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『開かせていただき光栄です』(皆川博子) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 「私は自分の感覚に少々自信が持てなくなったよ。声で虚偽と真実を聞き分ける。それが、あの青年には通用しない」(単行本p.336)

 四肢切断された少年の遺体をめぐる謎。解剖教室の外科医と弟子たち、盲目の判事と助手など、魅力的な登場人物たちが辿り着いた驚愕の真相とは。本格ミステリ大賞を受賞した傑作。単行本(早川書房)出版は、2011年07月です。

 舞台は18世紀ロンドン。私設解剖教室にて、違法に入手した遺体の解剖に取り組んでいた外科医と弟子たちの前に忽然と現れた謎。それは、四肢切断された少年の遺体、そして顔をつぶされた男の遺体だった。彼らはいったい何者で、誰がここに運び込んだのか。

 発見者である外科医と弟子たち、声で真偽を聞き分けるという盲目の判事とその助手たち。両方のチームがときに腹の探り合いをしながらも真相究明に取り組むが、その間にも次々と殺されてゆく事件の関係者。やがて明らかになった驚くべき真実とは。

 途中で読むのを止められなくなる傑作ミステリ小説です。

 奇数章で外科医と判事の両チームによる捜査の進展が語られる一方、偶数章では、時間をさかのぼって、悲劇の主人公となる少年のそこに至るまでの体験が語られ、後半になって両方のプロットが合流する、という構造になっています。

 奇数章は、少なくとも最初の方はユーモアミステリ調です。外科医と弟子たちのキャラクターが実に印象的で、そのこっけいなドタバタぶりが楽しい。法医学が未発達で、解剖という行為も強い偏見にさらされていた18世紀という舞台設定は、もちろんプロットを成立させるために必要ということもありますが、この外科医と弟子たちを印象づける上でも大いに役立っています。

 「解剖学で、どこよりも遅れを取っているのが、我がイギリスだ。人体を切開することに対する偏見のせいだ。一年間に公に下げ渡される罪人の屍体はたった六体だぞ。それも、床屋外科医組合が占有する。これで、満足な解剖実習ができるか」(単行本p.12)

 偶数章は、田舎からロンドンにやってきた少年を主人公とするジュブナイル小説として始まります。美しい貴族の娘との出会い、野望と策略、監禁、そして脱出。スチームパンクとかガスライトファンタジーなどと称され一般に人気のある産業革命の19世紀ではなく、その前の薄汚れた野蛮な世紀を舞台にすることで、定番的ながらも心踊る冒険譚が展開されます。最終的に少年に降りかかることになると分かっている運命を思うと心が痛みます。

 やがて外科医の住み込みの弟子である青年二人に疑いがかかるのですが、この後のツイストが素晴らしい。読者も彼らに好意を抱いているので最初は無実を確信するのですが、段々と疑惑が膨らんできます。いかにも何かを隠している様子、しかも一つ告白するごとに「もっと恐ろしい真実を隠蔽するための偽の告白ではないか」という雰囲気が漂う。

 気のいい好青年たちというイメージは、ときに反転して邪悪な本性を隠し持ったサイコパスに思えるときもあり、いったいどちらが彼らの正体なのか、まるで見ているうちに壺と顔が入れ代わるだまし絵のようで、読者も混乱してきます。

 そして最後に明らかにされる驚愕の真相。これは全くの予想外で、仰天しました。

 というわけで、ミステリとしての面白さもさることながら、18世紀英国を舞台とした歴史小説として読んでも実に魅力的な作品。登場人物たちは生き生きしているし、ユーモラスなシーンも多く、非常に読みやすい。本格ミステリ大賞を受賞したというのも頷ける傑作です。


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