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『林檎貫通式』(飯田有子) [読書(小説・詩)]

 2001年に刊行された歌集の復刻版です。刊行以降に作られた新作135首からなる「宇宙服とポシェット」も収録。「現代短歌クラシックス」としての出版は2020年7月です。


 まずは酷薄な男性優位社会のなかに放り出され孤立無援に生き延びなければならない若い女性の覚悟をよんだ歌が胸をうちます。


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のしかかる腕がつぎつぎ現れて永遠に馬跳びの馬でいる夢
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女子だけが集められた日パラシュート部隊のように膝を抱えて
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婦人用トイレ表示がきらいきらいあたしはケンカ強い強い
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ホールドアップされて乳房に巻尺を巻かれるときだけ素直なあたし
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神様が女だったらこんなにも痛くしなかったはずだと怒る
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はじめての家出は始発の常磐線広野あたりで朝日がのぼる
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 慣れ親しんだフレーズやキャラクターをうまく活かして何とも言えない奇妙な感触を生み出した作品も印象に残ります。


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犬の小便に筆文字滲みゆく「死ね死ね団会計係募集中」
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なにをしてもいまははじめて雪のはらいたいのいたいの飛んでおいでよ
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すべてを選択します別名で保存します膝で立ってKの頭を抱えました
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かに道楽のかにのはさみが動きやむ不二家のペコちゃんひっこめる
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反乱軍、帝国軍と名付けたる二匹の金魚を祖母可愛がる
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ときどきどこかへとてつもなく帰りたい眼科検査の気球への道
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 かわいい瞬間、というのが誰にでもあると思うのですが、それをとらえた作品はお見事。ほとんどいつもお菓子がらみなのも素敵です。


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呼べばおまえがくわえたままで振り返るアイスクリームのかぼそい木べら
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コアラのマーチぶちまけてかっとなってさかだちしてばかあちこちすき
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一つずつ落としこみおりマンホールをポップコーンで埋めようとして
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やわらかき板チョコに指紋のこしてそしてどっちかがしねばいい
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 恋愛感情というか、好きという身体感覚をよんだ作品は、謎の共感を呼びます。


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はわあゆーあくびはうつりますことよ愛の有無などおかまいなしに
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おしっこの終わりあたりは誰だって震えるものよ 消すよ 好きよ
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オーバーオールのほかなにも着ず春小麦地帯をふたり乗りで飛ばそう
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コンビニの後光さす中じゃあやってとあなたが言った やってみせた
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指ぜんぶからめる仕方でみつめれば星座の交尾のようにさみしい
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『Down Beat 17号』(柴田千晶、小川三郎、他) [読書(小説・詩)]

 詩誌『Down Beat』の17号を紹介いたします。


[Down Beat 17号 目次]
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『Iクリニックのこと』(徳広康代)
『よどみ』(中島悦子)
『さかい』(今鹿仙)
『傘』『亀と大仏』(小川三郎)
『きっと見ていてくれる』(金井雄二)
『守宮』(柴田千晶)
『非常階段』『大蛸』(谷口鳥子)
『クリーニング店』『クリーニング店2』(廿楽順治)
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お問い合わせは、次のフェイスブックページまで。

  詩誌Down Beat
  https://www.facebook.com/DBPoets




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おろしたての真っ白いブラウスを着た
小さい私は
学校の水飲み場で
赤い絵の具をかけられた
わざとじゃない

固まったチューブを
その子は
絞りだそうとしていただけ 急に
おしりから赤い絵の具が飛び散った

私は血をあびた
だから罪じゃない
――――
『よどみ』(中島悦子)より


――――
ある日
傘がなくなっていた。

真っ青に晴れた日だった。
みんな気がついていたが
口にする者は誰もいなかった。

その日の夜
余所の国で争いがあり
大勢人が殺されたと
ニュースが短く伝えていた。

次の日
傘は傘立てに戻っていた。
――――
『傘』(小川三郎)より


――――
仏像もまた仏像で
つぶったふりして横目で見ている。
嘘をつくべき唇を
きゅっと結んで開かない。
ただ
また亀が見ているな!
と思っている。

こんなやりとりが
途切れるはずだった毎日を
繋げているのだと仏典は言う。
亀はその通りだと思っている。
仏像もそうだと思っている。
――――
『亀と大仏』(小川三郎)より


――――
夜、台所の蛍光灯をつけると、いつもの守宮が窓に来ていた。喉を
けろけろと動かして、小さな虫が寄って来るのをじっと待っている。
窓にはりついた四つの、いいえ後ろ足が一つ欠けているから三つの
手足が愛らしい。窓に映らない後ろ足は、ただ宙に浮いているだけ
なのか、それとも千切れてしまったのか。守宮の透きとおったお腹
に、二つの卵の影がある。守宮の眠る夜にも、異臭は広がり続けて
いる。
――――
『守宮』(柴田千晶)より





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『フレドリック・ブラウンSF短編全集3 最後の火星人』(フレドリック・ブラウン:著、安原和見:翻訳) [読書(SF)]

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 ここでおもしろいエピソードを紹介しておく。猛烈な量の作品を書いていたフレドリック・ブラウンは、アイデアがなくなると、グレイハウンドバスに乗って数週間旅をしてまわることがつねであったという。それは決して、バスの窓から見た人々や風景を題材に使おうとしていたのではない。その逆で、彼はバスの後部座席に陣取り、外界の一切をシャットアウトして、ひたすら脳内の景色を見ていた。描写が最小限だという彼の作品群の特徴はそれと関係している。彼の小説世界は、登場人物の脳内の世界が中心的な位置を占めているのである。
――――
単行本p.363


 奇想天外なアイデア、巧妙なプロット、意外なオチ。
 短編の名手、フレドリック・ブラウンのSF短編を発表年代順に収録した全集、その第三巻。『地獄のハネムーン』『未来世界から来た男』『スポンサーからひとこと』など1950年から1951年に発表された作品が収録されています。単行本(東京創元社)出版は2020年7月、Kindle版配信は2020年7月です。


 子どもの頃、繰り返し繰り返し飽きずに読み返したフレドリック・ブラウンのSF短編。今でもアイデアからオチまですべて憶えているというのも凄いことだけど、それでも今読んでやっぱり面白い、というのが素晴らしい。既刊の紹介はこちら。


2020年03月16日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集2 すべての善きベムが』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2020-03-16

2019年07月31日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集1 星ねずみ』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-07-31


[第三巻 収録作品]

「存在の檻」
「命令遵守」
「フラウンズリー・フロルゲルズ」
「最後の火星人」
「地獄のハネムーン」
「星ねずみ再び」
「六本足の催眠術師」
「未来世界から来た男」
「選ばれた男」
「入れ替わり」
「武器」
「漫画家」
「ドーム」
「スポンサーからひとこと」
「賭事師」
「処刑人」




「地獄のハネムーン」
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「この可能性をジュニアに示して――作業仮説としてだ、事実としてではなく。それで、どうしたら確認できるか尋ねてみた。そしたら、夫婦を月に送ってハネムーンを過ごさせたらどうかというんだ。月では違う結果になるか確認してみるわけだな」
「なるほど、わたしはその夫婦を月に送り届ければいいんですね」
「いや、そういうわけじゃないんだ。それよりもう少し、その――」
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単行本p.78

 冷戦のさなか、男子がまったく生まれなくなるという全地球的危機が発生。原因を探るために、アメリカ人とロシア人から選ばれた一組の男女が月へ送られる。そこで彼らが目撃したものとは。登場するコンピュータのキャラクターが魅力的で、かなり無茶な設定を楽しく読ませる作品。


「六本足の催眠術師」
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「金星ドロガメの防衛手段の話に移ろうか。金星の生物はみなそうだが、この亀にも弱いテレパシー能力がある。そしてこの場合、そのテレパシーは特殊な進化を遂げている。一定の範囲内に近づいてきた生物に対して、一時的な健忘症を引き起こす能力があるんだ。だからその生物は、この亀のこと――つまり亀の存在じたいを忘れ去ってしまう」
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単行本p.153

 金星に棲息する珍しい亀。それは自分に近づいた者をテレパシーで攻撃し、金星亀に関する記憶を一時的に失わせる、という特殊能力を持っていた。極めて捕獲が困難なこの生物を、どうしても捕まえなければならなくなった男が思いついた妙案とは。難題に対するたくみな解決策を提示するミステリ風の作品。


「ドーム」
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 ひとりで生きるほうが、まったく生きられない――それも恐ろしい死を迎えて――のにくらべればまだましなのだ。
 三十年前、三十七歳のときに彼はそう考えた。六十七歳のいまもその考えは変わらない。自分のしたことに後悔を覚えたことはない。ただの一度も。しかし疲れた。もう百万回も千万回も――それとも一億回か?――考えたことをまた考える。そろそろあのスイッチを切ってもよいころではないだろうか。
――――
単行本p.222

 ついに核戦争が始まった。そのとき、一人の科学者が自宅をバリアで覆って外界から切り離してしまう。バリアを維持するのに必要な電力はわずかだが、いったん切ってしまったら再稼働は事実上無理。それから三十年がたった。外はどうなっているのだろう。人類は滅びてしまったのだろうか。究極の引きこもり作品。ラスト一行の余韻が素晴らしい。


「スポンサーからひとこと」
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 まる一秒間、凍りついたような沈黙のあと、やはりラジオから、今度は別の声が言った。
「戦え」
 ひとことだった――たったひとこと。ラジオの言う「スポンサーからひとこと」がほんとうにひとことだったのは、歴史上これ一回きりだったのではないだろうか。
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単行本p.235

 東西冷戦のピークのさなか、世界中のラジオから流れた謎のことば。たったひとこと。それが世界の命運を変えてしまう。いっけんささいなアイデアが強烈な効果と忘れがたい印象を残す傑作。個人的にはブラウンのSF短篇というとまずこれを思い出す。


「賭事師」
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 息切れがしてきて、喘息もちのようにぜいぜい言いはじめた。容器に手を伸ばしてあけようとした。しかしそうしたら、十三分の一の確率で死ぬのだ。数時間後か、あるいは数分後かもしれない。そう言えば、毒の効きめがどれぐらいで現われるのかも説明されていなかった。
 きみは伸ばした手を引っ込めた。たとえ十三分の一の確率だとしても、じっくり考えもしないうちに死ぬ危険を冒したくはない。
――――
単行本p.287

 地球侵略を狙う異星人と遭遇してしまった男が、自分の命と地球の命運をかけたギャンブルに挑戦するはめになる。酸素が複数の容器に分散保存されており、呼吸を続けるためにはひとつひとつ容器を開けてゆくしかない。しかしどれか一つの容器には猛毒ガスが仕込まれているのだ。生存確率は千分の一。まず絶対に勝てない博打。何か手は、ギャンブル好きの異星人がうっかり見逃したカードはないか。「六本足の催眠術師」と同じく、強引なSF設定からパズルを示しておいて、思いがけない解決策を提示するタイプの作品。





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『プラスマイナス 173号』 [その他]

 『プラスマイナス』は、詩、短歌、小説、旅行記、身辺雑記など様々な文章を掲載する文芸同人誌です。配偶者が編集メンバーの一人ということで、宣伝を兼ねてご紹介いたします。

[プラスマイナス173号 目次]
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巻頭詩 『回想』(深雪)、イラスト(D.Zon)
川柳  『空のクレーター』(島野律子)
エッセイ『台湾トマトは果物です その三』(島野律子)
詩   『段差のある道』(島野律子)
詩   『雲が行く』(琴似景)
詩   『過去は買った(墨流し)』(深雪、みか:編集)
詩   『遺伝子』(多亜若)
詩   『雨季の間(はざま)』(島野律子)
小説  『一坪菜園生活 56』(山崎純)
エッセイ『香港映画は面白いぞ 173』(やましたみか)
イラストエッセイ 『脇道の話 112』(D.Zon)
編集後記
 「行きたいところ」 その5 D.Zon
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 盛りだくさんで定価300円の『プラスマイナス』、お問い合わせは以下のページにどうぞ。

目黒川には鯰が
https://shimanoritsuko.blog.ss-blog.jp/





タグ:同人誌
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『Knife』(小野寺修二) [ダンス]

 2020年12月6日は夫婦でKAAT神奈川芸術劇場に行って小野寺修二さんの新作を鑑賞しました。小野寺さんを含む8名が踊る70分の公演です。

[キャスト他]

演出: 小野寺修二
出演: 大庭裕介、梶原暁子、崎山莉奈、雫境、藤田桃子、ミン・ヌヴァン、リウ・ジュイチュー、小野寺修二

 もともと11月に予定していた(私は11月28日のチケットを購入)のが諸事情により延期になり、改めて12月に開催されたという不屈の公演です。調整など延期開催に尽力なさった方々に感謝します。

 小野寺修二さんの作品としては、『WITHOUT SIGNAL!(信号がない!)』に続く多国籍公演です。ベトナムからミン・ヌヴァン、台湾からリウ・ジュイチューが出演しています。ちなみに『WITHOUT SIGNAL!』の紹介はこちら。

2017年10月02日の日記
『WITHOUT SIGNAL!(信号がない!)』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2017-10-02


 今作も特定のストーリーはなく、人と人との間に一線が引かれる、排除されるべきメンバーが選ばれる、というイメージに覆われています。テーマも陰鬱なところがありますが、全体的にホラーの雰囲気が支配的。照明も赤が多用されるし。

 これまでの作品では「不条理な目にあってあたふたする」という姿がユーモラスに見えることも多かったのですが、今回はやたらと怖い感じが続きます。おそらく世相を反映しているのでしょう。





タグ:小野寺修二
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