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『人喰いの国(「文藝」2016年冬号掲載)』(笙野頼子) [読書(小説・詩)]

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 ひょうすべ、ひょうすべ?
 ねえ、ひょうすべの国になると、そこはどうなるの?
 うん、生命体がすべて、資源になる。誰も彼もがそこでは、人間も動物も男も女も……。
 地球レベルの巨大な脱水機にかけられ、血を絞られ死んでいく。
(中略)
足元を照らしてはならぬという規則の中、我々は崖っぷちの夜道を歩かされる。一方だけの自由に支配されて。そこに報道はない。言論もない。芸術も真実も告発も表には出られない。いるのはただ、ひょうすべ、ひょうすべ。
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文藝2016年冬号p.306、307


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第107回。

 人喰い妖怪ひょうすべにひょうすべられる国にっほん、今やもう、だいにっほん。火星人少女遊廓で働いていた埴輪詩歌は、そこで火星人落語の名手、木綿造と出会う。一方、女人国ウラミズモでは、だいにっほん占領計画が……。TPP批准後のこの国を描くシリーズ、ついに完結。


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 女に仕事はなく、介護も家事も保育もただ働き、「少女をばんばん消費」するのだけが許された贅沢であり正義である国、生活保護家庭が外で牛丼を食べていても殴り掛かるという、何もかもが「アート」なにっほんであった。
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文藝2016年冬号p.333


 すいません。『ひょうすべの約束』の紹介で「おそらく完結篇」と書いてしまい、次の『おばあちゃんのシラバス』の紹介では「今度こそ完結篇」と書いてしまいましたが、ええ、今回が完結篇です。少なくとも「文藝」の目次には「シリーズ、ついに完結!」と書いてありました。

 ちなみに、これまでに発表された「ひょうすべシリーズ」の紹介はこちら。



  2012年10月08日の日記
  『ひょうすべの嫁(「文藝」2012年冬号掲載)』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2012-10-08

  2013年01月07日の日記
  『ひょうすべの菓子(「文藝」2013年春号掲載)』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-01-07

  2016年04月07日の日記
  『ひょうすべの約束(「文藝」2016年夏号掲載)』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-04-07

  2016年07月07日の日記
  『おばあちゃんのシラバス(「文藝」2016年秋号掲載)』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-07-07


 TPP批准後、グローバル企業にばりばり喰われるにっほん。SDI条項や特許権パワーで、水も食物も健康も、すべてが搾取構造に取り込まれ、なのに政府は率先して一億総活躍社会。ひょうすべ、ひょうすべ。


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この国で守るものはただ、「民を喰わせます赤子までも」というひょうすべとの約束だけ。
(中略)
 外国の酷使される安い労働力、それも時には児童労働をさらに値切って使う。為替相場をゼロコンマの単位で切り詰めながら、世界各地から材料を集めるしかないため、商売は世界規模のチェーン店しか残れなくなっていく。そこに雇われた人々は生涯の過労、安時給に苦しみ、フランチャイズをとって経営を始めても厳しすぎる条件にすぐ倒産する。県の市役所のどこに行っても、世界企業のロゴとコラボが躍っていた。萌エロ商法のために地元の嫌がる女子高生をモデルに差し出し、あるいは巨乳二次元で煽って痴漢に襲わせ、女性が怒れば経済効果を謳って開き直る。しかし、収益は企業がすべて持ち去るのである。
(中略)
国中の景気が悪化するような体制を国がむしろ、支えていた。ひょうすべに民を喰わせる約束を守って……。
(中略)
だがそもそも政府が約束を破る事を通常業務にしている国なのである。ていうか馬鹿丸出しの黒塗り条約にハンコついてそればっかりはくそ守る……世、界、最、低、国、で。
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文藝2016年冬号p.313、319


 そんな惨状でも、とりあえず未成年女子を性的搾取する自由だけはしっかり守ってくれる。そんな民度の高いわが国に生まれて本当に良かったクールジャパン。


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いつのまにかそれらは全部カギカッコを付けられ「二次元」と呼ばれるようになってしまった。
 人間が殺され苛められているのに「またアニメたたきかよ、でも表現の自由だろ」とひょうすべはうそぶいた。
 逼迫した地方自治体は特区に遊廓を作りそこで「二次元」をやった。そこの少女さんをかばうものたちは「もっと現実の実存女性の不幸に目を向けたら」などと言われてせせら笑われた。
(中略)
 どんなひどい事でも「アート」ですむ、そんな世界の「秩序」は、守られていった。「表現がすべて」のひょうすべクオリティでは、痛いのも痒いのも腹減るのも全部、二次元だそうで、不眠労働も二次元、過労死も二次元。しかも遊廓の中ならつまり行われる仕事はすべて芸能・アート活動とされた。
(中略)
 もし遊廓外の、つまり無事でいる少女が、この社会で完全に遊廓ボケしたひょうすべから勝手に二次元化と見なされて被害を受けたとき、どうなるのか。それ、むろん、あわわわわわ、ひょうげんのじゆう、なのだ、ちかん、ごうかん、ひとごろし、ここは? 地獄の、一番底。
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文藝2016年冬号p.318、319


 女性専用車両、AV出演強要告発、人工透析、生活保護、難民。ひょうげんのじゆうのために「弱者特権」とたたかう皆さんを、イカフェミが優しくサポート。


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女子トイレ襲撃者どもでさえも、被害者と加害者をひっくり返せるのである。またこの被害と加害の逆転ポイントは戦争煽動にも虐殺教唆にもさらにはいんちきな恐喝言語にも、要はヘイト界隈ならば必ず発生しているものなのである。
 障害者と健常者、難民と自国民、幼児とおとな、女子高生と痴漢、選挙民と総理でさえもこれでひっくり返し、加害圧力を被害者ぶらせる事が可能となる。まあ、そういう、……。
 イカフェミまたはヤリフェミと呼ばれる男性奉仕だけフェミニズムが選んだお勧め映像である。
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文藝2016年冬号p.322


 祖母が亡くなった後、店はつぶれ、家を失い、生活に困窮した埴輪詩歌は、とうとう「子供がおとなから声かけられ拉致監禁され売春させられて強姦され性病になって、殺されるための大切なーっ、そういうっー、子供がっ! セックスする権利!」(文藝2016年冬号p.322)を守るための人権擁護施設、火星人少女遊廓でヤリテ見習いとして働くことに。

 中略!

 そこで知り合ったのが、火星人落語の名手である木綿造。「SFオタク婚ならばたちまち百パーセントGOくらいの話の合い方」(文藝2016年冬号p.327)だった二人は、いやそのたとえはどうなの、色々あった末に結婚。後に木綿助といぶきという二人の子供が生まれます。


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 埴輪木綿助はもう中学生だ。今日もまた、殺意の目をした小さい妹いぶきに殴られて頭に瘤を拵えている。しかし「それでも本気で妹を殴り返したりはしないはずなのだけれど」、と詩歌は思っていてでも実はこの母親が留守の時に二人は何度も殺し合いぎりぎりまで戦っていた。
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文藝2016年冬号p.337


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木綿助をひょうすべにしないために、いぶきをひょうすべに喰われないように、詩歌はそれだけは注意して育てた。木綿造もそれでいいと後押ししていた。人を踏み付けにしないように、三次元を二次元と言いこしらえぬように、こんな時代だけど真人間に育てたいと。
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文藝2016年冬号p.338


 すでに彼らが「だいにっほんシリーズの通りに全滅」(文藝2016年冬号p.340)することを知っている読者の心は、切々とした哀しみに満たされることに。思い返してみれば、だいにっほんシリーズに登場する木綿助といぶきは、最初から死者でした。

 常にリニューアルを続ける笙野文学のなかで、おんたこからひょうすべに更新され嫌さ倍々プッシュのだいにっほん。今となっては、タコグルメが八百木千本の萌え美少女化をたくらんでいた頃のだいにっほんがむしろ懐かしく思えるほどの荒みようですが、これも現実がまじに追い抜いてゆくから。この国がこのままである限り、私たちはさらなるリニューアルで嫌悪感メガ盛だいにっほんに再び戻ってくることになるでしょう。嫌。


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 かつて難民を助けようともしなかったこの国家から、政府と大企業だけが外国に移転され、生き延びるでしょう。彼らは安全な先進国に暫定政府を置き、そこから生きたにっほんの少女を売りつづけ国を売りつづけます。そして我が国土と彼ら政府は昔と変わらず、実に何の関係もないまま、売られ、売り飛ばされるだけの時間軸を辿るのです。
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文藝2016年冬号p.346



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