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『サイコパスを探せ!』(ジョン・ロンソン) [読書(オカルト)]

 脳神経科学の研究者たちに送られてきた奇妙な本。そこに仕組まれた暗号を解いてほしいという依頼を受けた「私」は、次第に謎と狂気とパラノイアの世界に足を踏み入れてゆく・・・。

 世界を密かに支配しているという爬虫類型エイリアンや、米軍の超能力部隊を追求してきたジャーナリストが挑むサイコパスの真実。果たして彼らが社会を牛耳っているというのは本当か。それとも全ては精神科医たちの陰謀なのだろうか。単行本(朝日出版社)出版は、2012年06月です。

 「私はサイコパスが世界を動かしていると言った心理学者たちの話を思い出した。彼らは本気でそう考えていた。(中略)私はこれまでずっと、社会は基本的に合理的なものだと信じてきたが、もしそうでなかったとしたらどうだろう? 社会が狂気の上に築かれているとしたら?」(単行本p.42, 43)

 「過酷な経済的不平等、数々の残忍な戦争、日常的に見られる企業の無慈悲な手口----それらに対する答え、それが、サイコパスなのだ。正常に機能しないサイコパスの脳のせいなのだ」(単行本p.141)

 「彼は、世界の秘密の支配者はじつは人間の姿をした、子どもを食べる吸血大トカゲだと信じていて、彼らは人間に姿を変えているので、疑いを持たない人間たちに悪事を働けるのだと言っていた。突然、このふたつの話がとても似ていることに気付いた」(単行本p.171, 172)

 他人に対する共感能力が完全に欠如しており、どんな冷酷な行為をしても良心のとがめを一切受けない精神病質者。サイコパスという言葉や概念は、小説や映画で取り上げられたことから有名になりました。

 しかし、全てのサイコパスが猟奇殺人者になったり家族を虐待したりして生きているわけではなさそうです。一部のサイコパスは社会的に成功し、その「特殊」能力ゆえに人々の支持を得て、ときには崇拝されて、我々の社会を牛耳っているのではないでしょうか。政治家、企業経営者、宗教的指導者、高級官僚、それら社会支配層に含まれるサイコパスの割合は、平均に比べて実は驚くほど高いのかも知れません。

 異次元から来た爬虫類型エイリアンを信じる陰謀論者や、米軍の超能力部隊といった、控え目にいっても少々怪しげなテーマを追求してきたジャーナリストである著者は、上のような疑問にぶち当たり、その真相を探求する冒険の旅に出ます。

 いきなりサイエントロジー教会の助けを借りて重犯罪者精神病院にいるサイコパスと診断された男にインタビュー。サイコパスの専門家が開催するセミナーに参加して、サイコパステスト(本書の原題でもあります)について学習。

 冷酷無慈悲で知られる企業経営者に取材し、精神的に不安定な人を見つけては家族ともども破滅させるリアリティ番組で出世したTVプロデューサー、人民弾圧に熱心に取り組み大量虐殺を指導した男、そしてネットに巣くう陰謀論者たちから誹謗中傷された被害者。サイコパス、サイコパスの疑いがある人物、サイコパスの犠牲者。様々な人々の、かなり不愉快なエピソードが次々と登場します。

 やがて精神医学界が抱える問題、つまり人口の過半数が精神障害に分類されてしまうような過剰診断、幼児に向精神薬を投与する医者、薬づけにより作り出される精神病患者、といった忌まわしい事実が明らかになるにつれて、医者と患者、正常と異常、サイコパスとリーダーシップ、それらの境界がぐずぐずに溶けてゆくのです。果たして「普通の人々」は本当に正常なのか?、著者は?、そして読者は?

 陰惨なテーマを扱いながら、あちこちから感じられるユーモアのおかげで、読後感はそれほど悪くありません。

 サイコパステストを学んで「これで取材対象がサイコパスかどうか確実に見分けるパワーを得た。この力を使えばジャーナリストとして大成功だ」とばかりに有頂天になったり、そのテストを自分でやってみて「かなり疑わしい境界パーソナリティ」という結果が出て落ち込んだり。

 ネットで自分の名前を検索して「ジョン・ロンソン、奴らの手先かそれとも単なるバカか」といったスレッドを見つけて激怒、ネットの匿名掲示板にいる陰謀論者はみんな精神病患者だということを証明しようとしたり。

 いちいち「取材を受けるというのは罠で、足を踏み入れたら二度とこの精神病院から出られないんじゃないか」と心配したり、大量殺人者にインタビューした帰りに「奴の手下が狙っているかも知れない」などと不安になって車を急停止させたり、自分こそサイコパスなのではないかと怯えたり、へっぴり腰で、おどおどと取材してゆく様がなかなか面白い。というか、自分を戯画化して読者を笑わすのが巧い。

 結局、この社会を動かしているのは狂気、つまり共感能力の完全なる欠如ではないか、という疑問については宙ぶらりんのまま残されます。読者が考えるしかありません。

 というわけで、サイコパスの真実を追ったルポというより、むしろ奇妙な冒険小説を読んだという印象が強い一冊です。サイコパス、精神医学の現状をめぐる様々な問題、陰謀論者の生態、そして人間の姿をした爬虫類型エイリアンとは本当は何なのか興味がある読者にお勧めです。


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