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『Last Work ラスト・ワーク』(オハッド・ナハリン、バットシェバ舞踊団) [ダンス]

 2017年10月29日は、夫婦で彩の国さいたま芸術劇場に行ってイスラエルのオハッド・ナハリン率いるバットシェバ舞踊団の公演を鑑賞しました。2015年に初演された、17名のダンサーが出演する65分の作品です。

 舞台の左右には、競馬のスターティングゲートのような仕切りが並んでいます。そこからダンサーが舞台に出たり入ったり。舞台の奥には背もたれのない長い長いベンチが横たわり、ダンサーたちはそこに一列に腰かけたり、ベンチの陰から衣装を取り出したりします。

 舞台の左手奥、ベンチのすぐ向こうに、おそらくランニングマシーンが置いてあり、その上を一人のランナーが延々と一定リズムで走り続けます。時間とか、時代の流れとか、日々の生活、といったものを象徴するかのように、舞台上での出来事と一切干渉することなく。

 心臓の鼓動のように、たっ、たっ、たっ、たっ、と響くその足音が公演中ずっと聞こえています。一時間以上もの長丁場をリズムを崩すことなく走り続けるその体力もそうですが、そもそも精神力が驚異的。

 このシンプルな舞台上で、次から次へとダンサーたちが登場して動いては去ってゆくのですが、その動きが何というか想像したことがないものばかり。思わず自分が何を見ているのか分からなくなるような驚きがあります。圧巻の身体能力。

 ずっと沈鬱なムードの音楽が流れていることもあって、どの場面からもどこか抑圧された苦しみのようなものが漂います。ダンサーひとりひとりの個性は曖昧にされており、場面によっては全員が白いマスクをかぶって見分けがつかなくされます。

 最後になってノリのよい軽快な音楽が流れ、ダンサーたちが歓喜に包まれるシーンは印象的。「個性、多様性、ひとりひとりの人生のかけがえのなさ、そういったもので国家的抑圧に対抗する」という以前の作品に見られたテーマに引きずられて、ついつい「ようやく抑圧から解放されたのね、よかった」と一瞬思うのですが、これが意地の悪い罠。

 煽動に乗せられて騒いだダンサーたちは、ライフル銃を前に、次々とガムテープで拘束されてゆきます。背後で走っているランナーでさえ、国威高揚のための旗を持たされ煽動者にされてしまうという、何ともいえない後味の悪さ。

 というわけで、個性を奪ってのっぺりした動員数にしたがる抑圧体制と、自分だけの感情や欲望や情動がほとばしるようなダンスが、同時に強烈に観客の心を揺さぶってくる作品でした。


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