SSブログ

『裏世界ピクニック ファイル8 箱の中の小鳥』(宮澤伊織) [読書(SF)]

――――
 箱を慎重に持ち上げて、表面をじっと観察する。寄せ木細工の上に走る銀色の線だけが、この箱を開ける手がかりだ。裏世界と表世界の境界が、複雑に折りたたまれて箱の形になっている。鳥の群れはその隙間から染み出すように出現していた。
 私がやろうとしているのは、言うなれば爆弾処理だ。とっくに起爆して、今まさに私たちをズタズタにしつつある爆弾の解体。
――――
Kindle版No.718


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第8話。Kindle版配信は2017年9月です。


 『路傍のピクニック』(ストルガツキー兄弟)をベースに、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。ファイル1から4を収録した文庫版第1巻、およびファイル5から7の紹介はこちら。


  2017年03月23日の日記
  『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23

  2017年07月05日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル5 きさらぎ駅米軍救出作戦』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-07-05

  2017年08月07日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル6 果ての浜辺のリゾートナイト』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-08-07

  2017年08月31日の日記
  『裏世界ピクニック ファイル7 猫の忍者に襲われる』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-08-31


 ファーストシーズンの4話はSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズンは各話ごとに電子書籍として配信。ファイル5から8を収録した文庫版第2巻『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』(宮澤伊織)は、2017年10月19日発売予定となっています。


 さて、セカンドシーズン最終話となるファイル8は、タイトルからぴんと来る人も多いでしょう、いよいよ強烈な呪いの箱が二人を襲います。


――――
「よろしいのですか」
 小桜に向かって汀が言う。小桜は頷いた。
「こいつらに見せてやってくれ──第四種の行き着く先を」
――――
Kindle版No.274


 空魚と鳥子が裏世界から持ち帰ったアーティファクトを高額で買い取っているという謎の組織。裏世界との接触により心身に異常を来した犠牲者たちの実態。そして鳥子が探し続けている、行方不明になった冴月。大ネタが次々と姿を現し、とどめに強烈な呪い攻撃。二人は絶体絶命のピンチに。


――――
「言えるうちに言っとかなきゃなって。ほら、何があるかわかんないじゃん」
「やめてってば。手を動かして」
 私が嫌がっているのに、鳥子は話を続けた。
「あなたの人生を壊したままいなくなったら、どうなっちゃうのか心配だったけど、空魚、ちゃんとやっていける。私、ずっと見てたから」
――――
Kindle版No.754


 ここぞとばかり死亡フラグ立てまくる鳥子。

 というわけで、鉄道、戦車、ライフル、水着、猫、忍者と、根こそぎにする勢いで突っ走ってきたセカンドシーズンも、原点に戻ったネットロア怪談で幕を下ろしました。これまで存在がほのめかされるだけだった裏世界研究所(ソニーのエスパー研究室を起源とするらしい)がついに登場し、行方不明となっていた冴子と裏世界の背後にいる存在とのつながりが暗示される。深まったようなこじれたような空魚と鳥子の関係。次シーズンに向けた引きも満載です。長く続くシリーズになりそう。


タグ:宮澤伊織
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『WITHOUT SIGNAL!(信号がない!)』(小野寺修二、カンパニーデラシネラ) [ダンス]

公演プログラムより
――――
小野寺修二さんがベトナム滞在中、交差点ではない場所で車・バイク・人が交差し、ぶつかること無くスムーズに行き交うスリリングな光景を目の当たりにし、その感覚をモチーフにして、ベトナムの人々の生活習慣から生まれてくる無意識な身体感覚や空間感覚を“体内信号”として表現されようとしています。
――――


 2017年10月1日は夫婦でKAAT神奈川芸術劇場に行って、小野寺修二さん率いるカンパニーデラシネラの新作を鑑賞しました。ベトナム人と日本人の主演者総計9名が踊る70分の公演です。


[キャスト他]

演出: 小野寺修二
出演: Nguyen Hoang Tung、Nguyen Thi Can、Bui Hong Phuong、Nung Van Minh、荒悠平、王下貴司、崎山莉奈、仁科幸、Pon Pon


 舞台の床には、オレンジ色に発光するラインが右手前から左手奥へと一直線に伸びています。これが「道路」となって、観客を路地やアパートや料理店など様々な場所に連れてゆくのです。主役、というか、一応の視点人物として立っているのがグエン・ホアン・トゥンさん。個人的な感想ですが、この人、困惑したときの顔つきや動きが小野寺修二さんの演技そっくりに見えます。

 ヒッチハイクしようとして四苦八苦したり、ようやく乗車したと思ったら交通事故に巻き込まれたり、路地を歩きながら謎めいた人々とすれ違いつつ謎めいたリアクションをされたり、混雑する道路をスクーターでぶっ飛ばしたり、女性がベランダから落としたシーツを拾って届けようとしたり、立ち寄った料理店でいきなり誕生日のお祝いに巻き込まれたり。とにかく様々なよく分からない出来事に次々と巻き込まれ続ける視点人物。

 デラシネラお馴染みの演出もありますが(同じシーケンスが繰り返されて困惑する視点人物とか、次々と入れ替わってゆく死体役とか)、小道具をふんだんに駆使した新しい趣向の演出が次から次へと登場して飽きさせません。

 舞台奥に運転手が坐り、舞台手前に助手席に座った視点人物、舞台中央の道路を玩具の自動車が走ってゆく、という映画のマルチスクリーンのような演出。

 ハンドルだけのスクーターにまたがって走るシーンでは、ハンドル中央のライトが映写機になっていって、他の出演者たちが掲げる細長く分割されたスクリーンに「混みあった道路を疾走するスクーターから撮影した映像」を投影しつつ疾走感を出し、カーブではスクリーンの方が傾いて加速感を演出するという驚き。

 キャスター付きの小さな机と椅子を「車」に見立てて足で漕いでる、と思ったら、いきなり現れた「給仕」が机上に食器を置き、さらには複数の「車」が合体したと思ったら料理店のテーブルと椅子に早変わり。

 あと、複数の出演者がスマホ型の照明を床に置いて光を下から浴びて踊るシーンはとても印象的でした。

 グェン・ティ・カンさんと崎山莉奈さんが頻繁にベトナム語と日本語で会話を交わすのですが、一方しか聞き取れず何の話をしているのか微妙に分からない、というのが効果的でした。視点人物も観客も知らない何かのプロットが背後で進行しているような気もしてきます。

 大量に詰め込まれた演出アイデアで、ベトナムの街角や店や生活空間の様子を表現する70分。これまでの小野寺修二さんの作品から大きく雰囲気が変わったような印象を受けます。今後のカンパニーデラシネラの公演が楽しみ。


タグ:小野寺修二
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:演劇