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『ペルシア王は「天ぷら」がお好き? 味と語源でたどる食の人類史』(ダン・ジュラフスキー、小野木明恵:翻訳) [読書(教養)]

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食べ物の言語は、文明の相互関係や大規模なグローバル化の起源を理解することに一役買っている。グローバル化といってもおそらく私たちが思いつくような最近のものではなく、何百年前、何千年前に起きたことだ。それらはすべて“おいしいものを見つけたい”というもっとも根本的な人間の欲求からもたらされた。
(中略)
 すべての革新は間隙において発生する。おいしい食べ物も例外ではなく、文化と文化が交わるところで生み出される。近隣の文化から取り入れたものに手を加え、改良を重ねるのだ。食べ物の言語という窓を通して、こうした「狭間」で起こっていること、すなわち古代における文明の衝突、現代の文化のぶつかり合い、人間の認識力や社会や進化を読み解くための隠れた手がかりをのぞき込むことができる。
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Kindle版No.98、139


 料理の名前、メニューや食品包装に記されている言葉、そして料理の構成そのものには、言語における文法に相当する規則がある。そこから異文化交流をめぐる人類の長い長い歴史を読み解くことも出来るのだ。「食の言語学」という観点から人類史を俯瞰する一冊。単行本(早川書房)出版は2015年9月、Kindle版配信は2015年9月です。


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 料理の類似点と相違点、さらには時とともにどのように変化するのかを説明するために、「料理の文法」という理論を提唱したい。料理は言語のようなものだとするこの理論は、言語学の文法を比喩として用いている。
(中略)
 言語においてネイティブ・スピーカーが説明することはできなくても暗黙のうちに了解している文法があるように、料理にも暗黙の構造がある。その構造とは、どの料理とどの料理が合うのか、ある料理法において「文法的に正しい」一品や食事が何から構成されるのかなどについての一連のルールである。料理にある暗黙のこの構造は、一品が材料によってどのように構成されるか、一品から食事がどのように構成されるか、特定の味の組み合わせや要求される調理法を用いて全体的な料理がどのように構成されるかというルールによって成り立っている。こうした各々の構造によって、料理法の性質と、その類似点や相違点を説明づけることができる。
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Kindle版No.3639


 「食の言語学」という観点から、様々な料理の歴史を語る本です。特に、ある料理がいつ頃どこで発明され、どのような変遷を経て現在の姿になったのか、料理の名前からその痕跡をさぐってゆくエピソードが豊富。例えば、表題にもなっている「天ぷら」の起源をめぐる驚くべき歴史。


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多くの国が自国文化の宝と自慢する料理の数々(ペルー、チリ、エクアドルのセビーチェ、イギリスのフィッシュ・アンド・チップス、日本の天ぷら、スペインのエスカベーチェ、フランスのアスピック)は、豊穣の女神イシュタルを崇拝する古代バビロンの人々によって予示され、ゾロアスター教を信仰するペルシア人によって発明され、イスラム教徒のアラブ人によって完成され、キリスト教徒によって改良され、ペルー人のモチェ料理と融合し、ポルトガル人によってアジアに、ユダヤ人によってイギリスにもたらされたのだ。
(中略)
 ここで得られる教訓は、私たちは誰もが移民であり、島国文化のように孤立した文化などなく、異なる文化や民族や宗教が接する混沌としてときに痛みを伴う境界でこそ美が生まれるということだと思いたい。
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Kindle版No.1007


 あるいは、ケチャップの歴史から見えてくる東洋と西洋の交易。


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 中国と東南アジアで作られる発酵させた魚のソースから始まり、日本の鮨、さらには現代の甘いトマトのチャツネにいたるまでのケチャップの物語は、つまるところグローバル化と、世界の超大国による何世紀にも及ぶ経済支配の物語なのだ。ただしその超大国とはアメリカではなく、この数世紀を謳歌していたのもアメリカ人ではない。みなさんの車の座席の下に落ちている小さなケチャップは、これまでの1000年間の大半にわたり、中国が世界経済を支配していたことを思い起こさせてくれるものなのだ。
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Kindle版No.1283


 このようにして、トースト(乾杯)、ターキー、フラワー(小麦粉)、マカロンとマカロニ、シャーベット、といった馴染み深い名前の背後にある歴史が語られてゆきます。いずれも多くの時代や国境を越えて続いてゆく異文化交流と交易の物語で、それだけでも読みごたえ充分。

 しかし、個人的には、むしろ「食にまつわる言語学的研究」の紹介を興味深く読みました。例えば、レストランのメニューに記されている料理名とその説明文を、コンピュータを駆使して言語学的に統計解析してみると。


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私の研究チームは、6500件のメニューにある65万種類の料理すべての価格を調べた。統計手法を用いて、どの単語が高いあるいは低い価格と結びついているのかを明らかにした。(中略)そこで発見したのは、料理の説明に長い単語を使うほど、その料理の値段が高くなるということだ。料理の説明に費やされる単語の平均的な長さが一文字増えると、価格が18セント高くなる。(中略)delicious、tasty、terrificのような、肯定的だが曖昧な単語ひとつにつき料理の平均価格は9パーセント低くなる。rich、chunky、zestyのような興味をそそる形容詞ひとつにつき、価格 は2パーセント低くなる。
(中略)
レストランがどの料理について「real」と言うかは価格帯によってはっきりと変わってくる。安いレストランは本物のホイップクリームや本物のマッシュポテト、本物のベーコンを出すと確約する。(中略)もう少し価格の高いレストランでは、「real」は主にカニやメープルシロップを形容するために使われる。(中略)メニューでどういう食品が「real」や「genuine」〔まがいものではない、本物の〕と形容されているかを知るために歴史をさかのぼると、どういう食べ物の模造品を製造すると儲かったのかがだいたいわかる。
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Kindle版No.295、407


 あるいは、ネットに書き込まれたレストランの評価レビューを言語学的に統計解析した結果、こんなことが判明したそうです。


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 レストランに良い印象を抱いた人は、実際に性的な比喩を使う頻度が高かった。そのうえ経済的なつながりも発見できた。セックスへの言及は、高価なレストランのレビューで使われる頻度がとりわけ高いのだ。(中略)この経済的なつながりは非常に強い。レストランのレビューにセックスへの言及が多いほど、その店の価格帯が高くなるのだ。
(中略)
 安いレストランの食事を気に入った場合には、まったく異なる比喩が使われる。高価ではないレストランのフライド・ポテトやガーリック・ヌードルについて語るときには、セックスではなく、中毒やドラッグにまつわる言葉が使われる。
(中略)
 セックスにかんする言葉をレビューで使うとき、人は何を食べているのだろうか。性的な言葉の近くによく出てくる食べ物関係の言葉を調べれば、その答えがわかる。セックスと関連づけられる食べ物は二種類ある。そのうちのひとつが鮨だ。(中略)もっとも頻繁にセックスと関連づけられるもう一種類の食べ物が、デザートである。(中略)セックスとデザートの比喩がレビューにたくさん使われていると高い評価になる傾向は、驚くほど強いことがわかった。
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Kindle版No.2095、2102、2125


 スイーツはともかく、西洋人にとってスシがそれほどセクシーな食べ物だとは知りませんでした。というか、そもそも料理に対して興奮しすぎではないでしょうか。

 さらに、ポテトチップスの袋に書かれている文章を解析した結果からは、そこに秘められた意図が露骨に見えてきます。


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健康にかかわる表現は、高いポテトチップのほうが、安いポテトチップの6倍も多く使われていた。袋に書かれている宣伝文の量が6倍もあるのだ。
(中略)
値段の安いポテトチップの宣伝文には比較的単純な文と単純な単語が使われており、平均値は中学二年だった。(中略)値段の高いポテトチップの宣伝文は、高校一年から二年のレベルになる。(中略)このように、広告主はポテトチップが健康に良いと信じ込ませようとしているだけではない。メニューの作成者と同様に、お金をたくさんもっている人ほど、複雑な言葉で話しかけられるといっそう喜ぶと考えているのだ。高い奨学金を借りて勉強したかいがあったというわけだ。
(中略)
最後にもうひとつ、値段の高いポテトチップの宣伝にかんする特徴を発見した。宣伝文に差別化や比較の言葉がぎっしり詰まっているのだ。(中略)否定の表現によってそのポテトチップにはない悪い品質が強調され、それにより他のブランドの品質が悪いと巧妙に示唆している。つまり他のポテトチップは不健康で、不自然で、中毒性があるというメッセージを送っているのだ
(中略)
値段の安いポテトチップには家庭のレシピやアメリカの歴史、風土についての基本的な知識が強調されていることを発見した。(中略)値段の安いポテトチップの購買層は、差別化や独自性や健康よりも家族や伝統のほうを気にかける、と広告主は想定しているのだ。
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Kindle版No.2315、2327、2344、2384


 このような興味深い成果が次々と報告され、食の歴史をめぐる章と合わせて、食と言葉の関係をさぐる「食の言語学」がどのようなものかが具体的に示されるのです。

 というわけで、大量のうんちくがぎゅっと詰まった「食の言語学」入門書ともいうべき一冊。料理の歴史などのエピソードに興味がある方にはもちろんのこと、伝統的な料理のレシピ、食べ物の宣伝戦略、料理単品の構成からコース組み立てに至るまで様々な規則がどのようにして作られているのか、など、料理にまつわるあれこれに興味がある方にお勧めします。



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