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『青色とホープ』(一方井亜稀) [読書(小説・詩)]

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渡り終えた舗道を
振り返ることなく
やがて植物は刈り取られたはずだが
射し込む西日に
導かれるように思い出す

繁茂する植物のなかで
一頭のゾウが
誰を乗せることもなく
蔓に埋もれていく様を
――――
『ゾウと公園』より


 記憶のなかにある情景を取り出すことで現実感覚をゆらがせる詩集。単行本(七月堂)出版は2019年11月です。

 以前に『疾走光』を読んだときも思いましたが、読者をぐっと引き込む情景というか、自分がそこにいてその体験をしている、と感じさせる描写がとてもいい。ちなみに『疾走光』の紹介はこちら。

2013年02月08日の日記
『疾走光』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2013-02-08

 本詩集も、情景描写を通じて、自分の心のなかにあった、体験したかどうか定かではない記憶がよみがえってくる、そんな感触を与えてくる作品が並びます。




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ホテルのエレベーターはなぜか
饐えたにおいがして
青の絨毯ばかりを覚えていた
床にひれ伏す犬の
息が荒い熱帯夜に
空調は壊れている
ロビーはがらんとして
テーブルランプばかりが眩い
焦点ははぐらかされたまま
壁の絵画がやけに遠く感じられた
――――
『R1』より


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真昼のスーパーマーケットの二階の
ゲームコーナーは閑散として
壁際のベンチには
中年男が腰掛けたまま眠っている
確か
十年前はここに灰皿があって
高校生が制服のまま
煙を吐いたりしていた
確証がないまますり替えられたものはいくつもあり
非常口を示す緑色が鮮やかだ
いま指先を照らす光さえ
捉えることによって偽りになるのなら
眠りこけていたい
あるいは
真夜中の遊技場まで
――――
『昼の亡霊』より


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すれ違う電車に人の影は認められず
吹き溜まりの埃は揺れている
がらんどうの車内は
夜の口にすっぽりと収まり
遥か向こうにコンビニの灯りが見える
失う前に与えられていないということがなぜ
喪失の文字を伴って目の前を遠く押しやるのか
滑り込むホームを前に
やがて辿るであろう路は窓外に開けており
幾度も通り過ぎた
その根拠となる過去を手繰り寄せる度ありきたりな
取り繕う隙もない幸福を前に
身体はシートに埋まるばかりで
窓外は遠い
――――
『遠景』より


――――
台風は勢力を強め北上中
コンビニの灯りのほかには
目ぼしい灯りもない
国道にも雨は降るだろう
スウェットに両手を突っ込んだまま
空を睨む男の向こうに
廃工場の影だけが見える
帰る場所などどこにもない
そうだろう
トラックが一台過ぎていく
――――
『away』より


――――
二車線の道を挟んで
向かいのバス停は傾いてあり
歩道の落ち窪んだ辺り
かつてリュックを背負った男はいて
名も知らない
その男はどこへいったか
バスが来ても乗らず
時折ひとに話しかけては
何を考えているのかは分からなかった
発語される文字は文字の形のままに
たちまち空へ吸われていき
ビルの屋上
SOSのフラッグが揚がったこともあったその柵の辺り
今は赤い風船が浮かんでいる
――――
『誰も知らない』より





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