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『まぼろしの夜明け』(川村美紀子:振付) [ダンス]

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ヒトは、どれくらい踊れるだろう?

限界まで踊ってみたい。

太陽が追いつけないくらい、からっぽになるまで踊り続けたら、
その先には一体何が待ち受けているのだろう。
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川村美紀子


 2015年10月11日は、夫婦でシアタートラムに行って、「トヨタコレオグラフィーアワード 2014 受賞者公演 川村美紀子 『まぼろしの夜明け』」を鑑賞しました。「ヒトは、どれくらい踊れるだろう?」をキャッチフレーズに、ダンスの限界に挑戦する作品です。

 あっさり書いてしまいますが、どれくらい踊れるだろう? というのは、「どのくらい最小限の動きだけで、ダンス公演を成立させることが出来るのだろう?」ということでした。

 いわゆる「ダンス」と聞いて思い浮かべるような、大きな、速い、リズミカルな動きは一切なく、基本的に「倒れているダンサーたちが、100分かけてゆっくりゆっくり立ち上がる」という構成。これを思いつく振付家は多いと思われるのですが、実際にやってしまう、しかも「トヨタコレオグラフィーアワード受賞者公演」で、というのが、さすが。

 薄暗いなか三つのミラーボールがきらきら回っている会場、特設ステージ上には倒れ付している六名のダンサーたち。それぞれ純白の薄布一枚が身体にかけてあり、その様はまるで、戦場か災害現場に並べられている遺体収容袋か、蛾のサナギ。あるいは某舞踊評論家の表現をお借りするなら「ベトナムの生春巻き」。

 オールスタンディングということで、入場した観客は特設ステージの周囲に突っ立ったまま、開演時刻を待ちます。

 六名のなかで、ただ一人、うつ伏せに倒れ伏しているのが川村美紀子さん。思い出されるのは、先日のソロ公演『春の祭典』のオープニングです。照明がつくといきなり全裸でうつ伏せに倒れて死体となっていて、観客思わず心の中で「おいおい、倒れて死ぬのはラストじゃないの」と突っ込んでしまう演出。あのときは、立ち上がって全力で踊りまくった挙げ句、最後は「誰が死ぬかよオラァーッ」というイキオイでぶちかましてくれました。

 今回もそういう感じかな、と思うわけですよ。その時点では。

 ところが開演時刻が来て音楽が流れても誰も動きません。それはもう、ぴくりとも動きません。観客の戸惑いも、音楽も、照明も、何もかも意識しないでひたすら凝固しています。恐るべき集中力。

 入場から30分経過。まだ動きらしい動きはありません。観客もそろそろ困ってきます。まず、立ち続けなので足が痛い。腰も微妙に痛い。音楽と照明は極めて印象的で、今にも何かが(具体的には出演者たちが)起きそうな気配が続きます。ふと意識を逸らしたりすると、その瞬間に何か重要なことを見逃しそうな予感。それぞれに意識を集中させて、出演者は凝固を、観客は凝視を、ひたすら続けます。

 困ったことに、ダンサーたちは完全に凝固しているわけでもなく、よく見ると少しずつ動いていたりするのですね。手のひらがゆっくり開いたり、少しずつ少しずつ体勢を変えていたり。目覚める直前、あるいは羽化する直前のような動き。知覚できるか否かの境界に近い、超スローモーションの動き。時計の分針。

 確かに、これは強靱な筋力と、さらに強靱な精神力を必要とする「ダンス」ではあります。

 そろそろ入場から1時間経過。大きな動きはなし。足腰は痛いし、長時間におよぶ精神集中を強いられたため、意識も朦朧としてきます。脳裏には、妄想もいっぱい。

 もしかしたら、こういう演出なのは今回だけなのでは。他の回では、元気よく踊ってたりしたのではないか。

 「特定の曲がかかったら一斉に起きて踊り出す」というルールになっており、その曲がかかる時刻はコンピュータがランダムに選ぶという仕掛け、これがいわゆるチャンス・オペレーションというやつか(違います)、そんで、今日は極めて低い確率で、その曲が全然かからないという事態が実現した、ということではないか。

 もしや『春の祭典』の演出は、観客にあらぬ期待をさせるための周到な伏線だったのでは。いやまあ、それはうがちすぎとしても、ポスターの「限界まで踊ってみたい」とか、インタビューの「今回一緒に踊るダンサーのオーディションは、5時間通しで踊ってもらって、残った人の中から直感で選びました。5人のメンバーはそうとう辛抱強い人ばかりです」といった言葉は、あれは観客を誤解させるための周到な罠。一言も嘘を言ってない、手遅れになってから意味が分かる、というのがまた底意地が悪い。叙述トリックか。

 90分が経過する頃には、「これは、観客にこういう体験をさせる作品なのだ。足腰いてえ」という諦念と共に、しかしそれでも「最後の最後に何かが起きるかも」という往生際の悪い期待、「どうやって公演を終わらせるつもりなのか」という疑問、などを抱えたまま観察を続けていた観客は、ついにダンサーたちがゆっくりゆっくり立ち上がってゆく過程を見つめることになります。でもまた、その過程が長い長い。長い長い。

 じっと倒れている、微妙に姿勢を変える、何十分もかけてゆっくりゆっくり立ち上がる。しくしく泣く。これはそういうダンス、これはそういう川村美紀子。


[キャスト他]

振付: 川村美紀子
出演: 亀頭可奈恵、後藤海春、鈴木隆司、住玲衣奈、永野沙紀、川村美紀子


タグ:川村美紀子
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