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『拡張幻想  年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、宮内悠介) [読書(SF)]

 恒例の年刊日本SF傑作選、その2011年版です。2011年に発表されたSF短篇から選び抜かれた傑作、さらには第3回創元SF短編賞受賞作も掲載。文庫版(東京創元社)出版は、2012年6月です。

 2011年といえば、小松左京さんの死去が最大の話題となりました。本書にも小松左京ネタの作品が三篇も収録されています。『巨星』(堀晃)と『新生』(瀬名秀明)、あと一つは、これはネタバレになるので内緒ということで。

 また、引き続き伊藤計劃ネタも多し。具体的には、『いま集合的無意識を、』(神林長平)と『美亜羽へ贈る拳銃』(伴名練)。

 個人的に感銘を受けたのは『美亜羽へ贈る拳銃』(伴名練)。タイトルから想像できるように、『ハーモニー』(伊藤計劃)と『美亜へ贈る真珠』(梶尾真治)を土台にしています。

 「僕の物語は、人間のアイデンティティに関わる思弁なんかじゃなかった」(文庫版p.226)

 脳神経インプラントによる人格改変がテーマ。ロマンス小説としても気が利いており、イーガンの初期短篇に対する挑戦としても面白い。後半の展開が特にお気に入りです。これが「後付け」だというのが信じられない。

 イーガンときたら、次はやっぱり、テッド・チャン。というわけで、『良い夜を持っている』(円城塔)も素敵な傑作。記憶を失うということがなく、過去のすべての記憶が現在の知覚と同等に認識されるため、「時間」や「同一性」や「一般化」といった概念を理解することが困難という、奇妙な脳神経障害を患っていた父。架空の街を細部に至るまで完全に構築し「記憶」していた父。彼がどのような世界に生きていたのかを探る息子の物語です。

 「それらの全てを使ってようやく、妻とはこの街で出会ったという意味をなすのです」(文庫版p462)

 設定は『アサッテの人』(諏訪哲史)を連想させるのですが、次第に『あなたの人生の物語』(テッド・チャン)のような、異質な世界観、異質な認識枠組み、異質な言語構造、といったものを探求するSFに展開してゆくところが凄い。とどめもなく饒舌に繰り出されるアイデアの奔流も気持ちいい。この作者にしては、何が書いてあるのかよく分かる、というか、何か分からないことについて書いてあることがよく分かる。お勧め。

 小惑星探査機「はやぶさ」ネタの作品も、『5400万キロメートル彼方のツグミ』(庄司卓)、『交信』(恩田陸)の二篇が収録されています。

 前者は小惑星探査機を女の子に見立てて、地球にいる少年との心の交流を描く切ない物語、という、まあ発想も展開もごく普通の作品。後者は、はやぶさ帰還のドラマをわずか1ページで、しかも文字だけで「視覚的」に描いてみせるという一発芸。さすが。

 はやぶさを別にすれば宇宙開発テーマは意外と少なく、軌道エレベータの素材となるカーボンナノチューブ繊維をテーマにした『宇宙でいちばん丈夫な糸 - The Ladies who have amazing skills at 2030.』(小川一水)が収録されているくらい。

 他に2011年の話題で忘れてはいけないのが原発事故。鉄腕アトムが原子力で動いていたことをネタにした『Mighty TOPIO』(とり・みき)と、放射能汚染により日常が異化した感覚を描く『神様 2011』(川上弘美)の二篇が収録されています。

 ミステリ作品としては、『黒い方程式』(石持浅海)と『超動く家にて』(宮内悠介)の二篇を収録。

 前者はいわゆる方程式モノ。家庭内で大掃除していたらトイレに黒光りするGが出た、いやーっ、という極めて日常的なほのぼの話がいきなり『冷たい方程式』的どシリアス展開になっちゃう強引さ。

 後者は、何というか、新本格ミステリを徹底的にからかった作品。いかにも新本格らしい館構造図やらトリック図解など散りばめながら、まったく無意味。やってることは『スペース金融道』より馬鹿馬鹿しいスペース漫才ドタバタギャグという、この作者の持ち味の一つがよく出ている話。はっ、よく考えたらこれも落ちモノSFか。

 ミステリ的な雰囲気でドタバタギャグをかます作品といえば『イン・ザ・ジェリーボール』(黒葉雅人)、そして『フランケン・ふらん ‐OCTOPUS-』(木々津克久)。後者はギャグと紙一重のところでホラーに転ぶコミック短篇。「著者のことば」で「敢えてコレが選ばれた理由が気になります」(文庫版p.347)とありますが、美少女と触手が出てくるからじゃないでしょうか。

 家族や親子といった伝統的テーマをSF的アイデアを使って書いた一般小説との境界作品が、『結婚前夜』(三雲岳斗)、『ふるさとは時遠く』(大西科学)、『絵里』(新井素子)の三篇。

 『ふるさとは時遠く』(大西科学)は、高度によって時間の流れる早さが異なる日本が舞台。都会とは流れる時間が(物理的な意味で)違う田舎に里帰りした主人公は、すでに自分が過去とは切り離されていることを痛感させられます。 『短篇ベストコレクション 現代の小説2012』(日本文藝家協会)にも収録されており、一般小説としても高く評価されたことが分かります。

 『結婚前夜』(三雲岳斗)と『絵里』(新井素子)は親子関係がテーマ。特に後者は、親子の絆とは何か、子どもを産む理由は何か、という問いかけに挑んだ意欲作ですが、いかにもSFらしくなる後半より、むしろ一般小説である前半の方が面白く読めました。この作者の短篇を読むのも随分ひさしぶりで、懐かしい気持ちになります。

 そして第3回創元SF短編賞受賞作『<すべての夢|果てる地で>』(理山貞二)。何しろタイトルが、理系読者なら、びくっ、となるであろう、量子状態重ね合わせを表すデュラック記法(ブラとケットでブラケット)で書かれているので、また量子論SFかと思いきや、意外にも、これがっ。

 カッコいいアクションシーケンスをどばどば投入しながら、量子論SFから、想像力と世界の関係をめぐる物語へ、そしてSFとは何かという問いについてのメタSF、さらにはメッタメタSFへと跳躍してゆき、大量の懐かしSFネタをほとばしらせながらSF浄土へ至るという、もう自分でも何をいってるのかよく分からなくなる純SF。てめえ、俺らに媚び売ってんのかオラァ、みたいな。

 とにかく、「カッコいいSF」と「懐かしいSF」を存分に盛り込んだ作品で、確かに面白いしインパクトも強いとは思うのですが、まあ、つまるところSFファンダム内輪ウケ小説。これを「いままでSFを読んできてよかったと思わせてくれる作品」「年間ベストワンに選ばれてもおかしくない」とまで持ち上げるのは、さすがにそれはどうでしょうか。

 巻末の選評を読むと、他にもこれと同じくらい面白い作品が何作も応募されたようで、『原色の想像力3』としてまとめられるのが待ち遠しい限りです。

[収録作品]

『宇宙でいちばん丈夫な糸 - The Ladies who have amazing skills at 2030.』(小川一水)
『5400万キロメートル彼方のツグミ』(庄司卓)
『交信』(恩田陸)
『巨星』(堀晃)
『新生』(瀬名秀明)
『Mighty TOPIO』(とり・みき)
『神様 2011』(川上弘美)
『いま集合的無意識を、』(神林長平)
『美亜羽へ贈る拳銃』(伴名練)
『黒い方程式』(石持浅海)
『超動く家にて』(宮内悠介)
『イン・ザ・ジェリーボール』(黒葉雅人)
『フランケン・ふらん ‐OCTOPUS-』(木々津克久)
『結婚前夜』(三雲岳斗)
『ふるさとは時遠く』(大西科学)
『絵里』(新井素子)
『良い夜を持っている』(円城塔)
『<すべての夢|果てる地で>』(理山貞二)


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