で真偽を聞き分けるという盲目の判事とその助手たち。両方のチームがときに腹の探り合いをしながらも真相究明に取り組むが、その間にも次々と殺されてゆく事件の関係者。やがて明らかになった驚くべき真実とは。

 途中で読むのを止められなくなる傑作ミステリ小説です。

 奇数章で外科医と判事の両チームによる捜査の進展が語られる一方、偶数章では、時間をさかのぼって、悲劇の主人公となる少年のそこに至るまでの体験が語られ、後半になって両方のプロットが合流する、という構造になっています。

 奇数章は、少なくとも最初の方はユーモアミステリ調です。外科医と弟子たちのキャラクターが実に印象的で、そのこっけいなドタバタぶりが楽しい。法医学が未発達で、解剖という行為も強い偏見にさらされていた18世紀という舞台設定は、もちろんプロットを成立させるために必要ということもありますが、この外科医と弟子たちを印象づける上でも大いに役立っています。

 「解剖学で、どこよりも遅れを取っているのが、我がイギリスだ。人体を切開することに対する偏見のせいだ。一年間に公に下げ渡される罪人の屍体はたった六体だぞ。それも、床屋外科医組合が占有する。これで、満足な解剖実習ができるか」(単行本p.12)

 偶数章は、田舎からロンドンにやってきた少年を主人公とするジュブナイル小説として始まります。美しい貴族の娘との出会い、野望と策略、監禁、そして脱出。スチームパンクとかガスライトファンタジーなどと称され一般に人気のある産業革命の19世紀ではなく、その前の薄汚れた野蛮な世紀を舞台にすることで、定番的ながらも心踊る冒険譚が展開されます。最終的に少年に降りかかることになると分かっている運命を思うと心が痛みます。

 やがて外科医の住み込みの弟子である青年二人に疑いがかかるのですが、この後のツイストが素晴らしい。読者も彼らに好意を抱いているので最初は無実を確信するのですが、段々と疑惑が膨らんできます。いかにも何かを隠している様子、しかも一つ告白するごとに「もっと恐ろしい真実を隠蔽するための偽の告白ではないか」という雰囲気が漂う。

 気のいい好青年たちというイメージは、ときに反転して邪悪な本性を隠し持ったサイコパスに思えるときもあり、いったいどちらが彼らの正体なのか、まるで見ているうちに壺と顔が入れ代わるだまし絵のようで、読者も混乱してきます。

 そして最後に明らかにされる驚愕の真相。これは全くの予想外で、仰天しました。

 というわけで、ミステリとしての面白さもさることながら、18世紀英国を舞台とした歴史小説として読んでも実に魅力的な作品。登場人物たちは生き生きしているし、ユーモラスなシーンも多く、非常に読みやすい。本格ミステリ大賞を受賞したというのも頷ける傑作です。


『怒る! 日本文化論  よその子供とよその大人の叱りかた』(パオロ・マッツァリーノ) [読書(随筆)]

 「正しく怒ることこそが、社会と人間関係をよりよい方向へ導く最良の手段なのに、みなさん先入観にとらわれていて、そこんところを、なかなかわかっていただけない」(単行本p.80)

 電車のなかの迷惑行為、早朝の騒音、ささいなルール違反。怒りを覚えたときに私たちはどうすべきなのか。謎の自称イタリア人、反社会学の不埒な研究者、パオロ・マッツァリーノ氏が真面目に指南する正しい他人の叱り方。単行本(技術評論社)出版は、2012年12月です。

 「法を補完するのは道徳ではありません。コミュニケーション能力です。他人と関わる能力と気力です。個人と個人のコミュニケーションを伴わない道徳なんて、善人の自己満足にすぎません」(単行本p.263)

 というわけで、イラっときたときにそれをガマンするのではなく、相手との直接コミュニケーションにより解決を図るべし、と主張する本です。すぐに、真面目な顔で、具体的に、声を荒らげず、交渉のつもりで、深追いしないで、完璧な結果を期待しないで、などなど、他人に苦言を呈する際のコツを、自らの体験にもとづいて詳しく解説してくれます。

 しかし、何といっても著者らしさがはじけるのは、「昔の人は公衆道徳をきちんと守っていた。しかるに近頃の若者ときたら・・・」とか「昔の大人はちゃんと子供を叱っていた。しかるに近頃の大人ときたら・・・」といった類の言説がホンマかどうか検証してゆく反社会学研究レポートの部分。

 過去の新聞記事を詳しく調べて、庶民がどのように生活していたのかを確認してゆくのです。

 人前や電車の中で化粧をする女性はやっぱりいた。「昔の人はお年寄りにはすぐ席を譲ってくれたのに最近の若者ときたら」と愚痴る老人もいた。「若い娘さんならともかく見苦しい老婆のくせに席を譲れなどと厚かましいんだよ」と暴言を(投書欄に)書きこむ若者もいた。いずれも大正時代の話。そして、他人に迷惑をかけている人をその場で注意することが出来ず、あとから新聞に投書してイイネ!のコメントをもらって満足する人々が大勢いた。

 「私が唱えている庶民史の法則、“いまだれかがやってることは、必ず過去にもやってたヤツがいる”が裏づけられました。どんなに時代が変わっても、人間はアホなまま。人間の考えそうなことも一緒。だから、おんなじようなことをやらかします」(単行本p.189)

 サザエさんを全巻読破した上で、「少なくとも現在読める単行本では、全編中、波平の「バカモン」はゼロ、「バカもの」と怒ったのが一回きり」(単行本p.74)ということを発見、「昭和の父親は厳格で威厳があった。しかるに・・・」説が無根拠な思い込みに過ぎないのではないかと指摘したり。

 ネットを駆使することで、「西洋においては、人前で化粧するのは売春婦だけ」という言説の真偽を確認してゆき、電車で化粧をする女性は世界中にいること、売春婦説は都市伝説であること、そんなことを言っているのは日本人だけ、という事実を暴いたり。

 「勝手なことをする人間と、それを不愉快に思いながらも叱れない人がいて、結局は勝手な人間がのさばり続けるという世間の構図は、戦前もいまも、ずーっと変わっていないのです」(単行本p.23)

 「じつは歴史分野でもっとも捏造や思い込みに汚染されてるのは、庶民史、庶民文化史なんじゃないかと私は危惧しています。捏造に気づいてすらいない例が多いんですから。むかしはよかった、とノスタルジーで語るのでなく、むかしはどうだったか、もっと真摯に調べるべきでしょう」(単行本p.208)

 というわけで、他人を正しく叱るべき、という話から、いつの間にか、「今の世のなか間違っとる。昔はこうじゃなかった」といった類の思い込みを斬りまくる、いつもの反社会学本に。パオロ・マッツァリーノ氏の愛読者のみなさんは、何だか今回の本は毛色が違うようだから読まなくてもいいか、などと思わずに、一読してみることをお勧めします。


『プラスマイナス 137号』 [その他]

 『プラスマイナス』は、詩、短歌、小説、旅行記、身辺雑記など様々な文章を掲載する文芸同人誌です。配偶者が編集メンバーの一人ということで、宣伝を兼ねて最新号をご紹介いたします。

[プラスマイナス137号 目次]

巻頭詩 『秋もない』(島野律子)、イラスト(D.Zon)
俳句 『微熱帯 33』(内田水果)
随筆 『宮原眼科の巧克力 3』(島野律子)
詩 『移動病室』(琴似景)
詩 『船出』、『仕組み』(深雪)
詩 『生き様』(多亜若)
特集 島野律子 第一詩集『むらさきのかわ』より抜粋
    『ごあいさつ』(島野律子)
随筆 『香港映画は面白いぞ 137』(やましたみか)
イラストエッセイ 『脇道の話 76』(D.Zon)
編集後記
「私のオススメ」 その3 琴似景


 盛りだくさんで定価300円の『プラスマイナス』、お問い合わせは以下のページにどうぞ。

目黒川には鯰が
http://shimanoritsuko.blog.so-net.ne.jp/


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