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『機龍警察 狼眼殺手』(月村了衛) [読書(SF)]

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「諸君もかねがね不審に感じてきたことと思うが、警視庁特捜部は一般はもちろんのこと、警察内部にも公表できない多くの機密を抱えている。そのいくつかを、今から諸君に明かす」
 すべての前置きを省き、沖津は切り出した。
「言うまでもないが、今日ここで耳にした事項は決して他言してはならない。たとえ相手が警察幹部であってもだ。私、もしくは私の後任者の許可がない限り、諸君は生涯その秘密を抱えて生きていかねばならない。その重責に耐える自信のない者は、ただちにこの場より退出してもらいたい。二分間の猶予を与える。退出した者には、できるだけ希望に沿った異動が速やかになされるよう、万全を尽くすことを約束する」
 そこまで言ってから、沖津はしばし無言で室内を見渡した。
 席を立とうとする者は一人もいなかった。
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単行本p.306


 画期的な量子通信技術の開発を目指す国家プロジェクト「クイアコン」。その関係者が次々に消されてゆく。暗躍する謎の殺し屋、通称「狼眼殺手」。浮かび上がってくる巨大な疑獄事件。だが、警視庁特捜部の沖津部長は、事件の背後に、はるかに禍々しく邪悪なものを見ていた……。
 特捜部最大の危機を描き、シリーズの転換点となる長篇第五弾。単行本(早川書房)出版は2017年9月、Kindle版配信は2017年9月です。


 凶悪化の一途をたどる機甲兵装(軍用パワードスーツ)犯罪に対抗するために特設された、刑事部・公安部などいずれの部局にも属さない、専従捜査員と突入要員を擁する警視庁特捜部SIPD(ポリス・ドラグーン)。通称「機龍警察」。

 龍機兵(ドラグーン)と呼ばれる三体の次世代機を駆使する特捜部は、元テロリストやプロの傭兵など警察組織と馴染まないメンバーをも積極的に雇用し、もはや軍事作戦と区別のなくなった凶悪犯罪やテロに立ち向かう。だがそれゆえに既存の警察組織とは極端に折り合いが悪く、むしろ目の敵とされていた。だが、特捜部にとって真の〈敵〉は、警察機構の上層部に潜んでいた……。


 長篇第五作目となる本書は、機甲兵装によるバトルシーンがいっさい出て来ない、ストイックな警察小説です。発端は、謎の暗殺者による連続殺人事件。特捜部とは何かと因縁の深い中国系企業も血眼になって追っているという謎の殺し屋、通称「狼眼殺手」とは何者か。


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 会議室の片隅で、ライザは身じろぎもせずに幹部達の話に聞き入っていた。
 嫌な汗が全身に流れる。死体のように冷たく、鮮血のように熱い汗だ。
『狼眼殺手』。
 そんな中国名の暗殺者など、今まで聞いたこともない。
 しかし――
 どうしても思い出さずにはいられない。あの眼を。死んだはずの狼の眼を。
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単行本p.111


 連続殺人事件の背後から浮かび上がってくる巨大な疑獄事件。あらゆる黒社会の住人を巻き込んで膨れ上がってゆく巨大な闇。やむなく合同捜査に乗り出した警察も、国家規模の巨悪に翻弄され、ひたすら混迷を深めてゆく。


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 自分達は、一体なんの事件を追っているのか。
 贈収賄の疑獄事件なのか。
 連続予告殺人事件なのか。
 黒社会の抗争事件なのか
 ゼネコンの談合事件なのか。
 中国情報機関によるスパイ事件なのか。
 すべてが渾然一体となって不条理の黒い霧を形成している。まるでクイアコンの本質を覆い隠すかのように。
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単行本p.124


 後手に回る捜査。すべての責任を特捜部に押しつけようと画策する警察内部の組織力学。そして特捜部の内部崩壊を狙う〈敵〉の魔手。


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「今度こそ沖津も終わりだ。長官の怒りを買いながら警察で生きていけるわけがない。君は沖津や特捜と一緒に沈みたいのか。今度の事案はどう転んでも警察は無傷では済まん。検察をはじめとする法曹界や財政界もだ。沖津は責任を取ると公言しているそうだが、上層部は最初からそのつもりだ。もっとも、沖津一人の首で幕引きを計れるとも思えんがね」
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単行本p.128


 だがそのとき、特捜部長である沖津は、はるかに禍々しく、邪悪なものを見つめていた。世界の軍事バランスを根底から覆し、すべての人々を歯止めの効かないテロと内戦に巻き込みかねないものの片鱗を。


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「捜査を続けるうちに、この事案は想像以上に根深いことに気がつきました」
「これだけの規模の疑獄事件だ。根深いに決まってるでしょう。最初から分かっていたことだ」
「そうじゃない。もっと禍々しく、邪悪なものです」
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単行本p.234


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 なんという時代だろう。科学が人を救う時代はもう終わってしまったというのに、人は科学に夢を見て、現実から目を背け続ける。世界の紛争地帯から目を背けるように。だが間もなく、世界中の人が否応なく〈それ〉をまのあたりにするようになるのだ。
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単行本p.481


 決断を下す沖津。そして、ついに明かされる特捜部の秘密。


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 潮時という奴か――
 ネクタイを外してシャツを脱ぎながら、沖津は決断していた。
 部下達に鋼鉄の十字架を背負わせることを。
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単行本p.305


 だが衝撃と混乱のなか、ひとりひとりの心の中で、警察官としての矜持のようなものが生まれてゆく。


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 信じるんだ――俺達は警察官だ――
 部長の言葉。
 ――それでも我々は、少しでもその世界がよいものとなるよう、今、そう今この瞬間にだ、全力を尽くさねばならないと思っている。
 そう言ったときの部長は、確かに警察官の目をしていたではないか。
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単行本p.316


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 恐れるな。恐れたら負ける。自らの怯懦に、邪悪な現実に、そして不条理な運命に立ち向かえ――
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単行本p.402


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「ラードナー警部にもちょっとだけ会ったけど、あの人は変わったわ」
「変わった?」
「なんて言うか、そう、警察官の顔をしてたわ」
「…………」
「うまく言えなくてごめんなさい。でも、ほんとにそうなの」
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単行本p.459


 というわけで、シリーズの大きな転換点となる長篇です。連続殺人事件、凄腕の暗殺者との死闘、巨大プロジェクトをめぐる疑獄事件。それだけで一冊の長篇になりそうなプロットを何本も絡め、その混沌の中から短編『化生』(『機龍警察 火宅』に収録)でほのめかされた危機が現実のものとして立ち現れてゆく展開には、ぐっと来ます。

 この転換点を経てシリーズは後半に入ってゆくものと思われますが、どこに落着することになるのか、とにかく先を読み続けようと思います。



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