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『ぶたぶたの花束』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]


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 あのぬいぐるみがほしい。あれさえあれば、どんな願いでも叶いそうな気がする。
 ……でも、どうやって手に入れればいいの?
 そう考えると何も浮かばない。あの部屋から出てくるのだろうか? お裁縫はしていたけど、歩けるのか? まさか、囚われの身!? 捕まってぬいぐるみを作らされているの!?
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文庫版p.221



 ボディガード、花屋さん、そして「ぬいぐるみ職人」まで。様々な職についている山崎ぶたぶた氏の活躍を描く、花にまつわる五つの物語を収録した短篇集。文庫版(徳間書店)出版は2016年10月、Kindle版配信は2016年10月です。


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 今回は雑誌に掲載した作品を集めた花束のような短篇集です。花といっても主にバラですね。
 最初に『BLUE ROSE』を書いた時は、こんなふうになるとは思ってもみなかったのですけれど、いつの間にか裏テーマが「バラ」みたいになってしまった。ぶたぶたの職業はいろいろなのに。
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文庫版p.256


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、心は普通の中年男。山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。「ぶたぶた」シリーズはそういうハートウォーミングな物語です。

 今回は花にまつわる話を五篇収録した短篇集です。様々な趣向の作品が収められ、登場人物の年齢も幼児から熟年までバラエティに富んでいますので、誰もが心に響く作品を見つけることが出来るでしょう。個人的には爆走コメディ『BLUE ROSE』がいっとーお気に入り。


『ボディガード』
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 ていうか何これ!? いつの間にかぬいぐるみのボディガードが装着されてる!?
「これで仕事中も安心ね」
「衣装を着替えても、ぬいぐるみはつけときましょう。抱えてもいいし」
「名前とか訊かれそうね。じゃあ、イメージカラーがオールドローズだから、ローズちゃんで」
 ローズちゃん!
 い、いや、顔や色はまったくぴったりなのだが、あの声でローズちゃん……。
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文庫版p.22

 怪しいストーカーにつきまとわれているアイドル。彼女を守るために雇われたのは、仕事場だけでなく自宅でも24時間張り付いて彼女を見守り、コンサート中も本人の腰にしっかり「装着」され、ファンから「かわいいー」と叫ばれるローズちゃん(コードネーム)。外見がピンクのぶたのぬいぐるみだから、常にアイドルと一緒にいても決してスキャンダルにならない理想のボディガード、山崎ぶたぶた。中年男なのに。中年男なのに。


『ロージー』
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 それに、今日のことを考えるとすごくうれしくなる。特にあの点目! しっぽ! 後ろ姿! 花に埋まった鼻!
 家に帰ってから、菫は思い出す限り、ぶたぶたのイラストを描いた。何枚も何枚も。楽しくて時間を忘れた。
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文庫版p.102

 仕事に疲れたとき、癒しが必要なとき、エステサロン「ロージー」に通う語り手。そこではときどき不思議な現象が起きる。誰もいないはずの部屋から中年男性の渋い声が話し掛けてくるのだ。すごい癒し効果!


『いばら屋敷』
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「ぶたぶたってなんの妖精なの?」
「えっ!?」
 鍵を直したりする妖精じゃないみたいだし。
「うーん……えーと、バ、バラの妖精かな?」
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文庫版p.119

 いばらの繁みに隠された小さな空間。そこを隠れ家にしていた子供が、ピンク色のぶたの姿をした「妖精」に出会う。子供が置かれている深刻な状況に気づいた妖精さんは、不思議な力(具体的にいうと法権力)を使って助けてくれたのでした。


『チョコレートの花束』
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彼が花屋であることをようやく受け入れたばかりだというのに(そして、それに今気づいたばかりだというのに)、この上、元……元なんだ、ショコラティエ?だったなんて! 花屋以上に受け入れがたい。だって、花屋なら妖精みたいな感じで売るとかなんとかではなく、「お花の世話をする」というファンタジーな受け入れ方もできたのに、チェコを作るって――しかもバラの形の。
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文庫版p.184

 夫の誕生日プレゼントを探していた語り手が、ふと入ってみた花屋さん。そこの店主はピンクのぶたのぬいぐるみだった。花束、チョコレート、ぬいぐるみ、というプレゼントに最適な物語。


『BLUE ROSE』
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ぶたぶたが晴れ晴れしているのは、損したのがたった千円だから。「千円でけっこう遊べた」という満足感すら顔に出ていた。点目なのにっ。
「負けた……こんなに負けたの初めて……」
「うーん……まあ、ギャンブルでお金はなかなか増えませんからね……」
 そりゃそっちは千円ですんでるんだもん! と怒鳴りたい気分だったが、正論なので反論もできず。それに路上でぬいぐるみに八つ当たりというのもみっともない。
「けど、あたしはあきらめないわっ」
 気持ちを切り換えて、唯は宣言する。
「パチンコがいけなかったのかもしれないもの」
「うーん、やはり地道に――」
「今ならまだ間に合うわ!」
 唯はぶたぶたをはしっとつかまえ、駅へと走り出した。
「競馬場に行くわよ!」
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文庫版p.242

 テディベアのネット販売で有名な「ブルーローズ」。この店で購入したぬいぐるみを持っていると願いが叶うという噂だったのに、何と恋人にふられてしまった語り手。憤懣やる方なく、せめて一言文句つけてやる、ということで店に押しかけたところ、何とテディベアを作っているのはピンクのぶたのぬいぐるみだった。なにー、あんたが幸運のぬいぐるみだったのか。じゃあ、責任とって願いを叶えてもらおうじゃないの。

 無茶苦茶ながら何だかよく分かる怒りパワーのまま山崎ぶたぶたを誘拐した語り手。さあ、パチンコだ、競馬だ。幸運のぬいぐるみ、しかも中年のおっさんなんだから、勝てるはずでしょ! 怒濤の爆走コメディ。



タグ:矢崎存美
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