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『大尾行』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]


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「プロの探偵が本気になって尾行すれば、追い切れないマルタイなどありえない」
「そう。君の言うことは正論だ。しかし――」
「しかし、なんだ?」
「すくなくとも一人は実在するようなんだ、尾行不可能(アントレイサブル)な女が――そう、女性なんだがね」
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単行本p.42


 何十人もの尾行者で包囲しても、最新のデジタルテクノロジーを使った完璧な尾行システムを駆使しても、必ずロストしてしまう尾行不可能(アントレイサブル)な女。目の前で鮮やかに「消失」してのけた彼女の謎を追う探偵は、いつしか自分の方が追われていることに気づく。孤立無援の窮地から逆転は可能か。追うものと追われるものが反転するサスペンス長編。単行本(光文社)出版は2012年6月、文庫版出版は2014年12月、文庫のKindle版配信は2016年2月です。


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 かつての探偵はあくまで「個人」だった。いったん尾行をはじめたら、その一人ないしはチームだけが最後までそれをおこなう。指示してくれる者などどこにもいない。現場での個々の判断がすべてだ。今は違う。探偵とは「組織」であり、少数の頭脳と多数の手足だ。個人としての探偵は組織に奉仕するパーツのひとつにすぎない。(中略)
 頭脳は探偵社本部に詰める数十人のスタッフで、その他数百人の探偵が、その指示にしたがって、手足となって動く。一人ひとりのノルマは一日二十件、十五時間労働である。過労でたおれる社員が続出する。保険も組合もない。働けなくなったら使い捨てである。
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単行本p.13、29


 徹底した分業体制と最新のデジタルテクノロジーを駆使して、まさに物量で尾行対象者(マルタイ)を追う尾行システム。これによる大量案件の処理で依頼料の大幅な引き下げを実現した探偵社は、昔ながらの探偵事務所を次々と吸収して今や巨大企業となった。

 そこにつとめる探偵の一人である村川のもとに持ち込まれたのは、常識では考えられない奇怪な案件だった。ある大企業からの依頼で尾行していた女が、探偵社が誇る完璧な尾行システムをかいくぐって何度もロストしてみせたというのだ。

 追跡不可能者、アントレイサブル。そんなものは存在しない。それを証明するために自ら陣頭指揮をとって彼女、遠野尚子を追った川村だが……。


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 この瞬間、じつに総勢五十人の態勢で、遠野尚子一人を追っているのだ。このほか離れた場所には十数人のリレー要員が待機している。もちろん数が多ければいいというものではなく、主に追うのは村川をはじめとする三人で、他の者たちは必要に応じてかけつけることになっている。
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単行本p.65


 GPS、眼鏡型デジタルビデオカメラ、無線リンク。居場所を捕捉され、録画され、マルチアングル映像を中央指令室から常時チェックされる対象者。周囲を探偵たちに完全に包囲された状態で、しかも隠れ場所のない渋谷スクランブル交差点のまさにど真ん中で、見事に「消失」してみせた遠野尚子。有り得ない。さすがの村川も呆然とする他はなかった。


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 全員呆然としていた。交差点をわたりきるわずか数秒の間に、遠野尚子は消えてしまったのだ。ディスプレイ上に輝点だけをのこして。
 ロストどころか消失そのものではないか。村川にとって初めての経験だった。目の前で魔法を見せられたのだ。
(中略)
再生画像を何度見ても、いくら考えても、わからなかった。
 遠野尚子は「何らかの仕掛け」をしている。ただそれが何なのかわからない。こちらの想像を超越した「何か」であるということ以外は。
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単行本p.85、121


 アントレイサブルの謎に挑むうちに、村川は逆に自分が追われていることに気づく。敵は、尾行を依頼してきた大企業。いや、探偵社も敵。かつての同僚たちと完璧な尾行システムが村川を追う。孤立無援の窮地。だが、たとえどんなに困難であろうとも、村川は闘わなければならない。正義のために。


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「父がいつも言ってたでしょ――。正義感とはナイフのようなものだ。無闇にむきだしにしない方がいい。心の底にしまっておけ。ここ一番というときのために、って」
「今がその『ここ一番』ではないか」村川はICレコーダーにふきこんだ。(中略)
 ただ、今回の相手は高校生十八人とはくらべものにならない強敵だ。社員探偵千人と、それを動かす頭脳集団。これを向こうにまわして、たった一人で闘うことになる。
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単行本p.116


 狭まりゆく包囲網。だが、どこかに逆転の目があるはずだ。そう、遠野尚子がやってのけたように……。

 というわけで、アントレイサブルの謎を追ううちに「大企業の陰謀と闘う」という熱いプロットに移行してゆき、絶体絶命の窮地をどうやって逆転するか、という展開に合流してゆく構成が見事。

 伏線やミスディレクションの使い方も巧みで、絶望的な窮地がくつがえされてゆくクライマックスは「おおっ、そうくるか!」の連続。トリックは正直かなり無茶だと思いますが、展開の面白さのおかげで、そういうことは気になりません。手に汗握るサスペンス小説としてお勧めです。



タグ:両角長彦
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