『佐藤文隆先生の量子論 干渉実験・量子もつれ・解釈問題』(佐藤文隆) [読書(サイエンス)]
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量子力学を学習した多くの学生は初め、何か腑に落ちないモヤモヤしたものを感じ、それを先輩たちにぶつけると、ただ「先を勉強しろ」と諭され、確かに先にいくと痛みのない傷として忘却し、あれは大人になる通過儀礼のようなものだったかと納得する。本書はこの「モヤモヤ」の傷をいまだに抱え、感じている人を意識して執筆した。
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新書版p.3
観測が行われるまで物理量は確定してないのか、それとも「本当は」確定しているのだが観測できないだけなのか。量子力学にまとわりつく“納得の出来なさ”に挑んできた様々の実験を紹介しながら、その「モヤモヤ」感の意味を探求するサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年9月、Kindle版配信は2017年9月です。
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完成後、すでに90年を経た量子力学は成熟段階にあり、各分野で共有されている見方や解釈が少しずつ違っていても、支障なく各分野の発展を支えている。「支障なく」とは自然に切り込んでそれを操作するツールとして支障がないということである。ツールと思えば各分野の課題に適した趣向が凝らされるのは理解できるが、「ツールだ」というと必ず「いや自然の法則だ」という声が飛ぶ。基礎にさかのぼると意見が分かれるのに「支障なく」役立っている。これが成熟した現代量子力学の不思議な姿である。
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新書版p.68
いくら数式を解いても、理論通りの実験結果が得られても、どこかすっきりしない感触が残る量子力学。その納得の難しさをテーマとした異色のサイエンス本です。全体は6つの章から構成されています。
「第1章 量子力学とアインシュタイン」
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発表当時、超大物のEPR論文なのに反応したのはシュレーディンガーとボーアぐらいで、一般の研究者は全く注目しなかった。ところが半世紀も経た頃から異変が現れた。(中略)図1-8はこのEPR論文の年間当たりの引用回数の径年変化である。半世紀近くも経た1980年頃から急激に注目されだしたことが分かる。何かが動いたのである。
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新書版p.58
コペンハーゲン解釈、ボーア・アインシュタイン論争。量子力学に納得できない科学者たちによる批判と、実験によって決着をつけられるようになるまでの流れを概説します。
「第2章 状態ベクトルと観測による収縮」
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この「粒子・波動二重性」の実験的発見は、テクノロジーが進歩してミクロの世界に分け入ってみたら、二重性格の珍獣がいたというだけである。驚きではあるが、論理矛盾があるという意味での深刻さではない。この事態に対応するために新たに波動関数という数理概念を持ち込んで量子力学が完成したのである。深刻なのは、この数理概念の素性が従来の物理学での数理概念と著しく違うことである。
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新書版p.71
「粒子であると同時に波動でもある」という二重性は、真の「モヤモヤ」ではない。本当に深刻な問題は、その背景となる「状態ベクトル」にこそ内在されている。ここで量子力学の基本を復習します。
「第3章 量子力学実験ー干渉とエンタングル」
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これらの実験は「物理的存在は予め確定値を持って存在しているわけでない」ことを示している。GHZの議論は、ベルの不等式の統計的な判定でなく、それこそ1回の実験で判別できる実験である。(中略)「参加者」による自然への介入があって初めて「自然」からの応答が返ってくるのである。あくまでも問いを発する「人間」に起点があるのである。
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新書版p.144
干渉実験、KYKS実験、HOM実験、ZWM実験、GHZ実験。エンタングル、ベルの不等式。EPR論争に決着をつけるべく行われてきた数々の実験を紹介し、量子力学における最も不可解な側面に切り込んでゆきます。
「第4章 物理的実在と「解釈問題」」
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解釈論争の歴史はここで述べたような「科学のメタ理論」との位置付けでなされてきたわけではない。またこのテーマが科学界のメジャーな課題ではなかったという歴史のために、相互の対決が少なく、様々な主張が並列して放置されている、いわば「いいっぱなし」の世界であったという事情がある。
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新書版p.159
先導波、物理的収縮、多世界解釈、コペンハーゲン解釈、隠れた変数、デコヒーレンス、QBism。量子力学の不可解さを何とか納得しようと、次々に考え出された解釈モデル。その混乱と苦闘の跡をたどります。
「第5章 ジョン・ホイラーと量子力学」
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ホイラーの時空への関心ははるか以前からのものであり、二つの種を秘めていた。一つは観測とも結びついた天体宇宙の解明であり、もう一つは本書の主題である量子力学の解釈問題である。そしてこの第二の種が「すべては情報」へと飛躍させたのである。
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新書版p.181
「参加者」が観測することで立ち現れる「宇宙」。ブラックホールで有名なジョン・ホイラーが量子力学にどのように取り組んだのかを解説します。
「終章 量子力学に学ぶ」
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量子力学のモヤモヤは、雲が晴れるように、一冊の本を読んで晴れるなどということは決してない。ファインマンが言うように、こうあるべきだという「思い込み」と現実の間の齟齬にモヤモヤの火種があるのだ。計算問題の正答は一つだが、誤答の種類は無数にあるように、個人により「思い込み」の種類は違っていて無数にある。だからこういうモヤモヤの考察は、自分の「思い込み」を自覚する、自分との格闘なのである。世の中で大事なことはこの量子力学のモヤモヤだけではないが、これが挑戦しがいのある第一級の課題の一つであることは間違いない。
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新書版p.190
どうしてもすっきりと納得できないものが残る量子力学。そのモヤモヤの先にある現代的危機感を、むしろ科学という営みそのものを見直す契機ととらえることは出来ないだろうか。解釈問題から科学観の問い直しへと進んでゆきます。
量子力学を学習した多くの学生は初め、何か腑に落ちないモヤモヤしたものを感じ、それを先輩たちにぶつけると、ただ「先を勉強しろ」と諭され、確かに先にいくと痛みのない傷として忘却し、あれは大人になる通過儀礼のようなものだったかと納得する。本書はこの「モヤモヤ」の傷をいまだに抱え、感じている人を意識して執筆した。
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新書版p.3
観測が行われるまで物理量は確定してないのか、それとも「本当は」確定しているのだが観測できないだけなのか。量子力学にまとわりつく“納得の出来なさ”に挑んできた様々の実験を紹介しながら、その「モヤモヤ」感の意味を探求するサイエンス本。新書版(講談社)出版は2017年9月、Kindle版配信は2017年9月です。
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完成後、すでに90年を経た量子力学は成熟段階にあり、各分野で共有されている見方や解釈が少しずつ違っていても、支障なく各分野の発展を支えている。「支障なく」とは自然に切り込んでそれを操作するツールとして支障がないということである。ツールと思えば各分野の課題に適した趣向が凝らされるのは理解できるが、「ツールだ」というと必ず「いや自然の法則だ」という声が飛ぶ。基礎にさかのぼると意見が分かれるのに「支障なく」役立っている。これが成熟した現代量子力学の不思議な姿である。
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新書版p.68
いくら数式を解いても、理論通りの実験結果が得られても、どこかすっきりしない感触が残る量子力学。その納得の難しさをテーマとした異色のサイエンス本です。全体は6つの章から構成されています。
「第1章 量子力学とアインシュタイン」
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発表当時、超大物のEPR論文なのに反応したのはシュレーディンガーとボーアぐらいで、一般の研究者は全く注目しなかった。ところが半世紀も経た頃から異変が現れた。(中略)図1-8はこのEPR論文の年間当たりの引用回数の径年変化である。半世紀近くも経た1980年頃から急激に注目されだしたことが分かる。何かが動いたのである。
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新書版p.58
コペンハーゲン解釈、ボーア・アインシュタイン論争。量子力学に納得できない科学者たちによる批判と、実験によって決着をつけられるようになるまでの流れを概説します。
「第2章 状態ベクトルと観測による収縮」
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この「粒子・波動二重性」の実験的発見は、テクノロジーが進歩してミクロの世界に分け入ってみたら、二重性格の珍獣がいたというだけである。驚きではあるが、論理矛盾があるという意味での深刻さではない。この事態に対応するために新たに波動関数という数理概念を持ち込んで量子力学が完成したのである。深刻なのは、この数理概念の素性が従来の物理学での数理概念と著しく違うことである。
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新書版p.71
「粒子であると同時に波動でもある」という二重性は、真の「モヤモヤ」ではない。本当に深刻な問題は、その背景となる「状態ベクトル」にこそ内在されている。ここで量子力学の基本を復習します。
「第3章 量子力学実験ー干渉とエンタングル」
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これらの実験は「物理的存在は予め確定値を持って存在しているわけでない」ことを示している。GHZの議論は、ベルの不等式の統計的な判定でなく、それこそ1回の実験で判別できる実験である。(中略)「参加者」による自然への介入があって初めて「自然」からの応答が返ってくるのである。あくまでも問いを発する「人間」に起点があるのである。
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新書版p.144
干渉実験、KYKS実験、HOM実験、ZWM実験、GHZ実験。エンタングル、ベルの不等式。EPR論争に決着をつけるべく行われてきた数々の実験を紹介し、量子力学における最も不可解な側面に切り込んでゆきます。
「第4章 物理的実在と「解釈問題」」
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解釈論争の歴史はここで述べたような「科学のメタ理論」との位置付けでなされてきたわけではない。またこのテーマが科学界のメジャーな課題ではなかったという歴史のために、相互の対決が少なく、様々な主張が並列して放置されている、いわば「いいっぱなし」の世界であったという事情がある。
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新書版p.159
先導波、物理的収縮、多世界解釈、コペンハーゲン解釈、隠れた変数、デコヒーレンス、QBism。量子力学の不可解さを何とか納得しようと、次々に考え出された解釈モデル。その混乱と苦闘の跡をたどります。
「第5章 ジョン・ホイラーと量子力学」
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ホイラーの時空への関心ははるか以前からのものであり、二つの種を秘めていた。一つは観測とも結びついた天体宇宙の解明であり、もう一つは本書の主題である量子力学の解釈問題である。そしてこの第二の種が「すべては情報」へと飛躍させたのである。
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新書版p.181
「参加者」が観測することで立ち現れる「宇宙」。ブラックホールで有名なジョン・ホイラーが量子力学にどのように取り組んだのかを解説します。
「終章 量子力学に学ぶ」
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量子力学のモヤモヤは、雲が晴れるように、一冊の本を読んで晴れるなどということは決してない。ファインマンが言うように、こうあるべきだという「思い込み」と現実の間の齟齬にモヤモヤの火種があるのだ。計算問題の正答は一つだが、誤答の種類は無数にあるように、個人により「思い込み」の種類は違っていて無数にある。だからこういうモヤモヤの考察は、自分の「思い込み」を自覚する、自分との格闘なのである。世の中で大事なことはこの量子力学のモヤモヤだけではないが、これが挑戦しがいのある第一級の課題の一つであることは間違いない。
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新書版p.190
どうしてもすっきりと納得できないものが残る量子力学。そのモヤモヤの先にある現代的危機感を、むしろ科学という営みそのものを見直す契機ととらえることは出来ないだろうか。解釈問題から科学観の問い直しへと進んでゆきます。
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