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『すべてわかる SDN/NFV大全 2015-2016』 [読書(サイエンス)]

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 通信・ネットワークの総合情報誌である「日経コミュニケーション」がSDNを本格的に紹介したのは2011年11月号の特集記事だった。それから約4年。用語としてのSDNはネットワーク業界において完全に定着した。NFVもSDNとセットにされて、新たなトレンドとしてよく紹介されるようになった。
 多くの人がSDN/NFVを当たり前のように口にする一方で、バズワード化が進み、過度の期待が寄せられるようになった。ただこれはネットワーク業界ではよくあること。確かに成功例ばかりではないが、今やSDNやNFVはネットワークの業界に閉じない動きになっている。
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Kindle版No.76


 「日経コミュニケーション」「日経コンピュータ」「日経NETWORK」「ITpro」の各誌に掲載された記事から、SDN/NFVまわりの話題を扱ったものを抜粋し、一部加筆修正の上でまとめた一冊。単行本(日経BP社)出版は2015年6月、Kindle版配信は2015年7月です。


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 そもそもSDN/NFVが登場した背景には、ITシステムを大きく変えつつある「仮想化」技術の進展がある。サーバー、ストレージと進んできた仮想化の波が、ついにネットワークにも及び、それがSDN/NFVとして実を結んだ。ネットワークが仮想化されることで、ITシステム全体の仮想化が完成する。SDN/NFVは最後のピースになったというわけだ。
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Kindle版No.88


 ネットワーク仮想化技術については、昨日の日記で紹介した『ネットワーク仮想化』(渡辺和彦、法橋和昌、沢村利樹、池上竜之)が基礎から教えてくれる入門書として良かったのですが、出版が2013年と少し古いため、SDNに関する最新動向やNFVとの関わりについては書いてませんでした。ちなみに、昨日の日記はこちら。

  2015年10月07日の日記
  『ネットワーク仮想化 基礎からすっきりわかる入門書』(渡辺和彦、法橋和昌、沢村利樹、池上竜之)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-10-07

 そこで、最新情報がまとめられている本書です。2014年版の『すべてわかる SDN/NFV大全』の新版ということで、購入する際には気をつけて下さい。赤っぽい表紙に「2015-2016」と書いてある方が現時点における最新版です。この業界、とにかく動きが早いので、常に最新版をチェックする必要があります。

 前述したように日経の技術誌から関連記事を抜粋したものなので、基本的にはスクラップ帳のようなもの。一応、6つの章に分類してありますが、お世辞にも体系的に構成された本とはいえず、様々な記事を雑多に並べただけと思って間違いありません。逆に言えば、混沌としたまま激しい勢いで流れてゆく技術動向の今を、臨場感たっぷりに味わうことが出来るという気もします。


「第1章 SDN/NFV の2015-2016」

 クラウドに取り込まれるSDN、商用化目前のNFV。2015年におけるネットワーク仮想化の動向をまとめます。


「第2章 応用編 クラウド活用とユーザー事例」

 広域データセンタ仮想化、ホワイトボックススイッチの登場、ハイブリッドクラウドの台頭、ベアメタルクラウド、OpenStack、Docker、などの最新動向を解説。また具体的なユーザー事例として、竹中工務店、NEXCO西日本、JR東日本、東洋製罐、テレビ朝日をそれぞれ取り上げて紹介します。


「第3章 動向編 最新のソリューションとサービス」

 「Mobile World Congress 2015」におけるNFVや5Gに関する展示内容報告、OpenDaylightの商用展開やOpenStackとの連携、NFVのライブデモなどノキア「eXperience Day 2014」報告。NEC、A10、VMware、NCLC、CTC、アライド、ネットワールド、NTTコミュニケーションズ、ブロケード、日立システムズ、など各プレーヤーの動向。そして調査会社IDCによるマーケットレポートの内容紹介。


「第4章 技術編 OSSとイベント報告」

 注目すべき製品やプロジェクトを取り上げて紹介。Lagopus、Trema、Ryu、MidoNet、そしてO3プロジェクト。「SDN Japan 2014」や「Okinawa Open Days 2014」における講演内容報告。Segment Routingなどの技術解説もここに収録されています。


「第5章 キーパーソン編 次の戦略を語る」

 OpenDaylight、アルカテル、エリクソン、ノキア、シスコ、ジュニパー、ブロケードなど、様々な企業や組織のキーパーソンへのインタビュー記事が集められています。


「第6章 付録」

 市場規模推移やロードマップを始めとする様々なマーケット情報と顧客動向が集められています。


 というわけで、当然ながら、ネットワーク製品の企画開発やネットワークの設計運用に携わっている専門家のための一冊です。とにかく幅広いトピックがばらばらに並んでいるので、まずは興味を持った記事にだけ目を通し、後は必要になったときに読むというので良いかと思います。



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『ネットワーク仮想化 基礎からすっきりわかる入門書』(渡辺和彦、法橋和昌、沢村利樹、池上竜之) [読書(サイエンス)]

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 ITに関連して、「仮想化」(Virtualization)というキーワードがよく使われています。この言葉は、新しい技術用語として捉えられがちですが、実はその起源は古く、仮想記憶(Virtual Storage)やVPN(Virtual Private Network)のように、1960年頃から広く使われてきた概念です。最近、新しい仮想化技術にもとづいた製品や基盤が登場し、再びこのキーワードが注目を集めています。
 仮想化は、「実際には存在していないものを、存在しているかのように見せかける」、「実際に存在している複数のものを、論理的に統合して別のものに見せかける」という意味を持っており、具体的には、システムやネットワークを構成する各種の物理資源を、あたかも論理的に異なる資源であるかのように認識させる技術や手法という意味で使われています。
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Kindle版No.13


 VLANからVRF、仮想スイッチ、仮想NIC、DCI、TRILL、FCoE、SDN/OpenFlowまで。ネットワーク資源を仮想化する技術について、「そもそも仮想化とは何か」というレベルから体系的に学ぶための入門書。単行本(リックテレコム)出版は2013年6月、Kindle版配信は2015年9月です。

 サーバ、ストレージの次はネットワークの仮想化だ。というわけで、昨今なにかと騒がしいSDN/NFVまわりの話題についてゆくための入門書です。全体は7つの章から構成されています。


 「第1章 仮想化とは」では、そもそも仮想化とは何か、という解説から始まって、サーバ、デスクトップ、ストレージ、ネットワークという具合に、仮想化の対象ごとに分類整理した代表的な仮想化技術が紹介されます。

 そしてクラウドコンピューティングの概要とクラウドサービスの分類(プライベートクラウド、パブリッククラウド、ハイブリッドクラウド、コミュニティクラウド、さらにインタークラウド)毎の構成とサービス内容を概説。また、仮想化やクラウドのメリット、デメリットについても解説されます。


「第2章 サーバ・デスクトップ・ストレージの仮想化」では、ネットワークを除く他の仮想化技術を学びます。仮想マシン、サーバ分割、サーバ統合、クラスタリング、RAID技術など。

「第3章 ネットワークの仮想化」では、いよいよ本題であるネットワーク仮想化技術について紹介してゆきます。まずはVLAN、リンクアグリゲーション、VPNといった伝統的な技術から始まり、アプライアンス、UTM、VRRP(ルータ冗長化)、VSS(スイッチスタック)などが紹介されます。


 ここまでがいわば基礎篇で、次章から実地応用篇ということになります。


「第4章 仮想ネットワーク設計上の考慮点」では、まずは信頼性対策について詳しく見てゆきます。リンクアグリゲーション、BFDプロトコル、NICチーミングや仮想NIC、STP/RSTP、MPLSといった技術がどのように障害対策に用いられるかも解説されます。

 続いてセキュリティ対策の観点から、ネットワーク分割、アクセス制御、ファイヤウォール、IDS/IPS、WAF、SSL/TLSなど紹介。さらに、ネットワーク管理、性能設計(負荷分散、QoS)といった観点からの仮想ネットワーク設計手法が解説されます。


「第5章 仮想ネットワークの利用」では、サーバ仮想化とネットワーク仮想化をどのように連携させるかという問題を、信頼性、セキュリティ、運用管理、といった観点から解説し、データセンタ仮想化へと進んでゆきます。

 スタック技術やオーバレイ技術がどのように活用されるかと共に、VXLAN、NVGRE、EVBなどの技術も解説されます。続いてデータセンタ仮想化のための技術として、DCI技術や広域負荷分散についても解説されます。さらに、それらの技術を活用したパブリッククラウドのシステム構成について解説されます。


 ここまでが実地応用篇で、次章から最新動向篇が続きます。といっても本書の出版は2013年なので、現在から見ると最新ではないことに留意は必要です。


「第6章 進化する仮想ネットワーク ~OpenFlow~」では、ネットワークにおけるコントロールプレーンとデータプレーンの分離を実現する技術としてOpenFlowを取り上げ、その背景、構成、基本動作などが比較的詳しく解説されます。

「第7章 仮想ネットワークを支えるその他の技術」は補遺のような感じで、TRILL、FCoE、PFC/ETS/DCBX、などが紹介されます。


 まあ入門書だし、ネットワーク技術者なら常識的に知っていることばかりだろう、などと、なめていたら、実のところ知らないことが多くて勉強になりました。基礎から体系的に積み上げてゆく本なので、自分の知識に「何となく知っているつもり」の穴や偏りがないか、点検する上でもお勧めです。

 なお、入門書ではありますが、あくまで「ネットワーク製品の企画開発や、ネットワークの設計運用に携わっている」専門家向けの本だということには留意して下さい。

 今話題となっているOpenDaylightなどSDNまわりの話題は第6章で登場しますが、ごくわずかに触れられている程度です。NFVについては記述がありません。というわけで、SDN/NFVについては、まず本書で基礎をしっかり理解してから、最新動向を紹介してくれる本にあたる、というのがいいかと思います。


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『山の不可思議事件簿』(上村信太郎) [読書(オカルト)]

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いつの頃からか、山での不思議な出来事や事件に次第に強く興味を抱くようになり、それらに関する文献や新聞記事を調べるようになりました。それらを一冊にまとめたのが本書です。
 本書は、1991年に大陸書房から刊行した『山のふしぎと謎』をベースに加筆修正し、「死を呼ぶ山ミニヤ・コンカ」「ウペペサンケ山の怪異」「雪男を近くで観察したポーランド陸軍中尉」を今回あらたに書き加えました。
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Kindle版No.1743

 山で起きた不思議な出来事や謎の数々を集めた一冊。単行本(山と渓谷社)出版は2015年9月、Kindle版配信は2015年10月です。


 山と渓谷社から出版された山岳怪異集といえば、何と言っても『山怪 山人が語る不思議な話』(田中康弘)がお勧め。ちなみに紹介はこちらです。

  2015年06月15日の日記
  『山怪 山人が語る不思議な話』(田中康弘)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2015-06-15


 『山怪』が著者による聞き取り調査の結果をまとめたものであるのに対して、本書は新聞や雑誌の記事から、山に関連した不思議な話題を集めたもの。四半世紀前に大陸書房から出版されたものの増補改訂版なので、当然ながら取り上げられているネタは古い、というか定番、というか懐かしい系のものばかり。

 懐かしいといえば、昨今のオカルト本や実話怪談本にはない、ある種のおおらかさ、大陸書房らしさ、そういうものが横溢していて、個人的には、そこにぐっときます。

 全体は4つの章から構成されています。


「第一章 奇妙な現象」
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1984年(昭和59)秋、驚くべきニュースが流された。なんと、エベレストの頂上に何者かの足跡が残されているのが発見されたのだ。チベット側からチョモランマ(エベレストのチベット名)に挑戦していたオーストラリアの登山隊(隊長ジョフ・バトラム)のティム・マッカートニー・スネイプ隊員とグレッグ・モーティマー隊員の2人が10月3日、頂上に立ったとき、そこに真新しい何者かの足跡を発見した。はじめは反対側のネパールから登った他の登山隊の足跡かと思ったが、このシーズンの登頂者は自分たちが最初だった
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Kindle版No.265

 ブロッケンの妖怪、セントエルモの火、「天狗倒し」の怪音、恐怖のリングワンデルング現象、富士山にまつわる様々な謎、山の頂上を目指す動物たちの不思議など、基礎教養的な不思議が紹介されます。さらに、いつの間にか移動した山小屋、大雪山に残された「SOS」という文字の謎、マロリーとアービンはエベレスト山頂に到達したのか問題、そして「奇跡の生還」実話の数々など。


「第二章 恐怖と神秘」
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インド測量局によって世界最高峰が発見されたのは1852年(嘉永5)。その後ずっと標高8848メートルのエベレストが世界最高峰とされてきた(中略)
 第二次大戦中、アメリカ軍の飛行機がインドから中国へ軍事物資を輸送中、アムネマチン付近を9000メートルの高度で飛行中、雲の上に突如、雪の山が現われてあやうく接触しそうになった。その山は飛行機よりも遥かに高かったので、高度計の故障かと調べてみたが、計器は正常だった。
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Kindle版No.962、971

 世界各地の名高い「魔の山」、アララト山と箱舟伝説、ナイル川の源流など、神秘的な伝説に包まれた山々が紹介されます。


「第三章 伝説と怪談」
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 日本列島には、全国各地に埋蔵金の伝承・伝説がある。黄金の国ジパングにふさわしく、北は北海道から南は沖縄まで100ヵ所も知られている。未発見の財宝は、時価1000兆円に達するとみられ、私財を投げ打って黙々と発掘している人たちもいる。
(中略)
 財宝の多くはほとんど見つかっていないにもかかわらず、人々を魅了してやまない。このようにたくさんの埋蔵金伝承・伝説が存在すること自体がおおいなる謎でもある。
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Kindle版No.1125

 山にまつわる伝説や伝承が紹介されます。猫又、ヒダル神、著名な埋蔵金伝説、そして山小屋を舞台とした怪談。


「第四章 謎の生きもの」
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 巳年の1989年(平成1)、ツチノコが頻繁に目撃されている広島県の上下町、奈良県の下北山村、岐阜県の東白川村の3ヵ村で、それぞれ賞金をかけたツチノコ捜しのイベントが開かれた。
(中略)
村長も出席しての前夜祭は公民館で催され、ツチノコ捜しの当日は、村のヘビ捕り名人のあとをゾロゾロとつづき、ヤブのなかをガサガサと約2時間捜しまわったが、ツチノコはやっぱり見つからなかった。
 ツチノコ捕獲作戦のあとは各種イベントが行なわれ、最後にツチノコ踊りとジャズの新曲「ツチノコ・コロコロ」が披露された。イベントに集まったマスコミは、テレビ局を含めて30社におよび、小学校の中庭の売店では様々なみやげ品が販売されていた。
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Kindle版No.1368、

 山で目撃される謎の生き物、いわゆるUMAが紹介されます。ヒマラヤの雪男、中国の野人、ギアナ高地の怪鳥、ニホンオオカミの目撃、カッパの正体、そしてむろんツチノコ。


 というわけで、懐かしい話題が続々と登場して、ちょっと頭が昔に戻ってしまいそうになります。大陸書房の謎本が大好きだった方々にお勧めします。



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『DECADANCE デカダンス』(オハッド・ナハリン振付、バットシェバ舞踊団) [ダンス]

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振付は行ったことがないところへ行く手段であり、多くの場合、そこは存在しない。それは、数世紀前の人々がどこに向かって旅をするのか分からなかったのと同じです。
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オハッド・ナハリン


 2015年10月4日は、夫婦で神奈川県民ホールに行ってイスラエルのオハッド・ナハリン率いるバットシェバ舞踊団の公演を鑑賞しました。ナハリンの芸術監督就任10周年記念作品です。タイトルは頽廃という意味ではなく、DECA-DANCE、10年分のダンス、という意味らしい。17名のダンサーが出演する75分の舞台。

 オハッド・ナハリンの代表作からハイライトシーンだけを集めて再構成した、いわゆるベスト盤みたいなもの。公演を行う都市ごとに構成を変えるそうですが、日本公演は以下の演目から抜粋・再構成されたものだそうです。

Z/na (1995)
Anaphase (1993)
Mabul (1992)
Naharin's Virus (2001)
Zachacha (1998)
Sadeh21 (2011)
Telophaza (2006)
Three (2005)
MAX (2007)

 黒いスーツを着てしなやかに踊る冒頭から、いったん幕を下ろして、いきなり、半円形に並べた椅子に座ったダンサーたちが踊る「アナフェイズ Anaphase」のシーン。賛否両論を巻き起こしたという「ナハリンズ・ウィルス Naharin's Virus」の感染抑圧シーン、「ザチャチャ Zachacha」における観客を舞台上にひっぱり上げて一緒に踊らせるシーン。

 『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイド』(乗越たかお)でも魅力たっぷりに紹介されていた数々の有名シーンが登場。ダンスの感動に加えて、ついに「話題のあのシーンを実際に観ることが出来た!」という感激まで。

 後半は、個人的に舞台を観たことがある「テロファーザ Telophaza」「マックス MAX」「Sadeh21」が登場しますが、その三本も「何となく見覚えがある」といった感じで、細かいところはまったく記憶に残っておらず、新鮮な気持ちで鑑賞できて良かった。いや、そこは反省したり悔しがったりすべきところでしょうか。

 「ザチャチャ Zachacha」の、いたずらっぽくも人間味あふれる温かいシーンから、一転して、寒々しい、痛々しい、そんな雰囲気に舞台が包まれます。そして、そこから、ダンサー一人一人の個性、個人としての尊厳のようなものが、滲み出てくるダンスへと。ベスト盤とは思えない見事な構成に驚かされます。

 意表をつくような、しなやかな動き。思わず引き込まれるオフバランス。バットシェバ舞踊団のダンスは見ていて気持ちよく、そして常に驚きがあります。個々の作品から切り出され、その(政治的な暗喩も含めた)意味づけを取り除かれ、純粋な抽象ダンスとなったシーンの数々を観て、やっぱりダンスそのものが、動きそのものが、感動的なのだと、そう再確認させられました。


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『黒い迷宮 ルーシー・ブラックマン事件15年目の真実』(リチャード・ロイド・パリー、濱野大道:翻訳) [読書(教養)]

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概要だけを聞けば、ありふれた事件でしかなかった──若い女性が失踪し、男が逮捕され、死体が発見される。しかし詳細を調べてみると、それが非常に入り組んだ事件であることがわかってくる。異様で不合理な展開の連続で、型通りの報道ではすべてを伝えることなどできない。それどころか、ほとんど何も解決できず、新たな疑問を増やすだけだった。
(中略)
そこで私は、この事件を発生からその後の各段階まで、順に追ってみることにした。複雑に縺れ合う糸から、明瞭で一貫性のある何かを紡ごうとした。私はそれに10年を費やすことになる。
(中略)
ルーシー事件の取材では、それまで眼にしたことのない新たな人間の側面を垣間見ることになった。まるで、普段いた部屋に隠し扉があり、その鍵を見つけたような感覚だった。秘密の隠し扉の奥には、それまで気づきもしなかった、恐ろしく暴力的で醜い存在が隠れていた。
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Kindle版No.387、394、398


 東京でホステスとして働いていた英国人の若い娘が行方不明となり、他殺死体として発見される。陰惨ではあるが、ごく単純に見える事件。だがその背後には、様々にからまった複雑な事情、理解が及ばない人間心理、そして日本社会という「迷宮」がぽっかりと口をあけていた。徹底的な取材によりルーシー・ブラックマン事件の詳細を明らかにする衝撃の犯罪ルポルタージュ。単行本(早川書房)出版は2015年4月、Kindle版配信は2015年5月です。


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 日本の性犯罪史上、類をみない猟奇的で悪質極まりない重大な犯行──
 2000年に発生したいわゆる「ルーシー事件」に対して、検察側は第一審の論告求刑でそう宣した。
(中略)
 この「性犯罪史上、類をみない猟奇的な」事件を、いま日本に住むどれほどの人が覚えているだろうか? 当時の報道を記憶していた読者も、本書を読むとその闇の深さに驚かされることだろう。これほど凄惨な犯罪にもかかわらず、作品内で明らかにされる数々の理由が複雑に絡み合い、この事件の闇の部分についてこれまで日本の大手マスコミで検証・総括されることはなかった。
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Kindle版No.7845、


 犯罪ノンフィクションですが、まるで小説のように「物語」として語る形式がとられています。事実関係はもとより、被害者、加害者、被害者の家族など、主な登場人物たちの人物造形が深く掘り下げられ、読者は手に汗にぎることに。優秀なサスペンス小説を読んでいるような臨場感。

 全体は5つのパートから構成されています。


「第一部 ルーシー」
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彼女は被害者であり、ある種の“被害者意識”の象徴でさえあった──異郷の地で、末恐ろしい最期を迎える若い女性の象徴。そこで私は、死ぬまえの彼女の人生を描くことによって、ルーシー・ブラックマンに、あるいは彼女の記憶に、何か貢献ができないかと望むようになった。本書によって、普通の人間としてのルーシーの地位を回復させ、彼女は彼女なりに複雑で、愛すべき女性だったことを証明したいと思う。
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Kindle版No.426

 殺されたルーシーは、どのような女性だったのか。来日に至るまでの彼女の人生が伝記風に語られます。


「第二部 東京」
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ルーシーが日本で暮らしたのはわずか59日。彼女はそのほとんどを東京の数百平方メートルの内側で過ごすことになる。ガイジンの快楽と利益のための街、六本木で。
(中略)
六本木に見られるような夜の商売は──低俗であれ高級であれ、まっとうな店でも怪しい店でも──美しく示唆的な“水商売”という言葉で一括りにされる。水商売というこの熟語は実に謎めいたものだ。
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Kindle版No.1072、1299

 六本木のクラブで「ガイジンホステス」として働いていたルーシー。性風俗とも、売春とも違う、「水商売」のホステス。それはどのような仕事で、客は具体的に何のサービスに対して高額な対価を支払うのか。ルーシーはどのような状況に置かれていたのか。

 日本における夜のビジネスと接客サービスの実態が、英国人読者にも分かるように、詳しく、具体的に解説されます。日本の多くの読者にとっても、そこは異質で理解が難しい「迷宮」だということが分かります。


「第三部 捜索」
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 日本と同じようにイギリスでも、耐えがたい状況に置かれた人間が公の場でどのように振る舞うべきか、という絶対的な慣習がある。苦しむ被害者は困り果て、衰弱し、無抵抗──それが、一般的な被害者像だ。そのルール通りに振る舞わない人には、疑いの眼が向けられることになる。
 ブラックマン一家の東京での言動は、そんな慣習の正反対を行くものだった。
(中略)
 日本に足を踏み入れるまえから、ティムはこう自らに課した。ルーシー失踪を世間の関心を惹く大事件に変え、両国で最高権力を持つ政治家が直面すべき問題にしてみせる、と。
(中略)
 ブラックマン一家は自ら決断を下し、マスコミと手を組む道を選んだ。それにともない、警察との信頼関係は永遠に失われることになった。
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Kindle版No.2101、2225、2397

 失踪したルーシーの行方を探すために来日したルーシーの父と妹。父親はマスコミを使って精力的に捜索活動を進めてゆきます。最初は立派な父親に思える彼ですが、次第にその動機には疑問が。

 彼は本当に娘のことを心配しているのか、それともマスコミからちやほやされ自己陶酔することが目的のソシオパスなのか。あるいは、両方の動機は矛盾なく両立しているのか。

 後に、被告から多額のお金を受け取ってその味方をしたというスキャンダルを含めて、ここにもまた、理解が難しい人間心理の「迷宮」が横たわっています。


「第四部 織原」
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 彼は自白しなかった。決して屈服しなかった。最初の段階から、織原は正面からの顔写真撮影を拒否し、いっさいの協力姿勢を見せなかった。警察が対峙したのは、自分が被疑者としてどんな権利を持つのかを熟知し、その権利を徹底的に行使しようとする人間だった。
(中略)
 不当な扱いを受けているのは警察のほう──警察に対する世間の声を聞くかぎり、そして警察自身の話を聞くかぎり、誰もがそう考えているようだった。“犯人は自白するもの”という基本法則が意図的に捻じ曲げられていたのだから、警察が苦労するのも無理はない。
(中略)
彼らは、能力や想像力に欠けているわけでも、怠けているわけでも、現状に満足しているわけでもなかった。彼らもまた被害者であり、ただひたすらに運が悪かったのだ。日本では、不正直な犯罪者は100万人にひとりくらいしかいないのだから。
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Kindle版No.4567、5323、

 ついに逮捕された犯人。ルーシーだけでなく、何十人、あるいは何百人という犠牲者を、薬物で意識を失った状態にした上で、強姦してきた男。親しい友人は皆無、それまでの人生を何の痕跡をも残さないよう生きてきて、それなのに自分の犯罪については詳細な記録を残していた人物、織原城二。綿密な取材をもってしても、その素顔は見えてきません。


「第五部 裁判」
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アメリカ合衆国における裁判では、刑事被告人の約73パーセントが有罪宣告を受ける。イギリスの法廷でも同様の割合である。一方の日本では、その割合は99.85パーセントに跳ね上がる。すなわち、裁判になればほぼ有罪は確実。日本の法廷にいったん足を踏み入れると、表玄関から外に出る可能性はきわめてゼロに近いというわけだ。
(中略)
日本の裁判所には、イギリスの法廷に見られるような芝居がかった崇高さは存在しなかった。それどころか、一般社会との雰囲気の差がほとんど感じられないほどだった。(中略)堂々たる法の審理というよりも、まるでどこかの学校の退屈な職員会議を見ているようだった。
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Kindle版No.5614、5713、5718

 多数の弁護士を雇って、逐一指示を出し、すべて自分の台本通りに振る舞うことを要求する被告。混迷を深めゆく裁判の行方。これはすべて「茶番」ではないのかと疑う著者。日本における裁判の実態が明らかにされます。


「第六部 死んだあとの人生」
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私の見るかぎり、彼の人生を最も特徴づけるものは、親密な人間関係がまったく存在しないことだった。完全な孤立状態と言ってもいい。なぜ彼は世界に扉を閉ざしてしまったのか? そこには、何か深刻で魅惑的な理由があるはずだ。が、その理由は私たちの手が届かないどこか奥深くに閉じ込められていた。
(中略)
 人間は本能的に、唯一の絶対的な真実を探そうとする。誰の眼にも明らかな真実──晴れわたった空に浮かぶ満月のような真実──を希求する。犯罪のルポルタージュにおいては、事件の明確な像を示すことが求められる。つまり読者は、殻をすっかりと剥いた塩煎りピーナッツのようなありのままの物語を期待する。しかし、今回の主人公である織原城二は、すべての光を吸い込んでしまった。
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Kindle版No.7438、7455

 裁判が終わっても、何ひとつ解明されない織原城二の真実。この最大の「迷宮」を前に何度も取材を試み、ついには織原から告訴されてしまう著者。さらに次々とトラブルや不幸に足をとられる関係者たち。自殺未遂、家族の仲違い、訴訟の泥沼、スキャンダル、孤立。この事件はいったい何だったのか。そして何を残したのか。


 著者はすべての登場人物に対して中立的な立場をとり、可能な限り客観的な視点で書いています。ただし、日本の警察についてはかなり辛辣な書き方をしています。


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私のインタビューに答えてくれた数少ない警察官は誰もが誠実で、ルーシー事件解決のために昼夜を問わず献身的に捜査に邁進した人々だった。不幸にも、彼らが仕える組織は──昔もいまも──傲慢で、独善的で、往々にして無能だった。
(中略)
日本の警察は融通が利かず、想像力に欠け、偏見に満ち、官僚的で、前時代的だ。ルーシー・ブラックマン事件やほかの多くの事件への警察の取り組みを見れば、日本の犯罪率の低さの本当の理由が、警察の管理能力に起因するものではなく、国民のおかげであることはあまりに明らかだ。
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Kindle版No.7239、7246


 もし警察がちゃんと仕事をしていれば(事件以前から多数寄せられていた通報を一件でも真面目に取り合っていれば)、ルーシーはおそらく死なずにすんだはずですから、批判されるのは当然でしょう。そして、日本警察の体質は今も変わっていないように思われます。

 というわけで、ルーシー事件の詳細だけでなく、外部の視点から見た日本社会の断面(水商売、警察、裁判、マスコミなど)も明らかにする、犯罪ノンフィクションの傑作です。迷宮は迷宮のままに終わりますが、その先を追求してもおそらく何も出てこないだろう、と納得させるだけの膨大な取材が本作を支えています。


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おそらく今後も、たくさんの女性が同じことを繰り返す。しかし、そのうち危害を受けるのはごくわずかにすぎない。これこそが、ルーシー・ブラックマンの死についての悲しくありふれた真実だった。私はそんなふうに考えるようになった。彼女は決して軽率でも愚かでもなかった。ルーシーは──安全ではあるが複雑なこの社会で──きわめて運が悪かったのだ。
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Kindle版No.7231


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