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『やわらかい檻』(川口晴美) [読書(小説・詩)]

 「右半身を下に横向きになって、茹でられた海老のようにきつく丸まっていなきゃ眠れないなんて、いつから、だっただろう。今夜も壁際の寝台の上でもぞもぞと安定する場所を探して身動きを繰り返す。それは昨日の場所とも一昨日の場所とも同じではないから新しく見つけなければならなくて、クルシイ。クルシイけどわたしの体が生きていて昨日とも一昨日とも違ってしまっているからなのだと考えると、少しだけ安心する」
  (『夜の欠片』より)

 眠りと死について、児童殺害とホラー映画について。怪奇小説のような緊迫感に満ちた詩集。単行本(書肆山田)出版は、2006年05月です。

 「きみ、このまえ道で吐いていたでしょう、と男はわたしの顔を覗き込む。笑っていた。夕暮れの光の中で男の不揃いな前髪が揺れ、このひとは道端に跪いてわたしが吐いたケチャップまみれのスパゲティに顔を寄せくんくんにおいを嗅いだのだとおもうとわたしは何だかもう逆らうことのできない気持ちになる」
  (『椅子工場、赤の小屋、それから』より)

 ママのいいつけを破って小学校帰りに寄り道をしていた幼い少女が、見知らぬ男に声をかけられる。男の着ているセーターには何かの染み。そして彼女は「壁も床も天井も、内側はぜんぶ、赤い色に塗られている」小屋に引き入れられる。それから・・・。

 まるで怪奇小説のように読者のイマジネーションを刺激する作品がならんでいます。子供が惨殺されるイメージが複数の作品にまたがって繰り返されますが、実際にはそんな場面は登場しません。これは現実なのか悪夢なのか。それとも生々しい記憶なのか。読んでいてどきどきして、嫌な感じに息苦しくなってきます。

 「深い眠りはたくさんの色を塗り重ねてできる濁った灰色をしていて、その下に何があるかはもう見えなかった。わたしはそれを見たくない。見たくない。ひと夏中、ホラームービーを見続けた。数え切れない死体と飛び散った何リットルもの血が、眠りの壁に隔てられ触れられないところで、積み重なっていく」
  (『壁』より)

 「ママが手招きしている。歩道の終わりで、車を止めて、わたしを迎えに来てまっている。目を閉じていても青白い指がゆらゆら揺れているのがわかる。わたしはそこへ向かって歩いている。汗がとても冷たい。いいえちがう。ママは台所にいた。細くて長い指で包丁をにぎりしめ、背を向けて」
  (『サスペンス、ワイド、いつか』より)
 
 双子の弟が行方不明になり、次第に様子がおかしくなってゆく母親。殺されたのは弟なのか自分なのか。

 視界のいちばん端に見える二本の足。

 無数の壁が秩序なく入り組みねじれた忌まわしい建物。

 ああ、確かにホラー映画や恐怖漫画で描かれる、これはあの悪夢の感触。ふと目をさまして、悪夢と記憶と空想が混濁していて、またずるずると眠りに滑り落ちてゆくときの手触りが濃厚に感じられます。

 「冷房のききすぎたスーパーの食料品売り場を歩いていたら後頭部を強打されたような眠気がやってきて今すぐこのスーパーの床でいいから横たわって眠りこけてしまいたいという強烈な欲望にとらえられ、こらえて部屋まで戻ってくのは吐き気がするほどの苦痛だった。眠りはわたしの体内いっぱいに漲り、部屋にたどり着いてドアを閉めたところで皮膚を内側から食い破って溢れこぼれてしまう」
  (『小鳥屋』より)

 「夕立の音で目が覚めたと思ったら、シャワーを浴びながらいつのまにか浴室のタイルに横たわって寝ていたのだった。夢は、ずっと見ているような気はするのだけど一つも覚えていない。起きている時間が短すぎるから反芻して記憶に定着させる暇がないのだろうという考えが深い眠りの沼から泡のように浮かびあがって、すぐに消える。また起きたら続きを考えることができるだろうか」
  (『小鳥屋』より)

 それは眠りすぎ。


タグ:川口晴美
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