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『嬲嫐(なぶりあい)』(星野智幸) [読書(小説・詩)]

 星野智幸さんの著作を順番に読んでゆくシリーズ“星野智幸を読む!”、その第3回。今回は著者の第二作品集を読んでみました。単行本(河出書房新社)出版は1999年10月です。

 まず表題作のタイトルがすごいインパクト。そもそも、「男」と「男」の間に「女」がはさまれている“嬲”が「なぶる」という意味になること自体、改めて考えてみると、何やら不穏な気配を感じさせます。逆に「女」と「女」に「男」がはさまれた“嫐”という字は、男をとりあう女どうしの嫉妬や諍い、怨霊を表すのだそうです。ひでえ女性蔑視だわな。

 この二つの不穏な漢字を並べて「なぶりあい」と読ませるわけですから、これはさぞや不穏な話なのではないか、と変な期待を抱きつつ読んでみました。

 実は、このタイトルは、字の意味とは無関係に、登場人物たちの「性自認のゆらぎ」を表現する記号なんですね。

 すなわち語り手は生物学的には男性なのですが、ジェンダー的に自分が「男」であるという確信が持てません。かといって「女」だという自覚があるわけでもなく、「女」になりたいわけでもなく、同性愛者でもなく、ただ周囲から「男」として扱われることに強い違和感があって、そのために恋愛やら人づきあいやらに悩みを抱えています。

 そんな語り手は、あるとき二人組の女性と出会います。二人のうち小柄な女性は「女からオカマに性転換した」と自称しており、語り手とちょうど逆パターン。すなわち、語り手は「男」だけど内側に「女」がいて、彼女は「女」だけど内側に「男」がいる。漢字で表すなら「嬲」と「嫐」、というわけ。

 意気投合して一緒に住み始めた三人ですが、その快適な関係を崩さないように細心の注意を払いつつ(例えば決して性交しない)、自分たちがはみ出さざるを得ない社会に対する「テロ」を繰り返すことで、一体感を維持しようとします。

 「テロ」といっても、ボートを乗り逃げするとか、街路樹に爆竹を仕掛けるとか、銭湯の栓を抜いて逃げるといった、子供じみた悪戯ばかりですが。エスカレートした三人は、覆面をつけて銀行に押し入り無理やり金を置いてくるという「銀行強与」という本格的な犯罪に挑むのですが・・・。

 何だか『パン屋再襲撃』(村上春樹)を思わせる展開になりますが、単純に犯行シーンの面白さだけを比べれば、こちらの方が上でしょう。三人の関係がどう変わってゆき、どのような結末をむかえるのか。最後まで気を抜けない作品です。

 性自認の問題をシリアスに追求しつつも、あまり重苦しい印象ではなく、むしろ次々と繰り出されるプチテロ(というか新聞記事で「悪質な悪戯」と書かれるような)シーンの楽しさで読ませてくれる作品。

 他に、ペルーの日本大使公邸占拠事件を扱った『裏切り日記』、官能的な恋愛幻想譚から劇画調の活劇へと展開する『溶けた月のためのミロンガ』の二作が収録されています。

 ひたすら文章で読ませるデビュー作『最後の吐息』と比べると、次に刊行された本書では、読者の五感を過剰に執拗に刺激する描写はそのままに、物語やストーリー展開にも力が入っており、かなり読みやすくなっています。ただ、うまくバランスがとれてない印象も受けますが。この先どのようになってゆくのか楽しみです。

[収録作]

『嫐嬲』
『裏切り日記』
『溶けた月のためのミロンガ』


タグ:星野智幸
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