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『オタク的翻訳論 日本漫画の中国語訳に見る翻訳の面白さ 巻十「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」』(明木茂夫) [読書(教養)]

 『オタク的中国学入門』で知られる中京大学教授、明木茂夫先生の好評シリーズ『オタク的翻訳論』、その十巻が出ました。中国関連書籍専門の東方書店で購入しました。出版は2011年06月です。

 さて、今巻の研究対象はシリーズ初のライトノベル、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(伏見つかさ)。オタク趣味そのものがテーマとなっているだけに、日本の特殊文化に関する教養がないと理解できないネタが頻出するこの小説、台湾の翻訳家はどのような困難に直面し、いかにして対処したのでありましょうか。

 今巻は引用箇所が多く、個々の引用箇所も比較的長め、しかも一つの引用を「原文、中国語訳、中国語訳の直訳調逆翻訳」のセットで示す、という構成になっています。直訳調の逆翻訳により、原文がどういうニュアンスで訳されているのかを、中国語が分からない読者に伝えよう、というわけです。

 まず翻訳の質について、明木先生は次のように評しています。

 「私はこの翻訳に非常に好感を持った。大変丁寧に日本語原文の内容やニュアンスを伝えようとしている、実によい訳である」(p.8)

 「それでもクワトロ・バジーナまで註釈入れずにいられないのは、やはり翻訳者のプロ根性であろう。(中略)いや~、こういう実にツボを得た訳注を見ると、うれしくなりますね~」(p.24)

 「すげえ勉強になるなあ・・・。いいわ~、この訳注!」(p.28)

 最初の方は学者らしく冷静な評価なのに、解析が進むにつれ文章がミーハーになってゆくのが微笑ましいですね。

 かように絶賛した上で、翻訳家が直面したであろう課題を取り上げて分析してゆきます。

 まずは、「世間体」、「ドン引き」、「そのまんま」、「ジト目」、「両目バッテン」、「マジギレ」、「ってか」、「デレデレ」、「斜め下にぶっ飛びすぎ」、といったラノベらしい言葉。

 「日本人のメンタリティと結びついた単語は、訳すのがなかなか難しい」(p.8)というわけで、辞書的に対応する単語に置き換えるのではなく、色々と表現を工夫することに。

 次に問題となるのが、横文字の発音が棒読みの「おふかい」という言葉が聞き取れず、とっさに「オフ会」だと気付かなかった、というシーン。ポイントは、ぱっと聞いて意味が分からないという感じを「ひらがな」で表現していること。これをどうやって中国語に訳したかというと、何と、中国語の同音異義語を利用して訳してしまうのです。

 他にも、中国語のネット用語やアスキーアートを駆使して、「日本人読者が原文を読んだときに受ける印象」を、台湾読者に伝えようとする工夫が紹介されており、感心させられます。

 「出オチ」は「出場爆点」、「ツッコミ」は「吐槽」、「カップリング」は「配対」といった具合に定訳が既に固まっている単語、というのも勉強になります。

 おそらく本巻のクライマックスは、次の一文の翻訳でしょう。

 「ニコニコ動画に投稿するために、ネコ耳とシッポをつけてウッーウッーウマウマを踊っているところを妹に目撃された」(p.27)

 これをどうやって中国語に訳すのか。答えは本書でお確かめ下さい。

 というけで、漫画からライトノベルへと研究対象を広げた巻十。他のラノベにも手を出していってほしいものです。


タグ:台湾
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