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『さえずり言語起源論  新版 小鳥の歌からヒトの言葉へ』(岡ノ谷一夫) [読書(サイエンス)]

 鳥のさえずりは「単語」や「文法」を持っており、しかも種によってその複雑さは異なっている。なぜ、このような特性が進化してきたのだろうか。鳥の歌の謎を探求する若き研究者たちの姿と、そこから得られた驚くべき知見を紹介してくれる一冊。出版(岩波書店)は2010年11月です。

 ジュウシマツの歌にきちんとした「文法」があるという発見から、求愛の歌こそが言語の起源ではないかという仮説に至るまでの研究とその成果を分かりやすくまとめた本です。

「私たちのジュウシマツの歌の研究から、たとえ一つひとつは意味をもたない歌要素でも、それらを文法的に配列する行動が進化することがわかった。この事例は、意味のないところにも、文法という形式が進化しうることの存在証明である」(単行本p.107)

 まず表したい「意味」があって、それに対応する「単語」が作られ、より複雑な内容を伝えるために「文法」が作られる、というのが言語起源のイメージですが、本書に示される研究はこれとは全く別のシナリオが可能であることを示唆します。

 すなわち、意味も内容も関与しないところで、性淘汰というメカニズムによって、求愛歌から自発的に「単語」と「文法」が発生し、それが(「意味」を持たないまま)機械的に進化して複雑化、高度化してゆく、そして充分に発達したところで(後づけで)意味や内容を表すようになった、というストーリーです。

 そんな馬鹿な、という気がするかも知れませんが、本書を読めば、鳥のさえずりの「文法」や「構文」については確かにその通りだろうということ、そして人間の場合にも少なくとも「あり得るシナリオ」のひとつだ、ということに納得させられるに違いありません。

 その仮説に至るまで一つ一つ丹念に積み上げてきた研究成果を、一般読者向けに分かりやすく解説してくれるのが本書。まずそれだけでも知的興奮に満ちています。しかし、個人的には、むしろ本書に登場する若き研究者たちの描写に大いなる感銘を受けました。

「ジュウシマツの歌が複雑で、チャンク構造をもつことはわかったが、チャンク構造が行動的な単位であることを明確にしたのは学部四年生の寺本英雄であった。寺本は、うたっているジュウシマツにフラッシュを浴びせて脅かす実験を行い、歌が止まりやすい部分と止まりにくい部分があることを見つけた。止まりにくい部分がチャンク構造である」(単行本p.40)

「山田裕子(修士一年)は修士論文のテーマとして、ヘリウム空気の中でジュウシマツをうたわせてみることにした。ジュウシマツは自分の声が変に聞こえるようになったら、歌をうたえるだろうか。ヘリウム中では、空気中では決してうたわれなかったチャンクの組み合わせが出てくることがわかった。自分の声が変化したことで、これを修正しようとした結果、歌の文法まで間違ってしまうようである」(単行本p.59)

「香川は小柄な女性である。タンチョウヅルより小さい。よくやってきたものだ。彼女たちは台湾にとてもよく溶け込んでいた。台湾の人々はとても親切で好奇心旺盛。網を張っていると毎日のように誰かが話しかけてくる。当然中国語である。話せない言語を駆使して人の相手をしながら鳥を捕獲するのはなかなか大変である。それでも彼女たちは原住民族アミ族の豊年祭に参加し、飲み歌い踊って過ごしたそうだ」(単行本p.91)

「私たちは、歌の複雑さの違いが繁殖行動(巣作りや産卵)に影響するかどうかを調べた。この実験は当時学部四年であった鷹島あかねにより行われた。鷹島はこれ以外にもさまざまな実験を試みたが、どれもうまくいかず、卒業が危ぶまれていたところであった。(中略)彼女は全部で一四万四000本の巣材をかぞえたことになる。忍耐力のいる実験であった。これは苦行である。しかし彼女はこれをやり遂げ、素晴らしいデータを得た。鷹島は毎日苦しげな顔をして実験していたが、結果がまとまったときにはとても嬉しそうであった」(単行本p.70)

 いずれも無味乾燥な論文からは見えてこない学生たちの姿が活き活きと目に浮かぶようです。あっと驚くスマートな手法で問題を解決した者から、卒業をエサに釣られ面倒な仕事を押しつけられた者まで。読了後には、何だか彼らが知人のような気さえしてきます。ジュウシマツの生態よりも、学生たちの生態の方が面白いとさえ思いました。

 というわけで、「ジュウシマツのさえずり」という地味な研究が次々と新しい知見を生み出してゆく興奮を味わいたい方はもちろんのこと、理系の研究生活というのは具体的にどんな感じなのか知りたい方も、ぜひご一読ください。特に理系の大学に進学しようと考えている高校生の皆さんにお勧めします。


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