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『フレドリック・ブラウンSF短編全集2 すべての善きベムが』(フレドリック・ブラウン:著、安原和見:翻訳) [読書(SF)]

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 フレドリック・ブラウンはSFファンの心の故郷である。
 まあ、正確には“短編SFファンの”と言うべきかもしれないが、ジャンルSFの本籍地がSF雑誌(に発表される短編SF)だという前提に立てば、ブラウンを故郷と見なすことに(少なくとも四十代以上のSF読者のあいだでは)そう異論は出ないだろう。
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単行本p.367


 奇想天外なアイデア、巧妙なプロット、意外なオチ。
 短編の名手、フレドリック・ブラウンのSF短編を発表年代順に収録した全集、その第二巻。『闘技場』『狂った惑星プラセット』『さあ、気ちがいになりなさい』など1944年から1950年に発表された作品が収録されています。単行本(東京創元社)出版は2020年1月、Kindle版配信は2020年1月です。

 子どもの頃、繰り返し繰り返し飽きずに読み返したフレドリック・ブラウンのSF短編。今でもアイデアからオチまですべて憶えているというのも凄いことだけど、それでも今読んでやっぱり面白い、というのが素晴らしい。既刊の紹介はこちら。

2019年07月31日の日記
『フレドリック・ブラウンSF短編全集1 星ねずみ』
https://babahide.blog.ss-blog.jp/2019-07-31


[第二巻 収録作品]

「不まじめな星」
「ユーディの原理」
「闘技場」
「ウェイヴァリー」
「やさしい殺人講座全十回」
「夜空は大混乱」
「狂った惑星プラセット」
「ノックの音が」
「すべての善きベムが」
「ねずみ」
「さあ、気ちがいになりなさい」
「一九九九年の危機」
「不死鳥への手紙」
「報復の艦隊」
「最終列車」




「闘技場」
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 きみたちふたりはここで戦うのだ。どちらも裸で丸腰で、どちらにとっても等しく異質で、等しく不快な環境において。時間制限はない、なぜならここには時間が存在しないからだ。勝ち残った者は種族の防衛に成功したことになり、その種族は生き残る。
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単行本p.56


 神のような超越存在によって人類代表として選ばれてしまった男が、同じ境遇の異星人と、一対一の決闘を行う。負けた方の種族は全滅させられる。今や彼の闘いに人類の命運すべてかかかっているのだ。
 後に様々な作品で応用されることになる見事な設定を打ち立てたブラウンの代表作の一つ。


「夜空は大混乱」
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 無数にある星々から選ばれたいくつかの星が、それぞれ地球からの距離に応じてぴったりの日付に動きだしたわけだ。ぴったりもぴったり、光秒まで一致している。一昨日の夜に撮影した写真乾板を調べてわかったのだが、この新たな星の動きはすべて、グリニッジ時にして午前四時十分に始まっていたのだ。なんと目茶苦茶な話だ!
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単行本p.150


 あるとき、夜空の目立つ星たちがいっせいに動き始める。星座は歪み、北極星はさまよい、南半球でしか見えないはずの恒星が北半球に出張してくる。狂乱する天文学者、パニックに陥る一般大衆。いったい夜空に何が起きているのか。風刺のきいたスラップスティックコメディ作品。


「狂った惑星プラセット」
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 もううんざりだ。プラセットは狂った惑星で、長期間滞在していると頭がおかしくなる。〈アース・センター〉のプラセット支部の職員のうち、十人にひとりは精神病の治療のために地球に戻る破目になる。それもたった一年か二年プラセットで過ごしただけで。それなのに、ぼくはここに来てもうすぐ三年だ。契約期間は切れるし、堪忍袋の緒も切れた。
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単行本p.184


 プラセットは狂った惑星だ。定期的に起こる幻覚症状。地下を「飛んで」建物を倒壊させる「鳥」たち。だが語り手の悩みはそれだけではない。地球に向けて辞職申請を送った直後に愛しい人がプラセットに赴任してきたのだ。何という悲劇的なすれ違い。
 目茶苦茶なのになぜか説得力のある惑星プラセットの設定、次々と起きるトラブル、そしてそれらが鮮やかに解決してゆくプロットが素晴らしいユーモア作品。


「さあ、気ちがいになりなさい」
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 ちくしょう。正気でないのならどんなによいか。それなら話はすっきり単純になるし、いつかはここを出ていけるかもしれない。また〈ブレイド〉で働けるようになり、そこで働いていた年月の記憶も蘇ってくるかもしれない。ジョージ・ヴァインの記憶が。
 問題はそこだ。彼はジョージ・ヴァインではない。
 そしてもうひとつの問題は、彼は正気だということだ。
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単行本p.296


 「自分がナポレオンだ、という妄想にとらわれた患者」として精神病院に潜入する仕事を引き受けた新聞記者。だが問題は、彼は本当にナポレオンだということだった。これは罠だ。誰が仕掛けたのか。そしてなぜ?
 新聞の風刺マンガなどでよく使われた定番のナポレオン妄想ネタを使いながら、息も詰まるような見事なサスペンスに仕上げた作品。SFとしても当時としては先駆的なアイデアが使われており、最後の最後、読者に向かって吐き捨てるように放たれる言葉は、内容と共鳴しながら強烈な印象を残します。若い、というか幼い頃に読んだときの衝撃を今でも覚えています。


「一九九九年の危機」
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 ジョード、わたしは気が狂いそうだ。いったいどうやって、暗黒街の連中は嘘発見器を出し抜いているんだろう。それをきみに突き止めてもらいたいんだ。(中略)このまま行けば、そして答えを突き止めることができなければ、新たな暗黒時代に突入することになり、もう男も女も安心して街を歩くことができなくなる。社会が土台から崩れていこうとしているんだ。
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単行本p.316


 嘘発見器の信頼性が飛躍的に向上し、法廷でも強力な証拠として採用されるようになった二十世紀末。ところがあるとき、容疑者が次々と嘘発見器を出し抜くようになる。証拠は揃っているのに、嘘発見器の検査を堂々とパスして無罪を勝ち取ってゆく暗黒街のボスたち。いったいどうやってそんなことが出来るのか。暗黒街への潜入捜査を開始した探偵は、意外な真相にたどり着く。


「最終列車」
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「わかってないな」駅員は言った。
 初めて駅員はこちらをふり向いた。ヘイグはその顔を見た――燃えあがる真紅の空を背景にして。「わかってないな」彼は言った。「あれが、最終列車だったんだよ」
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単行本p.358


 すべてを捨てて新しい人生に踏み出すために、列車に乗ってこの街を出る。何度も決意してはそのたびに乗り遅れている男が、もう列車は来ない、と知らされる。何もかも手遅れになってから。
 やったことは取り返しがつかない、やり直すチャンスはない。謎めいた異色作ながら、短編作家としてのブラウンの真骨頂を示すような作品。個人的には「さあ、気ちがいになりなさい」をも凌駕する傑作ではないかと密かに思っています。





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