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『氷上の舞  煌めくアイスダンサーたち』(田村明子) [読書(教養)]

 「長年の取材の経験から、選手たちは技術に関しては、決して嘘をつかないことを知っている。技術のことになると、国籍にかかわらず、巧いものは巧いと賞賛し、褒められないものははっきりと否定する」(単行本p.34)

 フィギュアスケート競技の華、アイスダンス。名スケーターたちのエピソードと共にアイスダンスの歴史を解説してくれる一冊。単行本(新書館)出版は、2012年05月です。

 「「カナダの呪い」は、フィギュアスケートの関係者の間では有名な話だった。(中略)ヴァーチュー&モイアのメダルは、フィギュアスケート史上初めてカナダの選手が勝ち取った五輪金メダルだった。そしてアイスダンスで、北米出身の選手が五輪金メダルを獲得したのも、これが史上初のことだったのだ」(単行本p.8)

 私もバンクーバー五輪のテレビ中継でヴァーチュー&モイアのマーラーを観て、衝撃を受けた一人です。それまでアイスダンスには特に興味がなかったのですが、このパフォーマンスに感激してからというもの、衛星放送の有料スポーツチャネルに加入して、翌シーズンからこまめにアイスダンス放送をチェックするようになりました。

 シーズンが始まると、全米、カナダ、ロシア、欧州、四大陸と、もう毎週のように各国でアイスダンス選手権が開催され、もちろんグランプリシリーズもあり、合間を縫うようにアイスショーも放映され、その熱気と興奮が世界選手権まで半年近く続くのです。

 最初は名前すら覚えられなかったスケーター達も、二年目くらいになるとお馴染み感が出てきて、思い入れも強まるし、そうするとますます魅力的に見えるんですよ、アイスダンス。

 繊細なヴァーチュー&モイア組、豪快なデイヴィス&ホワイト組、優雅なシブタニ兄妹。ペシャラ&ブルザは何といってもお笑いが楽しい。エレーナ・イリニフの美少女っぷりにはほれぼれ。

 ところが、困ったことに、解説を聞いてもときどきよく分からないことが。「コンパルソリーが廃止されたので」とか「新採点方式では」といった言葉。ことあるごとに口に出される「シュピルバンド」、あるいは「チャイコフスカヤ」、ボレロが使われると当然のように言及される「トーヴィル&ディーン」といった名前。バンクーバー五輪より前のことを何も知らない自分が恥ずかしい。

 前ふりが長くなってしまいましたが、そういうわけで本書はとてもありがたい解説書です。英国でアイスダンスが誕生してから、ロシア勢の興隆を経て、北米勢がトップに躍り出てくるまでの歴史を分かりやすくまとめてくれます。

  新採点方式の採用に至る流れとその影響、コンパルソリーダンスの廃止などの歴史も詳しく解説され、さらに名スケーターや名コーチ達のエピソードも豊富。

 「プロに転向したトーヴィル&ディーンは、アイスショーのメインスターとなった。そして行く先々でこの「ボレロ」を滑って欲しいと頼まれ、なんと1500回ほどもこのプログラムを繰り返し滑ってきたのだという」(単行本p.28)

 アイスショーのメンバーとして米国にやってきて、そこで友人の亡命に巻き込まれて心の準備もないまま自分も亡命してしまったイーゴリ・シュピルバンド。彼が育てた選手たちが故国ロシアで開催された世界選手権でアイスダンスの表彰台を独占したという皮肉。

 ヴァーチュー&モイア組は「オフアイスではカップルではない。だが競技中はほとんど一緒に行動していて、お互いをサポートし合っている」(単行本p.164)のに対して、デイヴィス&ホワイト組は「記者会見でも互いの発言に耳を傾ける風もなく、終わるとあっさりそれぞれ思うままの方向に歩いて行く。滑っているとき以外は一緒にいる姿を見たことがない」(単行本p.166)のだそうで。
 
 デイヴィス&ホワイト組といえば、二人のボリウッド舞踊を見たインド代表の女子シングル選手が「私たちインド人が踊るより巧い」(単行本p.172)と絶賛したという話。あるいは、同じデイヴィス&ホワイト組のタンゴを見た男子選手が「子どもが2人、リンクを走り回ってアクロバットのようなものを見せていただけ」(単行本p.182)と酷評したという話。

 といった具合に、ごく最近になってアイスダンスに興味を持った読者が、歴史をざっと学ぶのに最適な一冊です。上で紹介した話題の他にも、不倫騒動やら不正疑惑、嫉妬や敵対、マスコミの心ない中傷、など有名どころのゴシップもしっかり解説されており、読んでいて退屈しません。