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『お金がない! 暮らしの文藝』(雨宮まみ、蛭子能収、夢野久作、中島らも、宮澤章夫、高野秀行、坂口安吾、水木しげる、寺山修司、赤瀬川源平、赤塚不二夫、太宰治、伊丹十三、星新一、他) [読書(随筆)]

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 本書には古今の書き手によるエッセイ・小説など選りすぐりの29篇を収録しています。ボーナス、散財、貸し借り、吝嗇からギャンブルに年金まで、時代も金銭感覚も様々ですが、本音と建前、他人にはなかなか見せられない、多様な思いが詰まっています。勢いをつけてお金の姿が変わりゆく、この世界を映し出す鏡になるかもしれません。
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単行本p.3


 様々な著者によるエッセイや小説から、お金に関する文章を選んで収録した金銭テーマ文芸アンソロジー。単行本(河出書房新社)出版は2018年12月です。


 お金をテーマにしたエッセイといっても様々です。まずは「金銭感覚」について書いたもの。


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 その悲痛な叫びは滑稽ではあるが何かすがすがしいものを私に感じさせた。世間はバブルまっただ中である。節約が悪徳、浪費が美徳とされていた時代だ。しかも、守銭奴はケチである。ふつうのケチは自分の金は惜しむが他人のおごりならいくらでも平気で受け取るものである。しかるに、この人は自分と他人の区別を越えて、すべてを惜しんでいるのだ。あらゆるものにケチなのだ。
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『ドケチ男「守銭奴」の叫び』(高野秀行)より


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 大学生ぐらいに見える若いカップルの男のほうが、マクドナルドでクーポンを出して、チキンナゲットが割引になるか訊いている。ならないと知ると、彼はナゲットを注文するのをやめた。彼女の腕には、ルイ・ヴィトンのヴェルニの新色のバッグが提がっている。
 貧乏くさい、と内心ばからしく思いながら、好きなだけマクドナルドで食べたいものを食べる私は、ルイ・ヴィトンの商品などひとつも持っていない。
 切り詰めてほしいものを手に入れている人間と、切り詰めず欲しいものを手に入れることのできない人間と、どちらが貧乏くさく、どちらが豊かなのだろうか。
 私には、切り詰めず、欲しいものを手に入れる」生活への憧れしか見えていない。
 まだ、その程度には若いのかもしれない。幼いのかもしれない。何かが少し狂っているのかもしれない。
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『お金』(雨宮まみ)より


 そして「貧乏」や「金の貸し借り」についての文章。


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 私は決して今を楽しむタイプの人を援助するために必死に稼ごうとしているのではない。自分のために、自分が楽で自由な生活ができるために稼ごうとしているのである。
 だから私は友達が嫌いになる。そしてもうほとんど友達らしき人はいなくなってしまった。それでいい。仲間というのは信用できないのだ。これは金で友達を失ったことになるのだろう。金、金、金、私はお金が大好き。金さえあれば外国でも自由に行ける。友達よりお金が信用できる。くやしいのは世田谷に住んでる一戸建ての人達である。あの人達は一体どうやってお金を稼いだんだ? 誰か教えてくれ。
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『お金について教えてほしいこと』(蛭子能収)より


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 私は貧乏した。然し私は泥棒をしようと思ったことは一度もない。その代り、借金というよりもむしろ強奪してくるのである。竹村書房と大観堂を最も脅かし、最も強奪した。あるとき酒を飲む金に窮して大観堂へ電話をかけると、ただ今父が死んで取りこんでいますからと言うので私は怒り心頭に発して、あなたの父親が死んだことと私が金が必要のことと関係がありますかと怒って、私は死んだ人の枕元へ乗込んで何百円だか強奪に及んだことがあった。
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『ヒンセザレバドンス』(坂口安吾)より


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 そのすぐ後へ、税務署員がやって来た。何事かと思えば、申告所得があまりにも少ないが、ごまかしがあるのではないか、というわけ。
「だって、現に、所得がないんです」
「ないんですといったって、生きている以上は食べてるでしょう。これじゃ、食べてられる所得じゃありませんが」
 と、食いさがる。
「我々の生活がキサマらにわかるかい!」
 僕が、怒りと絶望とでかなり迫力のある声をあげると、その後、税務署からは何もいってこなくなった。
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『貧困の中で結婚する』(水木しげる)より


 さらには、お金にまつわる奇妙な出来事を書いた随筆や小説など。


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 と、そのときだ。男が四つ折りの新聞を開いた瞬間、バネ仕掛けの人形のように全身がぴょんっと浮いたのである。
 おどろいて横目をやると、男は板のように背を硬直させ、息を詰めて中身を凝視している。つられて首を伸ばし、わたしも思わず「あっ」と声を洩らしそうになった。競馬新聞のうちがわにむきだしの札束が挟まれて手いるのである。
 競馬新聞。札束。沿線の競馬場。(中略)落とし主は地団駄踏んでいるにちがいない。いや、すぐ気づいていまにも駆け戻ってくるだろうか。想像をたくましくしていると、男が顔を上げてこちらへ振りむいた。
(おまえ一部始終を見たな)
 びくついた顔にそう書いてあった。
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『競馬新聞の中身』(平松洋子)より


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 生命線ひそかに変へむためにわが抽出しにある一本の釘

 子供の頃、じぶんの生命線がみじかいと人に言われて、釘で傷つけて掌を血まみれにしたことがあった。
 しかし、ほんの少しばかりの釘で彫った肉の溝も、傷が癒えると共に消えてしまい、私の生命線は、やはり短いままであった。
 生命線ばかりではなく、知能線も短かったし、運命線に到っては、あるかなきかのごとくであった。
 私は、自分の掌を見つめるたびに、将来を怖れたものだ。その頃、私の村と山一つへだてた隣の村に『手相直し』のおじさんがいるということをきいた。
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『手相直し』(寺山修司)より


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 ひと安心とはいうものの、青年は妙な気分だった。まだ事態が信じられない。
「本当に、これでこの件は終りなんですか」
「そういうわけだ」
「ありがたいことですが、まだ、なっとくできません。あんな大金をなくしたというのに。もし、これがよその会社だったら……」
「よその会社だったら、まあ、重大問題になるだろうな。しかし、よその会社では、こういう事件は起らないのだ」
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『消えた大金』(星新一)より



タグ:高野秀行
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