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『ダンゴムシに心はあるのか』(森山徹) [読書(サイエンス)]

 実験室でダンゴムシが示した予想外の行動、そして個性。彼らには「心」があるのだろうか。そもそも「心」があるというのはどういうことだろうか。身近な生物を題材にした興味深い実験を通じて、「心」について考える一冊です。新書版(PHP研究所)出版は2011年4月。

 粘菌に知能があるなら、ダンゴムシに心があってもいいじゃないか!

 とはいえ、「心がある」というのは、「知能がある」というよりも、はるかに定義し難く、また客観的に検証するのが難しそうな仮説です。そもそも何をもって「心がある」と定義すればよいのでしょうか。

 著者は大胆にも「心」を外から観測可能な反応として定義し、その検証方法を明らかにした上で、実際にダンゴムシを使った実験の結果を示すことで、彼らに「心」があることを示してみせます。

 著者が定義した意味でダンゴムシに「心」があるという結論には納得できますが、それが一般的、日常的な意味でいう「心」と同じものであるか否かについては、判断が分かれるところでしょう。

 しかし、その疑問はさておき、本書の第二章で示されるダンゴムシ実験とその結果はものすごく面白く、読んでいて興奮させられます。

 例えば、無限迷路の実験。どこまで行ってもひたすらT字路が続く迷路(実はターンテーブルを使って二つのT字路の間をいったりきたりしている)に置かれたダンゴムシはどのように反応するでしょうか。

 意外なことに、ひたすら同じ基本ルール(障害物を避けるために備わった本能的な反応)で曲がり続ける「紋切」タイプ、ルール違反を繰り返すようになる「誤動作」タイプ、そして基本ルールに従っていたかと思うとときどきルール破りを自発的に行う「変則」タイプに分かれたのです。つまりダンゴムシにも個性があるということです。

 続いて今度は「T字路を2回曲がると、次は必ず行き止まりに遭遇する」という無限迷路で実験を繰り返します。驚いたことに、「紋切」タイプや「誤動作」タイプはいつまでも行き止まりにぶつかって退却をひたすら繰り返すのに、「変則」タイプの個体は、「すべてが、なんと、行き止まりを数十回経験すると、突如「接続通路の壁を登り」、装置の外へ出てしまったのです」(新書p.92)。これは驚き。

 ルールに従っても、ルール違反をしても、結果は同じ「行き止まり」という絶望的な状況に陥ったとき、愚直に失敗を繰り返す個体もいれば、いきなり「壁を登って脱出する」という飛躍をとげる個体もいる。なんだか新入社員への説教に使えそうな話じゃありませんか。

 個人的には、『キャプテンウルトラ』の最終回を思い出しますけど。

 さらに水を入れた堀で囲んだ円形アリーナにダンゴムシを閉じ込める実験では、いきなり泳ぎ始める個体、障害物によじ登ってみる個体、さらにはどこかに出られないか試すかのように障害物をつたって移動しはじめた個体など、大脳もない小さなダンゴムシが示した「予想外の」反応の数々。

 しかも興味深いことに、そのような予想外行動の発現率は一定の値に収束することなく、不規則に増減して、それはあたかも「心がうつろう」かのようであると。つまり予想外行動は、ダンゴムシたちが「迷い」ながらも「自律的」に決断したものだという推測が成り立ちそうです。

 こういった実験結果を国際会議で発表したところ、ゲント大学の哲学者から「ダンゴムシの予想外の行動の発現に自律性を認めることは、この動物に意思や心を認めることなのではないか」という質問が出たそうで、確かに一見するとささやかな試みながら、よく考えると哲学的な疑問がわいてくる、そんな良い実験です。

 他にも、二匹のダンゴムシを糸で結んで綱引き状態にしたら一匹がもう一匹の背中に乗って「二人三脚」で移動しはじめた、ダンゴムシの触覚にチューブをつけて延長したらそれを杖のように使って普段は降りられない段差を降りた、など興味深い実験結果がいっぱい。

 ダンゴムシのようなありふれた生き物にもまだまだ未知の能力が隠されている、それは(大脳のような複雑な情報処理系もないのに)心を持っているかも知れない、ということをごく簡単な実験で明らかにする。知的好奇心を刺激する魅力的な一冊です。さらなる研究成果を待ちたいと思います。


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