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『闘う!ウイルス・バスターズ  最先端医学からの挑戦』(河岡義裕、渡辺登喜子) [読書(サイエンス)]

 エイズ、鳥インフルエンザ、口蹄疫、エボラ出血熱。疫病との戦いの最前線にいる研究者たちはどんな人々で、どのような仕事をしているのか。ウイルス学者から農林水産省の防疫担当官まで、ウイルスとの戦いに取り組む人々の姿を紹介してくれる一冊。新書版(朝日新聞出版)の出版は2011年1月です。

 まず、著者の一人である河岡先生のもとに、CIAのエージェントがやってきたときの体験談から始まります。思わず、ぐっとくる導入です。

「ラングレーのものです」
「私の訪問については誰にも言わないように」
「あなたの他に、インフルエンザウイルスを人工的に作ることのできる研究者はいますか?」
「学会やセミナーで、XXやXXなどの人が接触してきたことはありませんか?」
「接触者がどんな人物で、その接触が何を意味するのかは、我々が判断します」
(新書p.16~)

 CIAのエージェントって、本当にこんなしゃべり方をするんだ、と驚きつつ、ちょっと待て、「インフルエンザウイルスを人工的に作る」ってどういうこと?

 続いて米国の研究施設におけるバイオテロ対策の様子、ウイルス情報に関する知的財産権を巡る争いなど、政治にからむ話題が続きます。

 そして、2009年春に発生した新型インフルエンザの分析がどのように行われたのか、その現場の様子が語られます。研究施設に寝泊まりして連日、ウイルスの解析に取り組む研究者たち。

「今回は時間が勝負だった。一刻も早くデータを出して、論文を完成させ、新型ウイルスの性質を公表する必要があった。そのため、実験遂行部隊は朝から晩まで日曜日も構わずとにかく実験をし続けた。(中略)飲み食いもせずに、トイレにも行かず、朝から晩までP3施設で働き続けたこともあった」(新書 p.96)

「実験遂行部隊から出されたデータは、すぐさま論文書き部隊の手に渡った。午前中に出たデータが、午後にはもう論文草稿の中に組み込まれているといった早さであった。こうしてでき上がった論文を英科学誌『ネイチャー』に投稿したのは、6月3日。ウイルスを受けとったのが4月28日であることを考えるとものすごいスピードである」(新書p.96)

「論文が掲載されてから数日たった7月17日、私の娘(当時9歳)が40度の高熱を出した。20日の夜、今度は私に風邪の症状が出始め、22日にはついに私の息子(当時1歳)も風邪の症状を出し、夜中には熱が42度まで上がってしまった。P3施設内で、感染しないようにとあれだけ完全防備で実験をしていたのに、外界でこんなにもあっさりと新型インフルエンザにかかってしまうなんて」(新書p.102)

 まるで戦場。それにしても著者の一人、河岡先生の「ボクの生きているうちにパンデミックに遭遇するなんて~!!」という有頂天の叫びが印象的です。

 それに続いて、導入部に出てきた「インフルエンザウイルスを人工的に作る」というリバース・ジェネティクス技術が紹介されます。

「この技術が、インフルエンザ研究の世界に大改革を起こしたと言っても過言ではないだろう。いまや、ウイルスにとって致死的でない限り、研究者の描く設計図通りのインフルエンザウイルスを合成することができ、それまでは実現が困難だったことを可能とした」(新書p.118)

 そりゃあ、CIAが興味を持つわけです。

 続いて人類史上最悪のパンデミックを引き起こした恐るべき「スペイン風邪」のウイルスを再現してのけた研究の話になります。スペイン風邪ウイルスの遺伝子の一部のシークエンスが判明した、というニュースに躍り上がったのが、著者の一人である河岡先生。「このリバース・ジェネティクス法を使って、この現代にスペイン風邪ウイルスを蘇らせることができるに違いない!」という興奮した叫び。

 そりゃあ、CIAに監視されるわけです。

 ここまでが前半。後半では、様々な研究者たちが登場し、その仕事ぶりが紹介されます。

 フィールド調査のため世界各地を渡り歩く研究者。電子顕微鏡でウイルスの写真を撮る、そのために一個のウイルスを連続的に“輪切り”にして各切断面を撮影する、という魔術のようなことをやってのける研究者。

 実験室には縁がなく、ひたすらコンピュータの中でウイルスを解析して、将来流行するインフルエンザを予測しようとしている研究者。実験中に火災報知機が鳴り、皆が退避した後もひとり実験を続け、飛び込んできた消防士や警察官に「このPCRのセットアップだけは終わらせたい」と言い張って逮捕された研究者。

 しかし何といっても衝撃的なのは、2010年4月に宮崎県で大発生した口蹄疫との戦いにおいて、その最前線にいた農林水産省の担当者の話でしょう。あそこで実際には何がどうなっていたのか、現場で指揮をとった体験を生々しく語ってくれます。ウイルス研究に興味がない方も、ここだけは読んだ方がいいと思います。

 というわけで、雑多な話題がとり散らかっているという感じが強く、あまりまとまっていない本ですが、ウイルス研究や疫病との戦いに関わる様々な人々を紹介してくれる一冊として、読みごたえがありました。


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